2008年06月 アーカイブ

2008年06月01日

第2回目

「ガラスの地球を救え」
木村>  寺島さん、先月の第一回目の放送では、「この番組では何を目指すのか?」ということに始まって、「松前重義と内村鑑三の精神に何を見るのか?」というテーマでお話を伺いましたが、今朝のテーマはなんでしょうか?
寺島>  今日は地球環境ということですね。「洞爺湖サミット」も迫ってきて、地球環境問題が我々の大変大きな問題になっていますが、その地球環境問題を考える時の基本的な視座といいますか・・・・・・、ものの見方という点で、私が考えていることをお話しして参ります。
木村>  「洞爺湖サミット」のお話がでましたけれど、その前に既に地球温暖化を防ぐために二酸化炭素等の温室効果ガスを具体的に削減していくための京都議定書の実行段階に今年から入ってきているわけですね。
寺島>  今年の4月から入ったんですね。
木村>  世界にとって、地球環境問題というものは、メディアの言葉でいうと「待ったなし」のテーマになっていると・・・・・・。
寺島>  そうですね。・・・・・・それで地球環境ということを考える時、私のイマジネーションの中で、「地球」ということを問い返したいと思っています。
木村> ええ。
寺島>  手塚治虫さん。「鉄腕アトム」の作者である手塚治虫さんが、「ガラスの地球を救え」という本を書いているんですね。(光文社新書)。その中で彼は、「地球は奇跡の星だ」「命の空間なんだ」ということを言っているんです。
 地球っていうのは、直径13,000kmの球体ですね。その地球を想像力で、1,000万分の1に圧縮して、小学校の運動会で使う「玉転がし」の玉くらいのものとイメージすると、大気の層はわずか2mm、そして水の層というのはせいぜい  1.6mmくらいしかないんです。つまり玉の上にわずか数mmの膜を貼り付けたようなことになるんですが、その3.6mmの薄い膜の中に我々人間も含めて総ての生命が棲んでいるということになります。言ってみれば、「ものすごくきわどい空間」に我々は生きているというわけです。もし何かの事情でその酸素がプチュッと抜けてしまったら・・・・・・と考えると、なんと言いますか、誠に脆い! ということに気づきます。それが、「ガラスの地球を救え」という彼のイマジネーションになっているんだと考えられます。
木村>  もう既に、オゾンホールなんかも出来てしまっているといいますからね・・・・・・。
寺島>  そうそう。あらゆる動物、植物がわずか数mmのところに共存しているというところから地球環境という問題を考えてみるというイマジネーションが、僕は非常に大事ではないかと考えるわけです。
ところで、我々が地球というものを「ひとつの星」だということを認識したのは一体いつだったろう? って考え直してみるんですが・・・・・・。

木村>  いつ頃のことでしょうね?


「グローバルとインターナショナル」
寺島> ここできっちり考えておかなくてはいけないのは、我々は最近盛んに「グローバリズム」という言葉を使いますが、「インターナショナル」と「グローバル」という言葉の違いということです。
 「インターナショナル」というのは、「国」と「国」との「際」に視点をおいたもので、その前提には、「国家」が存在していて、国家と国家を繋ぐ際をよく見つめて、その際を越えて行ったような概念というものを考えるのが、「インターナショナル」なんです。
 では、「グローバル」というものは何かというと、「グローブ」、つまり「地球を一つの球体だと認識する」イマジネーションからくるものです。「インターナショナル」と「グローバル」という言葉は根本的にそういう概念の違いがあるのです。
 そこでさっき話しかけた、「いつから人間は地球を一つの星だと考えるようになったのか」ということですが・・・・・・。まあ、世に言う「コペルニクス的転回」という、コペルニクスの「地動説」が発表されたのが1543年頃と言われていますから、(1543年にニコラウス・コペルニクスは『天球の回転について』を発表し、この中で『地動説』を唱えた)16世紀の中頃から、なんとなく人間は、「どうも地球というのは宇宙空間にある一つの星らしい」というぐらいのことはイマジネーションとして共有していたわけです。
 ところが、現実問題として、もう誰もが理屈を越えて、「ああ、やっぱり地球も宇宙の中の一つの星なんだ」ということを理解した瞬間というのは、1969年に「アポロ11号」が月面に着陸して、「アースライズ」と言って、地球が昇る・・・・・・、月の地平線に地球が昇ってくるというシーンを全世界の家庭のテレビが映し出した時の事だと思うんですね。その時、あらゆる議論を越えて瞬間的に誰もが理解したんだと僕は思うんです。 


