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4/28(木)はアメリカ・ニューヨーク在住のフラワーレポータ、佐藤めぐみさんからの報告です!

毎週さまざまなイベントや話題でつきないニューヨーク、
今夜はオバマ大統領のための資金集めパーティが3カ所で行われました。
オバマ大統領はそれをはしご。
おかげで今日のマンハッタンは午後から交通規制で大渋滞でした。

そして昨日は、やはりセレブが大集合したパーティがありました。
TIME MAGAZINE、世界で最も影響力がある100人、を記念したパーティです。
その100人に選ばれた、STING,マーク・ウォルバーグ、
ブルーノ・マーズなんかがぞろぞろ。。その中に、1人の日本人の姿がありました。
テレビで見た人も多いでしょう?

東日本大震災で被災した、宮城県南三陸町の志津川病院で、
献身的な活躍をしたドクター、菅野武さん。

福島県南相馬市長の桜井勝延さんとともに、タイム誌の100人に選ばれました。
この100人の中には、オバマ大統領も入っているんですよ!

昨日のパーティに招待されてニューヨークに二日間だけいらしていた、
ドクター菅野にお会いする事ができました!
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まだ31歳、
ニューヨーク初めてだけど、ジャズが大好きという
若くてかっこいいお医者さんです。

でも菅野先生はただ招待されたからニューヨークに来ただけではありません。
地元の多くの人から思いを携えてやってきたんです。
今日はその思いを菅野先生にお聞きしたインタビュー、お届けします。

「自分がやったことは究極的には普段の仕事の延長
目の前のことを一生懸命やり続けただけ。
世界的にとりあげあられた事にまだ実感がわかない。
きっと、がんばっている日本人がいっぱいいたところ
僕と言う形ははっきり見える形だったので、代表になったのでは?」

あくまで自分は被災者の代表、象徴のようなもの、というドクター菅野ですが、
あの日の体験は、「普段」とはかけ離れたものでした。
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「大きな揺れがあって少ししてから、無線で大津波警報が出まして、
高台に上がってください。高い建物ではより上のフロアに上がってください、
というのが出ましたので、少しずつ病院の中の方、外からの人達を上のフロア、
最上階は5階なんですけれど、誘導して行ったんですね。
地震から30分くらい、津波警報から20分くらいしかなかったんですけれど、
大きな津波が来まして、上がりきれなかった方々が
波に持って行かれてしまったんですね。自分たちも死を感じたんですけれども、
その中で思ったこととしては、「これ以上後悔したくない、
既に多くの人が死んでしまっていたので、これ以上誰にも死んでほしくない」
という気持ちが強くありまして、みなさんいっしょにやってくれた
スタッフの人達と、気持ちをひとつにして、助けが来るまでがんばりましょう、
ということで二晩過ごしたんですね。」

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電気も点滴もない二晩は本当につらかった、という菅野先生。
3日目にヘリで救出されて、ようやく家に帰った数日後に奥さんが
二人目の子どもを出産。
またその数日後には病院に戻り、仮設の診療所と多くの
医療支援チームのリーダーとして、被災者の診療にあたってきました。
そこに飛び込んで来たのが、タイム誌からの招待状でした。

「インビテーションが来て、周りの人たちにいうと、
被災した人の言葉を直接聞きたいひとはたくさんいる。
そうでないと伝えられない事はたくさんあるから、言って来なさいと
後押ししてくれる人が多くて。応援してくれた
自治医大のメンバーもそうですし、今所属している東北大の教授も、
「ぜひ言って来なさいと、あなたにしかできない体験があったのだから、
それを伝えることで何か変るかもしれないから」と応援をいただいて、
こっちに来ようと思いました。」
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ニューヨーク、という世界に発信するメディアの中心地で、
世界の人に伝えたい思いがあります。

「まだ災害は終わってないです、ということですね。
ニュースに乗らなくなってきちゃっているんですけど、
ダメージは残っていますので、まだまだ見ていてほしいというのが一番、
もうひとつは、僕らは自立に向けて一生懸命前を向いています。
ただ心の休憩も必要ですし、援助もまだまだこれから必要ですので、
そういう意味でご協力をお願いします、という2点かなと思います。」

菅野先生の気持ち、ニューヨーク、そして世界の人に届いたと思います。
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菅野さんは実は志津川病院での勤務契約を終え、
現在は東北大学病院消化器内科大学院博士課程所属。
でも、心のつながりがある志津川病院にはこれからも通い続けると言います。

そんな菅野さん、ニューヨークに来てとてもよかったとおっしゃっていました。
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「大きく癒されました。ひとつは当たり前に生活しているところそのものですね。
人間が人間として普通の生活をしているところが。これが普通なんだな。
これを目指していかなければいけないんじゃないかなば、と思いましたし、
芸術があって音楽があって、私たちの心がリラックスする時と
緊張することがあるというのが、人間の生活なんだな、とすごく感じます。
緊張ばっかり続いてて、不安ばっかり続くのはやはりイレギュラーなんですよね。
とてもそういう状況は続かないですし、やがて疲れが出て来てしまうので、
日本人全体、どこかでもう一回一息つきたいし、笑顔を取り戻せる時間が、
復興ということが達成される日まででは長過ぎるので、
一回笑顔をとりもどしながら、笑いながら。。。笑いながらというのは
難しいですけれども、少しリラックスも交えながら
少し前にでるというのが必要だと思いますし、
僕も音楽が大好きなんですね。ジャズ大好きですし。
ジャズバンド大学でもやってたんですけれど。
涙でますよ、被災地でずっと音のない中、人の咳の音ととか
苦しがって休んでいるところに、ピアノの音が流れて来たりとか、
人の歌う声が流れて来たりとかすると、感動します本当に。
被災者の皆さんの中に入った時には、
みんなもう少し休んでいいんじゃないとか、音楽聞いてる? 
テレビ見てる、新聞どう? 
もっとこう、いろんなことを感じていいんだよ、と。
それこそラジオもそうですし、音楽を聞いていっしょに歌って、
心やすらぐ時間をもちながらもう一回自立に向かって一歩すすめるといいね、
という話ができるかもしれないですね。今までの僕にはなかった余裕です。
ここに来てよかったと思います。」


菅野先生は、ニューヨークでたくさん行われているチャリティーコンサートも、
募金のためだけでなく、被災地にも音楽をもってきてほしい、と
おっしゃっていました。
先週インタビューした ジャズピアニストの秋吉敏子さんが、
夏に東北ツアーに行かれるそうですよ、とお伝えしたら、
「僕、秋吉さんも大好きなんですよ」とうれしそうに答えてくれました。

菅野先生の言葉と気持ちが、今度は被災地のみなさんに届くように、
そして、被災地のみなさんが少しでも休んで、いやされるように、
心から願っています。
そのために、私達も今できる事を続けていきましょう!

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Takeshi Kanno, M.D.
©2011 GION for SAVE JAPAN BENEFITS

佐藤めぐみ   ジャーナリスト、プロデューサー ニューヨーク在住、J-POPからベースボールまで、 日本文化がアメリカでどう受けいられているかを中心にレポートするジャーナリスト、 アメリカのJ-POPファンのためのイベント 「SAMURAI BEAT RADIO(サムライビートレイディオ)」をプロデュース。 BLOG:http://ameblo.jp/meguminyFlowers