南アメリカ アーカイブ

2010年03月03日

3月3日(水)は、チリ サンティアゴ在住のフラワーレポーター、近藤元子さんからの報告です。

レポーターの近藤元子さんは、チリ在住8年。本日は、先週末に起きた大地震の模様を伝えていただきました。
  
●地震発生時の状況
   
寝室で眠っていました。大きな音で目が覚め、揺れているのに気づきました。
揺れが普通の地震よりも大きいので、これは大変だと思い、鳥カゴ(セキセイインコを2羽飼っているので)を取りに行きました。インコたちはびっくりしてカゴの中で暴れていました。カゴをテーブルの下に下ろしたあたりから更に揺れが大きくなり、カゴを持って寝室に戻りました。カゴを抱えて夫と布団をかぶっていましたが、ガタガタ、ゴーッ!というような音が激しい揺れの中でしていました。物が倒れたり落ちたりする音もあちこちでしました。揺れは横揺れでした。
    
つい最近、ハイチで大地震があり、その様子が報道されていたので、自分たちもそうなるのかと思いました。チリは地震が多く、何度も経験してましたが、ごれほど大きな揺れは初めてでした。
20~30年の周期で大きい地震が来る、というのはよく言われていたことですが、まさかこの時点で来るとは。
  
  
●サンティアゴの状況
   
地区や建物によってばらつきがありますが、電気、ガス、水道、電話の基本サービスはほぼ復旧し、スーパーも営業しています。建物の被害では、アパートが大きく傾き人が住めない状態になったところもあります。美術館や古い建物の一部が崩壊したりしています。出来たばかりのサンティアゴで最も高い建物も、一部が折れて落ちかかっています。外見は被害がないように見えても、内部の壁にヒビが入ったりしたところもあります。
   
コンセプシオンでは、電話が30%以下しか使えなく、水も50%は使えません。電気もありません。建物の崩壊も激しく、幹線道路の破損から、道路が遮断されています。
     
   
●治安
  
震源に近く、壊滅的な被害を受けたコンセプシオンでは、食糧や水の不足から商店での略奪が始まっており、戒厳令が敷かれています。本当に危なくて日が暮れてからは外に出られないそうです。軍隊や武装した警官も派遣され、テレビ映像で見ると、まるで戦地です。廃墟のようになっており、同じチリとは思えません。クーデターの時もこのようだったのだろうか、と想像します。
    
サンティアゴでも、一部の地区の商店や家で略奪が始まっており、軍隊の派遣や戒厳令を要請する声もあります。
   
  
●援助物資
  
地震から3日経ちますが、未だに救援物資が届いていないようです。ようやく3月2日本日、被災地に届くと言われています。特に水と食糧は緊急に必要です。ガソリンなどの燃料も不足しています。
    
  
●近藤さんが今回の地震で感じたこと、地震に対する教訓など
  
チリでは月末にお給料が支給されることが多いので、その次の土日にお買い物に行くことが多いんです。このたびの地震は月末に起こったので、あまり皆、準備が十分でなかったのでは。
やはり日頃からの準備が大切だと感じました。
  

2010年02月14日

2月15日(月)ブラジル・リオ・デ・ジャネイロから細川多美子さんのレポートです

今日はブラジル・リオ・デ・ジャネイロから
日本語情報誌の編集をされている細川多美子さんのレポートです。


細川さんがサンバのリズムに踊らされてブラジルまできたのが今から20年前。

いまだにサンバの夢からは醒めないまま、細川さんは毎年リオのカーニバルに参加しているそうです。ちなみに今年で参加して16回目。

今回は37人で参加するそうです。

サンバ・カーニバル・・・。
何が人をこれだけ高揚させるのか、何を食べるとあれだけ生命感あふれる音楽や踊りが
できるのか、そういう“文化人類学的な探究”を大義名分にブラジル滞在を続けてますが、
結局今日までただ踊らされてるだけということです。
歴史が浅く、人種構成が複雑にして、世界に発信できる文化が少なく、
あまり確立していないブラジルの魅力は、「コレ」といって示すことが難しい。なんでもアリという懐の深さでのですが、これをあの手この手で伝えていきたい、というのが細川さんが編集している情報誌の趣旨だそうです。


現在のリオの街の様子を伺いました。


ブラジルのカーニバルは、イースターから40日さかのぼった日を中心に行われます。
2010年は2月13日~16日まで行われます。

各チームが自分たちのやりたいテーマをかかげて、例えばブラジルの歴史だったり、
イタリア人の功績だったり、2008年(ブラジル日系移民100周年の年)は日本人の移民が
テーマになったり、ドイツ人の食べ物は?だったり、もうなんでもありです。
言うなれば、リオのカーニバルは玉手箱です。もう何がでてくるか分からない。
毎年毎年とにかく何か新しいモノを作ってゆこうというのが、リオの気風。
これが奇抜だぞ、って思ったらそれに飛びついて、カーニバルで爆発させるっていう、
そういうノリが大事だそうですよ。