「地球環境問題とグローバリズム」
寺島>  1972年にローマ・クラブが「成長の限界」という大変有名な本を出したんですね。(『CLUB  OF   ROME』=アウレリオ・ベッチェイ博士が、資源、人口、経済、環境破壊等の全地球的問題に対処するために設立した民間のシンクタンク。     『成長の限界』は、ローマ・クラブが地球の有限性に着目してマサチューセッツ工科大学のデニス・メドゥズを主査とする国際チームに委託して取りまとめた研究報告)。この報告書で初めて地球全体の資源が枯渇してしまうのではないか? とか人口の爆発がもたらすインパクトだとか、今日でいう環境問題、いわゆる汚染問題等ということを指摘したわけです。それによって地球全体がそういう問題を抱えているんだということを我々も理解し共有しました。しかし70年代80年代と過ぎていく過程で、技術によって地球環境問題とか食料問題だとかいうグローバルな問題は克服できるのではないかという楽観論が流れて、その後の「グローバル」という概念に大きな影響を与えることになりました。
 特に、1990年代に入り冷戦が終わったということもあって、1989年に「ベルリンの壁」が崩れ、1991年にソ連が崩壊して、東側と西側に世界が二つに割れていた構造がなくなったことで、社会主義圏といわれていた国々が市場経済に参入してきた結果、国境を越えて「ヒト・モノ・カネ・技術・情報」の移動がより自由に行き交う時代が来たということが盛んに言われはじめて、そこで意味合いを変えて出てきたのが「グローバリズム」という言葉だったわけです。
「グローバルとは何ぞや?」というと、現在では、がぜん経済的な意味が強くなり、国境を越えて「ヒト・モノ・カネ・技術・情報」等の移動がより自由に行われるバラ色の未来が開けてくるのではないかという文脈で「グローバリズム」という言葉が使われていますが、そのように使われはじめたのが1990年代だったと思うのです。
 ところが、我々がまさに生きている21世紀初頭に於いては、必ずしも「グローバリズム」がプラスの意味だけではないぞということに気づかされたのです。極めて具体的に突きつけられはじめたというのが、「ENVIRONMENT」=「エンバイアランメント」。つまり環境問題が、地球全体の過熱経済の中で問題になってきたわけです。つまり、経済が成長するということは必ずエネルギーの消費を増やしますから・・・・・・。エネルギーの消費が増えればCO2の排出が増え、そのことによって地球環境全体に重大なインパクトが出て来て、気候変動だとか温暖化だとか、どんな人でも気づきはじめざるを得ないような状況になって来ているわけです。
 例えば、中国の環境汚染問題は、中国だけの問題ではとどまらずに我々にも襲いかかって来るわけですよね。
木村>  黄砂ですとか、それにはじまって天候、いろんな気象上の影響を受けるようになって来るわけですからね。
寺島>  そうそう。日本海の生態系を守ろうということに問題意識を高めたならば、それはロシアとか中国とか北朝鮮、韓国も巻き込んで一緒になって解決していかなければならない。まさにそういう意味で「グローバルな問題」なわけですよ。     
 ところが現実は、グローバルな問題であるはずの環境問題をもう一回「国民国家」、つまり国家間の利害調整の問題に持ち返してきて、誰が一番責任をもつべきかということでお互いに押しつけ合っているわけですね
木村>  責任だけじゃなくて誰が利益を上げるというところまで・・・・・・。(ET=EMISSIONS TRADING=排出量取引。これが、投機の対象になりかけている)。


「国際連帯税」
寺島>  ところが、あくまでもこの問題はグローバルなんだと・・・・・・。これは、世界の新しい動向なんですけれど、「グローバルな問題はグローバルな新しい仕組みによって解決していかなければ、解決出来ないのではないだろうか」ということで、いわゆる、国ごとの環境税をどう取るかなんていう話じゃなくて、地球全体の環境税といいますか・・・・・・、最近の言葉で言うと「国際連帯税」と言いますが(『トービン税』とも言う。1970年代にノーベル賞経済学者=ジェームス・トービンが国際為替取り引きに課税することを提案したのが最初であり、2005年の『ダボス会議』でフランスのシラク大統領が提案して注目された)、分りやすく言うと、国境を越えたマネーゲーム、例えば、国境を越えた為替の取り引きなどに広く薄く課税していくという考え方ですね。何故なら、地球全体に過熱をもたらしている一因に投機マネーがあるからです。エネルギー価格の高騰の背景にも投機マネーがあると盛んに言われていますけれど・・・・・・。
木村>  食料などもそうですね。
寺島>  食料もそうですね。そういう国境を越えた為替の取り引き。これが、年間300兆ドルとも400兆ドルとも言われているんですけれども、それに0. 05%くらいの薄い税をかけて、北極圏の問題だとか南極の問題、或いは、途上国の環境対策だとかに国際機関が直接徴税して地球全体の問題、途上国の貧困問題等も含めて解決していく財源にしようという考え方を「国際連帯税」というんです。
 今世界53カ国、特に中心となっているのがフランスとブラジルなんですけれど・・・・・・。この「リーディング・カントリーズ」が世界に「国際連帯税問題」をアピールしているのです。
 今、お金の移動の問題を例にとりましたが、それ以外に国境を越えた人の移動、例えば、飛行機を使った人から広く薄く税をとったり、海運、航空燃料へも課税して、国境を越えた問題解決のための財源にしようという全く新しい発想が話題になっているんです。   僕はね、「洞爺湖サミット」で日本がこれを持ち出せるかどうかは別にしても、少なくとも、国際社会で一歩前に出て、誰が責任をもつのかなんていう押しつけ合いではなく、地球全体の問題を地球全体の仕組みを考えることによって解決していく方向に向かうべきだと考えているのです。


「ICC=国際刑事裁判所」
寺島>  これは、是非日本人として注目しておくべきだと思うんですが、去年の10月に日本は105番目の加盟国として、「ICC=国際刑事裁判所」に参加しました。
 僕は、欧州とかよく動いていて、去年まで大変からかわれたのは、「日本は、国連中心主義だとか国際協調主義だとか言っているけれど、なんで、『国際刑事裁判所』に入らないんだ」ということなんですね。ところが「国際刑事裁判所」に入ったことによって大変面子が保てるようになったわけです。しかも、今、日本が「国際刑事裁判所」の財源を負担するトップの国になりました。GDPの規模からの割当でですね。
 これはどういうことかと言うと、「国際司法裁判所」というのが、オランダのハーグに今までもあったということを知っている人は多いのだけれど、国境を越えた組織犯罪、テロとか例えば、日本にとっては「拉致問題」などという国境を越えた組織犯罪というものに対して、各国ごとの刑事訴訟法で対応するのではなくて、国境を越えた刑事訴訟法的な仕組みをつくることによって処断していこうという人類社会の願望みたいなものですね。
 ここで僕が何を言いたいのかと言うと、まさに「国際刑事裁判所構想」も「国際連帯税構想」もそうなんですが、世界がいまどういう仕組みで環境問題(ENVIRONMENT=自然環境に限らず広義の意味に於ける環境)に立ち向かっていこうとしているかということですね。ここのところはよく知らないといけないなと僕は思っているわけです。
 発想を変えて、頭を柔らかくして「『グローバルな問題』を『グローバルに解決』していくための仕組みというものがないのかな」と考えて、そういう中で、現実に欧州を発信源として、「国際連帯税」みたいな全く新しい発想での挑戦が出て来ているということを日本人はしっかり認識しておかなければならないと思っています。
 例えば、今年のサミットは、昨年の夏にサブプライム問題が爆発して、マネーゲームが行き過ぎるとどういうことになるのかということを思い知った後の最初のサミットであるわけですよね。また環境問題ということに、より正面から取り組んでいこうということがアジェンダ(課題)になっているサミットでもあるわけですよね。
 その二つを結びつけて、現実にどうやってマネーゲームを制御して、しかも、地球全体で悩み込みはじめている環境問題というものにどうやって立ち向かうのかということを、多次元方程式を解くような柔らかい頭で考えていかなければならないタイミングだと思うのです。
木村>  はい。来月には「福田ビジョン」というサミット前の地球環境問題に対するビジョンも発表されると言われています。さて、寺島さん。私たちもじっとこの問題を見つめてみたいと思います。