サンバは大変な爆音で、その場にいたら一瞬、タジタジってするんですけど、この空気にのってしまったらもう、快感!の渦に巻き込まれていきます~。


そしてやっぱり、地元市民が作っているという、誇りがあること。
「エスコーラ・デ・サンバ」はサンバを中心としたコミュニティで 参加している人にとっては
心のよりどころ。 
大きなチームは、なんと数千人という単位で、チームの中にはそれぞれダンサー、楽器、演出などの役割があり、なかでも女性の憧れは、打楽器隊(約400人で構成)の女神様的存在である、クイーンになりたいそうです。
最近は、プリンセス、ミューズなどという役割も増えてきたそうです。


リオにある14ほどある大きなチームのうち、人気があるのはベイジャフロールやマンゲーラなどで、2月の本番が終わっても、すぐに次の年の準備をはじめるとのこと。
本格的に始動するのは、5月ごろから。

細川さんの住まれている家の近くにはサンバ学校があって、大体そこにみんながいきます。
だいたい6月くらいからテーマになる曲を作り始めたりとか、あと10月ころになると 
ブンブンジョオーロといって、お尻のコンテストがある.サンバ女王というのがチームごとにいて
みなさんとても見事なお尻をしていて、サンバの踊りともにどの人が一番綺麗かというのを
決め、サンバのクイーンが決定するということです。

そして2月のカーニバルでサンバの女王がそのチームの顔の一部になり、このときの彼女らのお尻は、まるで別の生き物のように、生き生きとリズムを刻むそうです。

有名なグループになるとそれぞれのテーマ曲が入ったCDも売り出され、そのCDをきいて、本番のときにみんな歌えるように、練習してる人も沢山いるそうですよ。


リオはビーチが文化なので、肉体こそが華!カラダが衣装 おそろいの衣装と、サンバの爆音で、心はどっか遠い所にいってしまうという細川さん。

カーニバル中は、サンボードロモという 会場だけじゃなく、クラブやライブハウスも盛り上がっていて、プシャドールと呼ばれる男性の声がほんと雄たけびのように聞こえて熱気もすごいとのことです。


そのほか、マルケース・ザ・サプカイという会場でやる、世界的なカーニバルのほかに、その期間中に、市内各地で個人的に結成されたグループが街をねりあるく、そういうカーニバルもあるそうで、男性が女装したり、通常とは違った形で参加する、バンダデイパネマが有名で、これを見に来る外国の観光客が多いそうです。

ちなみに、元サッカー日本代表監督のジーコさんも、カーニバルの時期になると何かといいわけをして、リオにもどってくるそうですよ。笑


もともとカーニバルは、バイーア州にすんでいたアフリカ人の奴隷の踊りがルーツとされていて、リオデジャネイロで生まれたそうです。

ブラジル人といえば、カーニバル好きのイメージがありますが、みなカーニバルが好きでサンバを踊るという 訳ではなく、カーニバルをやっている人たちは一部の人で、他の人々は、夏なので、お休みを取って海に遊びに行く人も多いそうです。


ブラジル人の気質はガツガツしないで自然のあり方に忠実で、ビジネスをやりたい人はビジネスを、遊びたい人は遊ぶ、勉強したい人は勉強する。というあまり価値観を持たないで生きていくのもOK!
だからあんなに陽気な人たちがいっぱいいるんでしょうかね。

2010年02月02日

2月2日(火)のフラワーレポーターはアメリカ・ニューメキシコ州 サンタフェに住んで、なんと24年!小林志寿子さんです!

■アメリカのニューメキシコ州はどんなところ?


アメリカのニューメキシコ州は、アリゾナ州とテキサス州の間にある南西部の州です。
州の面積は日本の国土の約80%位の広さで、州北と南では、全く異なる気候です。


CIMG1675.JPG


■サンタフェというのは、どんな街でしょう?


州都のサンタフェ市は、アメリカの中では歴史が深く、今年で400周年を迎えます。
サンタフェ市は人口7万人程の小さな街ですが、芸術と文化に富んだ有名な避暑地です。
街には、ギャラリーが200軒以上あり、ミュージアムも 11軒あります。
アメリカ国内のアート売買額は、ニューヨーク、サンフランシスコに次ぎ3番目を誇っています。
毎週金曜日には、多くのギャラリーでオープニングがあり、金曜夕方からのギャラリー廻りが町の人の楽しみになっています。
国内でも有名な室内楽や、オペラ劇場もあります。
又、ニューメキシコにはネーティブ・アメリカンの村が点在しているので、ネーティブ文化の影響も強く、もう一つのアメリカの顔がここでは見れます。


■観光スポットとしては、どんなスポットがありますか?


サンタフェは、標高2200Mの高地にありますので、冬はスキーも出来ます。
アメリカ国内でも、ゴルフとスキーを同日に出来る場所は多くありませんが、サンタフェでは可能です。


2009%E5%B9%B4%20464-1.jpg


■サンタフェは、パワースポットとしても知られているそうですね?


サンタフェは、パワースポットでもあるので、ヒーリング系の人々が多く、アルタネティブ系のヒーリングを好む人が沢山住んでいます。
サイキック・リーディング、エネジーワーク、サウンド・ヒーリング、ヒプノ・セラピー、ボディー・ワークなどありとあらゆる種類が楽しめます。


■サンタフェの町並み


サンタフェの街中は、まるでディズニーランドの一角の様に統一されていて、可愛い雑貨屋さんやジュエリーショップ、ギャラリーが建ち並んでいます。
サンタフェ市のイベントと最大の物は、8月第3週末に行われるインディア・マーケットです。


CIMG1978.JPG


CIMG1980.JPG

■アメリカでは、観光地としておなじみなんでしょうか?


カリフォルニア、ネバダからもそれほど遠くない、 でも日本人はまだまだ少なくて、知名度がそれ程かもしれませんが、、、これから、人気が出そう?
日本の方々には、未だ知名度がありませんが、アメリカ人の間では毎年行きたい街トップ3に必ず入る人気の街です。
これから日本の方々には、ぜひお越しいただきたいと思っています。


CIMG3430.JPG


CIMG3729.JPG

☆サンタフェに行った時、会話に花が咲くような「役に立つ一言」


現地で役に立つ言葉:『クリスマス』


レストランでRed or Green?と聞かれたら、「クリスマス」と答えましょう。
これは、赤チリにしますか? 緑のチリにしますか?と聞かれた時に、「両方く ださい」という意味です。 だって、赤と緑はクリスマス色ですよね。
この「クリスマス」は因みにクリスマス時期以外に一年中使います。


Santa%20Fe%20Images%20001.jpg


☆サンタフェ・ジャパン・コネクションのHP
www.santafejapan.com


☆小林志寿子さんBlog
http://santafenm.blog50.fc2.com/

2009年12月22日

12月22日(火)のフラワーレポーターはプエルトリコに住んで38年、方波見 明子さんです!

■スペイン語で『襲撃』という意味の『パランダ』とは??

パランダはプエルトリコにしかないもの。
12月のなかばごろからはじまります。
みんなでグループをつくり友達のお家にいきます。
でもふつうに遊びに いくのとは違い、夜中その人の家の前で大 きな声で歌をうたいます。
家の主人は私達がいくのを知りません。
寝しず まったころをみはからっていくんです。起きるまで歌をうたいつずける のです。
家の主人が起きてきてドアをあけてくれ、私たちみんな中にはいります。
そのあとも飲み放題、食べ放題、歌をうたいつづけ、
朝方みんな疲れてきた頃にそろそろ帰る支度をします。


そこで家の奥様がみんなに Asopao,( トマトチキンスープにお米を入れて作った料理)
アソパオを作り、それを食べてからかえります。


1.JPG


2.JPG
▲Old San Juanで撮影。


■「バランダ」で歌に合わせて使われているのは・・・


ここで使われる楽器は ギター、マラカス、タンブ リン、なんでもよいのです。
友達がたくさんいてみんなでいろいろな楽器で大さわぎをしながら楽しむひとときなんです。
この行事は1月のなかばごろまで続きます。
とて も楽しい行事です。
本当にこちらの人たちはほがらかで、うるさいくらい大声をだして会話をするのです。
みんなよく笑いよく食べること!疲れをしらない人たちです。

★プエルトリコに行った時、会話に花が咲くような「役に立つ一言」★


☆Por Favor, →お願いします。
☆Gracias.→ありがとう。
☆De nada.→どういたしまして。


12月22日(火)のフラワーレポーターはプエルトリコに住んで38年、方波見 明子さんです!

■スペイン語で『襲撃』という意味の『パランダ』とは??

パランダはプエルトリコにしかないもの。
12月のなかばごろからはじまります。
みんなでグループをつくり友達のお家にいきます。
でもふつうに遊びに いくのとは違い、夜中その人の家の前で大 きな声で歌をうたいます。
家の主人は私達がいくのを知りません。
寝しず まったころをみはからっていくんです。起きるまで歌をうたいつずける のです。
家の主人が起きてきてドアをあけてくれ、私たちみんな中にはいります。
そのあとも飲み放題、食べ放題、歌をうたいつづけ、
朝方みんな疲れてきた頃にそろそろ帰る支度をします。


そこで家の奥様がみんなに Asopao,( トマトチキンスープにお米を入れて作った料理)
アソパオを作り、それを食べてからかえります。


1.JPG


2.JPG
▲Old San Juanで撮影。


■「バランダ」で歌に合わせて使われているのは・・・


ここで使われる楽器は ギター、マラカス、タンブ リン、なんでもよいのです。
友達がたくさんいてみんなでいろいろな楽器で大さわぎをしながら楽しむひとときなんです。
この行事は1月のなかばごろまで続きます。
とて も楽しい行事です。
本当にこちらの人たちはほがらかで、うるさいくらい大声をだして会話をするのです。
みんなよく笑いよく食べること!疲れをしらない人たちです。

★プエルトリコに行った時、会話に花が咲くような「役に立つ一言」★


☆Por Favor, →お願いします。
☆Gracias.→ありがとう。
☆De nada.→どういたしまして。


2009年12月01日

12月1日(火)のフラワーレポーターはペルーに住んで3年半、原田慶子さんです! 

■日本では、この時期、クリスマス・ムードになってきていますが…
夏に迎えるクリスマスは、どんな様子なのでしょう?