「正義の経済学 ふたたび」
木村>  寺島さん、前回一回目の放送をしましたら、リスナーの皆さんから感想ですとか、意見が随分寄せられています。その中から一つ寺島さんに答えて頂きたいのですが・・・・・・。東京在住のヒロサワ タカシさん、男性の方からの質問ですね。
 「私は、寺島さんの本はだいたい読んでいるのですが、寺島さんの著書の中に『正義の経済学 ふたたび』というのがありますが、『ふたたび』というのは、それに先立つ本があるのではないかと思って探しましたが、ありませんでした。何故『ふたたび』と題につけたのか教えて下さい」。
 なるほどね、そういう疑問を持つのでしょうかね。
寺島>  これはね、1997年に僕がアメリカでの10年間の生活を終えて帰って来て、アメリカ経済に進行しつつある「マネーゲーム化」の傾向というか、そういうものに対する危機感を感じて、「経済って一体なんだろう?」ということをもう一回問い返してみたところから出て来たものなのですね。
 この「経済」という言葉は、「経世済民」という言葉から出て来た言葉なんです。
 つまり、「経済学」というものには、「どうやって世の中を治め、人民を救うか」という問題意識が背景にあるということです。マルクスを持ち出さなくとも、常に、世界の貧困だとか時代が抱えている不条理だとかいうものをどう解決したらいいのだろうかという強烈な問題意識を持った学問が「経済学」なんです。
 ところが、その経済学がいつの間にか迷い込んで、極端に言えば、金儲けの方法論とかひねりにひねった金融工学で、どうやって金を儲けるかという類の話にどんどんスライスして来て、そういう流れの中で、「経済学って、古い言葉だけれども『正義』ということを心に抱いていた学問でしたよね」っていうことを問い返すために、「正義の経済学 ふたたび」という題名に敢えてしたわけです。
 この本を2001年に出したんですけれど、その後の展開の中で僕は、まさに我々が目撃した「サブプライム問題」というものによって、悪知恵の資本主義がどこまで行き詰っているか、経済学が道に迷っているかということを見せつけられたと思っています。
 この10年くらい日本は、「新自由主義」ということで、アメリカ流の「競争主義」「市場主義」を取り入れていくことが、日本の経済に活力を与えるんだということで走って来たし、世界もさっきの話ではないですけれど、「グローバリズム」ということで、まさに「新自由主義」の流れの中を走って来たと思うのですが、いま世界中を見渡してみると、甚だ皮肉なことに、「新国家資本主義」と言いますか・・・・・・、要するに、国家がコントロールした経済、そういう経済の方が成功しているということがあります。そういう流れの中で、自由とか民主主義という概念はものすごく大事だけれど、規律のない「競争主義」「市場主義」だけを発していっていいのかという問題に出くわしているわけです。まさにそういう問題意識を込めて書いたのが、「正義の経済学 ふたたび」という本だったのです。
木村>  つまり、もう一度経済学、或いは、世界のあり方を考え直してみよう。かつてあった「経済学」のあり方を思い出してみようという呼びかけとして「ふたたび」ということですね。
寺島>  ええ、なんのための「経済学」なのかという時のね。


2008年06月スケジュール

OA日時  
番組タイトル    
2008/06/01(日) 08:00~  

   TBS系列「サンデーモーニング」
2008/06/14(土) 08:00~  

   読売テレビ系列「ウェークアップ ぷらす」
2008/06/20(金) 21:54~  

   テレビ朝日系列「報道ステーション」
2008/06/22(日) 08:00~  

   TBS系列「サンデーモーニング」

2008年06月29日

2008年7月のスケジュール

■2008/07/04(金)15:57~
北海道文化放送「UHBスーパーニュース拡大版スペシャル 世界が注目!これが洞爺湖サミットだ」

■2008/07/05(土)08:00~
読売テレビ系列「ウェークアップ!ぷらす」
※北海道からの生中継

■2008/07/06(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」

■2008/07/06(日)14:00~
BSジャパン「本上まなみのサミット情報スペシャル 未来へのメッセージ」
※洞爺湖サミット特集番組内においてインタビュー収録

■2008/07/11(金)06:40頃~
NHKラジオ第一「ラジオあさいちばん」
※うち『ビジネス展望』コーナー

■2008/07/11(金)21:54~
テレビ朝日系列「報道ステーション」

■2008/07/16(水))18:20~20:40
第7回日総研フォーラム
会場: 時事通信ホール(東京銀座)

■2008/07/20(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」

■2008/07/26(土)05:00~
FM「月刊寺島実郎の世界」

■2008/07/26(土)13:00~
BS朝日「アジア太平洋への新しい視界~寺島実郎、世界を語る~」(仮題)
※7/16開催の第7回日総研フォーラムの特集番組

第3回目

「環境問題―農業再生からのアプローチ」

「『環境』『エネルギー』『食糧=農業』の相関関係」


木村>さて寺島さん、前回の放送では手塚治虫さんの「ガラスの地球を救え」という著作から、「地球の全体の問題である環境問題とどう向き合っていったらいいのか?」ということに対して、寺島さんから国際連帯税という問題提起がありました。地球環境問題、そしてエネルギー問題ということがテーマだったのですけれど、それに関連したメールが東京のカズさんから届いています。

寺島>はい。

木村>メールを紹介します。「いよいよ日本が議長国をつとめる『洞爺湖サミット』の開催が迫ってまいりましたね」そうですね、もう来月ですね。

寺島>うん。

木村>「今月の初旬には福田ビジョンが発表されるなど今回のサミットでは環境問題について話し合われるということなんですが、私は、環境問題も大切ですが、もっと直近の食糧問題について話し合って欲しいと思っています」。

木村>「食糧価格の高騰、バイオ燃料の問題など環境云々の前に食糧問題は全世界の人々にとってすぐにでも解決してもらいたい問題だと思っています」というメールが届いています。
さあ、どうしましょう?寺島さん。

寺島>これねえ、なかなか鋭い指摘でね、実は私の心の中で、「環境という問題」と、「エネルギーという問題」とは相関しているのだ、という話を前回も話したんですけれども……。それに敢えて加えるならば「食糧=農業」というキーワードを、3つ頭の中に三角形のように置いて、その相関の中で時代を考えなければいけない時がきたんだなぁとつくづく思っているんですよ。

木村>じゃあ、まさに今朝のテーマにぴったりですね。

寺島>今月私は、前半は欧州を動いていたんですけれど、6月3日にローマで「食糧サミット」が行われて、私は、それを横目で見ながら欧州を動いたんですけれども……、この1年間で世界が大きく変わってきてるなっていうことを肌身で感じました。