そんな真夏にクリスマスを迎えるペルーですが、
クリスマスの飾り付け自体はやっぱり冬っぽい。
サンタは厚いコートを着ていますし、ペルーにはいないトナカイもちゃんと飾られます。


クリスマスグッズは一般的に毎年10月ごろから売り出されますが、
リマには1年中クリスマスグッズを売っている専門店があって、
3月頃だとなんと80%オフ!
そこからどんどん割引率が減って、12月には定価かせいぜい10~20%オフにしかなりません。
いつも「今年こそは早くオーナメントを揃えよう」と思うのに、
いつも間際になってしまいますね。


003.JPG
一年中クリスマス気分が味わえる、その名も「クリスマス・ストア

■ペルーのクリスマスには、どんな飾りつけをするんですか?


日本と違う飾りといえば、スペイン語で「誕生」という意味の「ナシミエント」でしょうか。
これは厩で生まれたイエス・キリストと聖母マリア、父ヨセフの聖家族を模した人形(もしくは置物)で、
その他羊飼いや家畜、東方の三賢者なども飾られます。
面白いのは、25日の午前零時までイエスの人形は置かないこと。
ナシミエントの準備は12月に入ってから始めますが、誕生のその瞬間まで、
幼子イエスだけは置かないのです。
(すでにイエスが備え付けられている置物の場合は、レースやハンカチで覆い隠す手の込みよう!) 
また年明けの1月6日にイエスの誕生を祝うため東方の三賢者がやってくるという話から、
この賢者の人形も初めは聖家族から離れたところに置き、1月6日の「公現祭」の日に晴れて
イエスの近くに置くのです。
また羊だけでなく、リャマやアルパカの人形が置かれることもあり、ペルーらしいなと思います。


004.JPG
イエス・キリストの誕生を祝うナシミエント。
赤ちゃんイエスの人形は25日まで飾りません。


006.JPG
三賢者たちは、まだ小屋の中には入れてもらえません。1月6日まで我慢がまん。


もちろん公園やロータリーなど公共の場に飾られたものは、最初から全員集合で置かれていることが
ほとんどですが、この時期、これらナシミエントを見比べながら散歩するのがとても楽しみです。


005.JPG
12月25日、イエスの誕生!聖母マリアもなんだか嬉しそう。


■クリスマス時期のペルー独特の習慣ってあるんでしょうか?


「チョコラターダ・ナビデーニャ」という素敵な習慣もご紹介しましょう。
これは貧困地区の子供たちに、パネトンという発酵パン菓子と
ホットチョコレートを配るイベントです。
ペルーは貧富の差が激しく、貧しい家庭ではクリスマスを祝う生活的余裕は
なかなかありません。そうした家庭の子供たちにもクリスマスを祝って貰いたい、
ほんの一時でも甘いお菓子を食べて楽しく過ごして貰いたいという願いから、
ボランティアで行われるのです。
私も以前このイベントに参加させて貰ったことがありますが、
パネトンを受け取った時の子供たちのはにかんだ笑顔が忘れられません。
子供たちに小さな幸せを感じてもらえる、とても素敵な習慣だと思います。


ペルーは国民の約9割がカトリック教徒という国です。私自身はカトリックではありませんが、
こうして家族や友人、周囲の人々と温かく過ごすペルーのクリスマスがとても好きです。


★ペルーに行った時、会話に花が咲くような一言


Qué tal 「ケ タル」
相手の状態を聞く言葉で、「どう、どのような」という意味です。
冒頭の挨拶では「¿Cómo están?」を使いましたが、スペイン語は動詞が主語や数によって変化するので、相手に合わせてestar動詞を活用させなければならず、ちょっと大変です。
Qué talを使ってもほぼ同じ意味で使え、しかも動詞ではないので活用もいりません。
「¡Hola! ¿Qué tal?」=「オラ! どうだい?」 これでスペイン語の挨拶は大丈夫!


001.JPG
真っ赤なブーゲンビリア。
リマでは1年中咲いていますが、やはりこれからの時期が一番色鮮やか。


002.JPG
日差しをたっぷり受けて、どんどん伸びる植物たち。
こちらのお宅では、青い花がカーテンのように玄関先を覆っていた。


原田慶子さんのペルーWEBサイト&BLOGはコチラ・・・
★WEBサイト
http://keroppers.web.fc2.com/
★ブログ
http://perulima.blog13.fc2.com/

2009年10月12日

10月12日(月・祝)は、ブラジル・リオ・デ・ジャネイロ在住のフラワーレポーター、田中雅子さんからの報告です!