木村>変わってきている……。

寺島>どういうことかと言うとですね、去年までは、この食糧の問題に日本としてメッセージを発信する時に、「日本は世界最大の食糧純輸入国だ」という言葉を、かつてはもの凄く聞いていたんです。どういう意味かと言うと、「日本は世界で一番海外から食糧を買ってる国なんだよ」っていうのが、あたかもこの国が外に対してバーゲニング・パワー(Bargaining power=対外交渉能力。外国と交渉して国益を守ることができる能力)を持っているかのようなイメージで、敢えていうならばポジティブな文脈でね、日本の凄さを示すようなイメージの言葉として、「世界最大の食糧の純輸入国だ」というメッセージが発信されていたんですね。
ところが、このローマの食糧サミット辺りに漂っている空気というのは、ちょっと違うのです。まさに今、食糧価格の高騰が、もの凄い勢いでもって進行していて世界に67億いる人口のうち、約10億人近くが飢餓線を彷徨っているんじゃないかとかいう報道もされています。しかも、デモだとか、暴動までが、食糧をめぐって繰り広げられているという状況の中で世界最大の食糧純輸入国なんて胸を張っている様な愚かな国が存在しているのかという違和感があるように感じたのです。むしろ世界の人にとってみれば違和感を与えるというか、衝撃を与えるというような状況になっているということですね。(飢餓による死亡者数は、年間3億人という報道もある)

木村>はい。


「食糧自給率の問題」

寺島>現在、日本の食糧自給率というのは39%ということで、カロリーベースでもって日本は4割を割り込んでいるんですね。世界の先進国と言われている国で日本を除いて一番食糧の自給率が低いのがイギリスなんですけれども、それでも74%なんていう数字が出てきています。ドイツも86%。アメリカ、フランスに至っては、大変な農業国ですから100%をはるかに超す食糧自給率を持っているわけです。そこで、戦後の日本というものを、よく考えてみると、エネルギーと食糧は外から買ったほうがいい、その方が効率的だという国をつくっちゃったんですね。気がついてみればってやつなんですけれども・・・・・・。私が、高校を終えてね、東京に上京してきた1966年、つまり、東京オリンピックの2年後なんですけれども。

木村>はい。

寺島>つまり、60年代の後半にさしかかる頃、日本の食糧自給率というのはまだ7割近くあったんです。いまのイギリス並くらいですね。

木村>ええ。

寺島>そこから一気に下げてきた。どういうことかと言うと、産業力を以て外貨を稼いで、その外貨によってエネルギーと食糧を外から買って来たほうが効率的だということで、そういう国づくりをしてしまったと言っていいと思います。それで、現在の様な状況になって、「そんな国で大丈夫なのか?」ということになってきたのです。
そこで、日本の、例えば、「福田ビジョン」といういま出てきたこの政権の基本方針に近いビジョンにおいても、じわりとそういうメッセージが一行出てきているけれど、実は持っている意味は重いと僕は思っているのです。というのは、食糧の自給率を高めることでエネルギーと環境問題に立ち向かおうという考え方が次第に出始めてきているということですから・・・・・・。

木村>ちょっと待って下さい。食糧の自給率を高めることで、エネルギー、環境問題に立ち向かう・・・・・・。

寺島>ええ。どういうことかと言うとですね、例えば現在日本は、中国から大量の食糧を輸入しています。

木村>ええ。

寺島>食糧を輸入するということは、それを運ばなければいけないことになります。

木村>はい。

寺島>輸送にともなうエネルギー。それから、そのエネルギーの消費にともなうCO2の排出=二酸化炭素の排出、そこには大変に重いものがあるわけですよ。できれば、食べられるものは近場から、国内で調達するっていう流れがもしできれば、そのエネルギーの消費とCO2の排出に関して比べてみれば、食糧を外国から輸入した場合には、国内で賄うより、多分、倍はエネルギーとCO2の排出が多いのではないかという試算もあるくらいなんです。