田中雅子さんは、ブラジル在住8年。ミュージシャンで、歌手・パーカッショニストでいらっしゃいます。
  
★リオ・デ・ジャネイロで2016年オリンピック開催が決まったときの市民の反応、メディアの報道の様子★
10月2日(日本時間)に、デンマークのコペンハーゲンで開かれた第121次IOC総会で、2016年8月5日から8月21日までブラジルのリオ・デ・ジャネイロにおいて、第31回夏季オリンピックが開催される事が決定しました。
   
開催地が決定した時、正直に言うと、私も含めて一般市民は、あまり騒いでいなかったのが現状だったので、発表の当日は私も驚いてしまいました。南アメリカで夏季オリンピックが開催されるのは初めて、ということでとにかく世界中から今、特に注目されています。 
   
結果発表が行われた当日、デンマークのコペンハーゲンには、ブラジルのルーラ大統領、リオ州知事Sergio Cabral(セルジオ・カブラル)、そしてリオ市長Eduardo Paes(エドワルド・パイス)、そしてカリオカの作家Paulo Coelhoさんらが会場で抱きあいながら喜びを分かち合っていました。
    
私は決定の瞬間に、新しく契約しようとしていた電話会社に電話線、インターネット、TVケーブルのプラン契約の電話をしていたのですが、突然電話会社の担当の人が、「お客様、ちょっとお待ちください!」と電話を保留にしたのです。その直後、担当の人が、「聞きました? 2016年のオリンピック、リオに決まったのですよ!」と知らせてくれたのです。その瞬間に、電話会社の社員全員の人達が喚起極まる大騒音を発しているのが聞こえました。会社全員で結果報告を聞いて騒いでいたのです。私の近所の人達も、まるでサッカーの試合を見ているかのようにその時に大喜びで騒いでいたので、ハッと気づいて、直ぐにテレビを付けたら、オリンピック開催地の結果報告のニュースがちょうど流れていました。
     
一般市民が、どういう状況でこの結果を受け止めていたかというと、正直あまり期待していなかったというか…これはブラジル人の性質なのかもしれませんが、期待しすぎてがっかりするのはかえって良くないですから、全く力むことなく、リラックスしながら期待していた、というのが正直なところでしょう。ブラジル人が必ず使う言葉「Se Deus quiser・・・」という言葉があるとおり、神のお導きのままに…という感じで、運命に身を任せ、国民は結果を待っていたのでしょう。勿論発表の後には、勿論「Graças a Deus !」神様のお陰だわ!と皆で大喜びしていましたが。
リオでは、結果当日コパカバーナの海岸に仮設のステージが組まれ、サンバの演奏と共に市民たちはお祭り騒ぎを楽しんでいました。一番驚いたことは、ブラジルの人達はもう2016年のことで頭が一杯で、殆どの人達が2012年のオリンピックのことなど全く関心がなく、どこで開催されるのかも知らない人達が殆どだ、ということです。
発表当日から、各報道、ニュースなどで毎日2016年のオリンピックについての話題・問題・期待などが報道されていますが、これが7年間続いて取り上げられる話題となることでしょう。
   
↓開催地決定のときの様子
%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF2016-2.jpg
  
%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF2016-3.jpg
  
★オリンピック開催に向けて、今後の課題★
リオ・デ・ジャネイロは、IOC評価委の好意的な評価で財政、治安面などの不安が薄れて、「南米初の五輪を!」の訴えが強いインパクトを与えているのですが、実際問題として、国際空港から町へ向かう為の交通問題、地下鉄の普及、町の安全対策と山ほど改善しなければならない課題があるのが現状なのです。

★ブラジルで役に立つ一言★
Até à próxima , Tchau !!!  ( 『またね!』 )
     
♪田中雅子さんのHP♪
http://macobrasil.com(日本語)
  
★ブラジルの花アルバム★
Jardim%20Botanico-1.jpg
  
Jardim%20Botanico-2.jpg
  

2009年09月28日

9/28(月)は、ブラジル在住17年のフラワーレポーター、大野美夏さんからの報告です!

フラワーレポーターの大野さんは、ブラジルに住んで17年。サッカージャーナリストをなさっています。
  
★最新ブラジルサッカー情報
→ブラジル代表は2010年W杯南米予選を、残り3試合で早々と突破。これはかつてないことなんです。 9月5日、突破が決定した試合は永遠のライバル、アルゼンチンで、3-1で快勝。レアル・マドリードに移籍したカカも絶好調でした。
ドゥンガ監督率いるブラジル代表は、ここ11試合無敗。 8月に南アフリカで行われたコンフェデレーションズカップでも優勝。 FIFA世界ランキング1位に返り咲き、かつてない最強チームになりました。
ドゥンガというと、以前日本でもジュビロ磐田でプレイしていたので、ご存知の方も多いでしょう。2006年のW杯後に監督に就任して以来、ドゥンガ監督は批判され続けてきたのですが、ついにその手腕が認められてきています。
↓9月9日に行われた2010年W杯南米予選 チリ戦後のアドリアーノ選手    
Adriano.jpg
  
audience.jpg
  
stadium.jpg
     
★ドゥンガ監督がブラジルサッカーに与えた変化
→2006年のW杯で負けた理由として、チームの規律がなかったことが指摘されていました。そんなブラジルに、ドゥンガ監督は規律と、カナリア色のユニフォームに愛情を持たせようとしたんですね。選手のモチベーション、気持ちを動かしたことが、今の良い結果につながったのでは、といわれています。
   
★マラドーナ率いるアルゼンチンを、ブラジルはどう見ている?
→ブラジルにとってアルゼンチンは、サッカーに限らず永遠のライバル国。アルゼンチンは苦戦しているようですが、W杯にアルゼンチンがいないというのはやはり寂しいので、南米予選はぜひ突破してほしいところです。
      
★2014年にブラジルでW杯が行われる予定ですが、もうすでに盛り上がっている?
→先日、実際に行われる都市が決定しました。どこの都市も、ぜひきてほしいと頑張っていて、選ばれなかった州知事などはかなり怒っていたり。
    
★最後に、ブラジルで会話に花が咲く一言!
Tudo bem? (Everything ok?)
Tudo bem. (ok)
挨拶のことば。人と会った時、まずこのフレーズを言えば挨拶完了。
  
☆ブラジルの街の風景☆
city.jpg
     
city2.jpg
   
building.jpg
  
schoo.jpg
  
tree.jpg
    
tree2.jpg
  
tree3.jpg
  
%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%B5%E3%82%A4.jpg
  
%E6%A1%9C.jpg

2009年08月17日

8月17日(月)は、コロンビア在住のフラワーレポーター、藤井達夫さんからの報告です!

★花祭り★
毎年一回8月にメデジン市で行われている花祭りをご紹介します。
%E8%8A%B1%E7%A5%AD%E3%82%8A%E2%91%A0.jpg
  
この祭りは、1957年に街中を練り歩くパレードとして開催されるようになりました。
コンサート・蘭の品評会・鼓笛隊の大会・クラッシックカーの行進・騎馬の行進など150ものイベントが2週間にわたって開催されました。
いろいろなイベントの中でもメインになるのが「Silleteros:シジェテロス」で世界的にも有名なパレードようです。当然、私は知りませんでしたが・・・
     
%E8%8A%B1%E7%A5%AD%E3%82%8A%E2%91%A1.jpg
  
シジェテロスとは、たくさんの花で覆われた木の背負椅子(シジェタ)を担ぐ人のことを言います。
メデジンを中心としたアンティオキア地方の東部で受け継がれている伝統行事で、元々は花農家が作った花を売るために自分たちの町から担いでメデジンの町に下りて来ていました。それを見ていたメデジンの町の人々が、その様子に惹きつけられようになって、この祭りが始まったと言われています。
  
%E8%8A%B1%E7%A5%AD%E3%82%8A%E2%91%A2.jpg 
  
%E8%8A%B1%E7%A5%AD%E3%82%8A%E2%91%A3.JPG
  
   
コロンビアは世界でも有数の切り花生産国です。日本へも母の日のカーネーションなどを輸出しています。また、コロンビア共和国の国花は蘭の花です。
%E8%8A%B1%E2%91%A0.JPG
  
%E8%8A%B1%E2%91%A1.JPG
  
%E8%8A%B1%E2%91%A2.JPG
  
また、コロンビアの各都市ではFeria(祭り)が多く行われており、その中でも有名なのがバランキージャのカーニバルです。この祭りは世界無形遺産に登録されており毎年2月に開催されている。この祭りは何回か日本でも紹介されているようです。このバランキージャという町はたぶん知っている方もいると思いますが、シャキーラ(歌手)の出身地です。ちなみにメデジンはフアネス。
    
バランキージャは、カリブ海に面している街でその隣には“カルタヘナ”という町があり、この町はセントロ(旧市街地)を取り囲む城壁と要塞が有名で世界遺産に指定されています。コロンビアの南にはアマゾン地域が広がり“レティシア“という町があります。アマゾンの大自然を満喫できる国立公園があり観光客で賑わっております。北はカリブ海・南はアマゾンと様々な顔を持つ国コロンビア。危険な地域もありますが、日本にはない文化を体験できる国です。
  
↓カルタヘナ
%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%98%E3%83%8A%E2%91%A0.JPG
  
%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%98%E3%83%8A%E2%91%A1.JPG
  
↓レティシア
%E3%83%AC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B7%E3%82%A2%E2%91%A0.JPG
  
%E3%83%AC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B7%E3%82%A2%E2%91%A1.JPG
  
★役に立つ一言★
Que mas?  「どう?、それでさぁ~、」などの意味。


2009年08月10日

8月10日(月)は、ベネズエラ・カラカス在住のフラワーレポーター、小原京子さんからの報告です!

小原京子さんは、ベネズエラの首都 カラカス在住で、翻訳のお仕事をされています。在住2年4ヶ月。
  
●ベネズエラの花
%E6%9C%88%E4%B8%8B%E7%BE%8E%E4%BA%BA%E3%80%802009.jpg
  
7月23日、我が家のベランダに14輪の月下美人が咲きました。
スペイン語では "Dama de noche "、「夜の貴婦人」。
夏の夜、一晩だけ咲く不思議な花。夜9時ころ、甘い香りを振りまきながら、輝くように白い大きな花が次々と開きましたが、美人薄命、本当に一晩だけの命でした。
  
ベネズエラは雄大な自然に恵まれ、カラカス市内どこからでも見えるアビラ山にはもちろんのこと、街中にも高さ20メートルくらいの巨木がたくさんあります。マンゴーの木もあちこちにあり、油断すると頭の上に熟れたマンゴーが落ちてきます。四季がなく常夏なのでハイビスカスやブーゲンビリア、ツツジなど色鮮やかな花が1年中咲いています。蘭の花は野生蘭をはじめ何十種類もあり、ベネズエラの国花です。
  
↓市内どこからでも見えるアビラ山
%E5%B8%82%E5%86%85%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%A7%E3%82%82%E8%A6%8B%E3%81%88%E3%82%8B%E3%82%A2%E3%83%93%E3%83%A9%E5%B1%B1.jpg
  
↓カラカスには珍しい巨木がいっぱい
%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%81%AF%E7%8F%8D%E3%81%97%E3%81%84%E5%B7%A8%E6%9C%A8%E3%81%8C%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%81%84.jpg
  
↓油断すると頭の上にマンゴーが落ちてくる
%E6%B2%B9%E6%96%AD%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%A8%E9%A0%AD%E3%81%AE%E4%B8%8A%E3%81%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%81%8C%E8%90%BD%E3%81%A1%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%82%8B.jpg
  
↓カナイマ国立公園の野生蘭
%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%9E%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%85%AC%E5%9C%92%E3%80%80%E3%81%AE%E3%80%80%E9%87%8E%E7%94%9F%E8%98%AD.jpg
  
●ミス・ユニバース
もうすぐ、2009年のミス・ユニバースの世界大会がカリブの島バハマで開催されます。
ベネズエラは、ミス・ユニバース、ミス・ワールド、ミス・インターナショナルなど、ミスコンの上位常連国で、現在のミス・ユニバースも、ベネズエラ出身のダイアナ・メンドーサさんです。
今年のベネズエラ代表は、2008年ミス・ベネズエラの、ステファニア・フェルナンデスさん。アンデス山脈の街、メリダ生まれの18歳です。
身長178cm スリーサイズは90-60-90。
父方はスペイン系、母方はウクライナ、ポーランド系で、スペイン語の他、英語とウクライナ語を話すそうです。
   
日本代表も最近、ミス・ユニバース上位の常連。ベネズエラは前回ミスの座を獲得したので2年連続のベネズエラ優勝は難しいと考えている人が多いようです。でも、ミス・ユニバースに対する関心は国民的に高いのです。
  
●なぜ、ベネズエラに美人が多いのか
ベネズエラの人種構成は、白人(スペイン系、ポルトガル系、イタリア系)が約2割、黒人が1割、インディヘナが2%、それらがミックスしたメスティソという混血が残りの6割から7割を占めます。 美人産出国といわれるコロンビア、コスタリカ、ブラジルも白人、インディヘナ、黒人の混血の国なので、混血が美人が生まれる秘密かもしれません。
  
●ベネズエラの女性はおしゃれへの関心が異常に高い
ベネズエラでは、毎月、美容院、マニキュア、フェイシャル、洋服に使うお金の、収入に占める割合が飛びぬけて高いといわれています。
ミス・ユニバースのダイアナ・メンドーサさんの写真を見て、私の日本の友人たちは「派手すぎて僕のタイプじゃない」という意見が多かったのですが、こちらの女性たちは、お化粧もファッションもかなり派手で大胆。
ただし、「色白が美しい」という概念はなく、小麦色がかっこいいと思われています。
色白で、金髪、青い目、というのは一昔前の話で、小麦色の肌に、明るい色の目、豊かな胸とお尻が現在の魅力的な女性の条件と言えそうです。
   
●美人養成アカデミーがある
友人が行くカフェテリアは、いつも美人がたくさんいて、ダンスの教室か、モデル学校が近くにあるらしいというので、覗きに行って見ました。
邸宅風のその建物は、美人養成アカデミーで、友人はそれと知らず、学生用カフェテリアでランチしていたのでした。美人が多いのも当然です。
入り口で迎えてくれたのは、校長のヘルマン・バジェニージャ氏と美人秘書3人。ヘルマン校長自ら、校内を案内して下さいました。
6歳から11歳、12歳から14歳、15歳から24歳、25歳以上のクラスに分かれ、エレガンス、歩き方、お化粧法、エチケット、話し方、ダンス、ポーズの取り方、モデルになるには、などの授業を受けられるそうです。
  
↓ヘルマン・バジェニージャ校長とスタッフ
Herman%20Vallenilla%20%26%20staff.jpg
  
↓授業風景
Protocol%20lesson.jpg
  
pause.jpg
    
隣の奥さんから聞いた話では、彼女の娘が通っていた、私立の小学校には、すてきな女性になるための授業があって、やはり、歩き方、座り方、食事の仕方などの礼儀作法、話し方、着こなしなどなど、10歳くらいから学校で教えてくれるそうです。
  
●美容整形も盛んで、腕のよい整形外科医がたくさんいます
ベネズエラでは、女性らしい、グラマラスな体型が魅力的とされていて、豊胸、お尻シリコン、お腹の脂肪吸引、しわ伸ばし、など整形手術をしている女性がかなりいます。
周りの奥さんたちもほとんどどこかを整形していて、よくその話になります。
つい先日も、私の友人が、「見て見て、どう大きくなったでしょう? 触ってみる?」と豊かになった胸に大満足でした。シリコンを片方300ccずつ注入してもらって、費用は10万円くらいだったそうです。
知り合いのスペインレストランのオーナー(男性)も、しわ伸ばしで、とても70歳には見えません。
  
*ベネズエラでよく使われる簡単な「一言」*
"Chevere. " 「チェーベレ」。 
「素敵」「ナイス」「ばっちり」「すごくよかった」という意味で、いろんな場面で使えます。
「元気?」と聞かれたら、"Chevere."  「昨日のパーティーどうだった?」 と聞かれても"Chevere."
  
★小原さんの情報は…★
スペイン語翻訳ネットHP→http://honyaku.888j.net/
をご覧ください。

2009年04月20日

4月20日(月)は、アルゼンチン・ブエノスアイレス在住のフラワーレポーター、大田朋子さんからの報告です!

マラドーナについて、マラドーナが監督として初の公式戦でベネズエラに4-0で快勝したことで好調なスタートをきっていましたし街も盛り上がっていましたが、次週4月1日に行われたボリビア戦でまさかの大敗を喫したことでマラドーナの指揮ぶりに批判も高まっています。
   
それまで3戦全勝、失点ゼロと好調なスタートを切ったマラドーナ体制でしたが、4戦目4月1日の試合で、9位に低迷するボリビアに1─6で大敗したことは地元の新聞で「最悪の敗戦」「歴史的屈辱」などと報じられていました。
   
代表チームの5点差の敗北は1993 年にコロンビアに0-5で敗れて以来。
マラドーナ監督は試合後、「私もファンと同じく心を痛めた。ボリビアのゴールが決まるたびに、心臓をひと突きされた。これ以上、言葉がない」とコメントしていましたが、ボリビアのラパス(標高3600メートル)での試合のため高山による体調管理が試合前から言われていたにも関わらず、アルゼンチン代表のメンバー23名のうち大半の16名は、海抜3600メートルのボリビアの首都(ラパス)でプレーした経験がなくその選抜ミスや、到着したのはキックオフのわずか2時間前だったという事実、認識の甘さや監督としての判断ミス、「プレーヤーとしての能力と監督=テクニコとしての能力は別」だとする意見もでていて、マラドーナの監督としての評価は今後の結果次第で甘くも辛くもなりそう。
   
彼について言えば、ドラッグなど過去の行いへのことも含めて大批判をする人と、彼こそがアルゼンチン人の誇りと褒め称える人と極端に分かれますが、公平に言って監督としての器はこれからを見るのがフェアだと思います。マラドーナはある意味アルゼンチン人を顕著に表しているので、色々な批判もありながら、国民にとっては彼の復活は国の復活と重なるメンタル的な要素もあり、マラドーナ率いるサッカー関係のニュースは、今後もしばらくこの盛り上がりは続くと思います。また私生活ではマラドーナは1、2ヶ月前に初孫(男の子)が生まれたばかりで、スタジオにもユニフォームを着てテレビに映っていましたが、生後数ヶ月にして、かなり注目を集めています。
    

大田朋子さんのブログ『世界が拠点な生き方』はコチラ!!

 
bs%20122.JPG 
   
%EF%BC%95%E6%9C%88%E5%BA%83%E5%A0%B4.JPG
   
Darcos%20tango.JPG

2009年04月07日

4月7日(火)は、メキシコの首都メキシコシティーに在住20年!植田正美レポーターからの報告です!

■メキシコシティーの春は・・・

雨季に入るまで、まだ1~2ヶ月あるのでお天気は毎日とてもいいですよ!
メキシコシティーは今頃の時期が1年で1番気温が高くなります。
最近の新聞でも「気温が毎日上昇中」とありました。とはいっても、
日本のように湿度は高くないので気温が多少上がっても日陰に入るととても過ごしやすいです。
ただ、メキシコは海抜2250メートルの高原なので夜や朝は冷え込み、
寝る時には毛布を手放せません・・・

CIMG0800.JPG

☆メキシコで春の訪れを感じるお花と言えばジャカランダの薄紫の花。
メキシコではハカランダと呼ばれています。

CIMG0807.JPG

この時期は風もよく吹くので悪評高いメキシコの大気汚染も吹き飛ばされて、
遠くの山々が驚くほどキレイに見えます。
凧揚げを楽しむメキシコ人も2月頃からよく見かけます!

CIMG0806.JPG 

■春に一大イベントが間近!!今年のセマナサンタ(聖週間)。
聖週間は4月9、10、11、12日。メキシコは祝日、学校もその週と翌週の2週間は春休みです。

セマナサンタ(聖週間)はカトリックのキリスト教において、最もよく知られた伝統行事の一つ。
この期間中は、キリストのエルサレムでの受難を再現する為に信者達がキリストや十字架、棺などの山車を担いで、街中を練り歩きます。
メキシコ市内のはずれにある丘をゴルゴダの丘に見立てて、9日(木)は毎年十字架に貼り付けられた
イエスを再現するイベントが行われたり、地方ではイエスのお棺に見立てたものを村人らが運ぶ所を再現した行進が行われるのですが、皆が練り歩く道に色のついた木のチップを砕いたものを使ってきれいな花などの絵を描く行事もあります。
この時期はカトリックの人は肉類を食べることは禁じられており、魚を食べます。