木村>そんなに。

寺島>とにかく外国から買っている農産物をできるだけ少なくして自給率を高めることによって、エネルギーの消耗とCO2の排出を避けるっていうポイントが一つあると考えられます。

木村>なるほど。


「農耕放棄地の活用」

寺島>それから、もうひとつ大変重要なことは、「日本の農地を活かしきる」ということによって、農地を大事に維持して、そこに有機肥料なんかをきめ細かく投入すれば、農地によって吸収できるCO2の量を倍増できるという技術の研究開発も現在進んでいます。

木村>ああ。

寺島>ということは、とにかくエネルギーを節約してCO2の排出を抑えるという意味に於いて、食糧の自給率を高めるということが大変有効であり、妥当だという考え方が日本にもジワッと芽生えて来ているということです。ところでその農地なんですけれど、いま日本全国には、467万ヘクタールの農地が存在すると言われています。統計上はですよ。

木村>はい。

寺島>ところが、実はそのうち、「農耕放棄地」といって、統計の上では農地にカウントされているけれども、実際は農地としての役割を放棄して、放ったらかしにされているものが、37万ヘクタールあるというわけですよ。

木村>草ボウボウになっている所ですね。

寺島>そうですね。その37万ヘクタールという面積のイメージってなかなか湧かないかもしれませんけど、東京都全体の面積の1.8倍なんていう広さということですが、この土地が農耕放棄地というかたちで放ったらかしになっているわけです。

木村>ああ。

寺島>その農耕放棄地を活かして、そこで食料品なり、なんなりを生産するとかしなければいけません。広い意味でのバイオ燃料の原料になるものを生産すべきなのです。放棄地にしておくくらいならね。極端なケースでは休耕田に補助金を出しているなんていう事実もあるわけです。

木村>ああ、何も作らないことによって補助金が出るという・・・・・・。

寺島>そういうことをやるのならば、世界の中で飢餓線を彷徨っている人が、10億人もいるなんていう時にですね、食べられるものを一生懸命作って、それを国際社会に貢献するというかたちでもって提供することは、何も作らないよりは意味があると・・・・・・。
更には、農耕放棄地にしておくくらいなら、そこで、食べられないもので、バイオ燃料の原料になるようなものを育てて、エタノールなんかを抽出できるような技術を開発して・・・・・・、それが「次世代バイオ」っていう言葉に相当するんですけれども。その食べられないものはどんなものかというと、例えば、トウモロコシの芯とか、稲の茎とかからだってエタノールの抽出は出来るのですよ。セルロース系なんていうことで・・・・・・。

木村>稲の茎ってつまり、ワラの部分から。

寺島>そう。ワラの部分からですね。だからそういう様なことをも活かしきって、つまり農耕地をふんだんに利用してそこから食糧なり、バイオエネルギーの原料になるものを耕作するべきなんです。どういう意味かというと、日本はいままで、エネルギー及び食糧の「狩猟型民族」というような国家を戦後につくってきたわけです。つまり、海外に出て行って、地中から化石燃料を掘り起こすとか食糧を買ってくるとかというかたちで、要するに運んで来ていた。ところが今後は、「エネルギー耕作型文明」って言い方なんですけれども、農地を耕し、育てることで、日本国内の土地のポテンシャル(Potential=潜在的能力)を活かしきっていくという文明に切り替えていかなければならないんじゃないかと考えているわけです。

木村>はい。


「パラダイム・シフト転換の必要性」

寺島>要はですね、金に任せて食糧を買ってくるという国から、国内で皆で力を合わせてそういうものを作り出していくことが大事なんじゃないかというパラダイム転換が必然となって来る、そういう予感がありますね。しかも、現在の日本に於いては、食糧を支えてくれている農業人口は、わずか4.4%なんていうところまで減ってきているんです。

木村>どんどん減っていますね。

寺島>かつてこの国は、ほとんど100%近い人が、農業に従事することによって飯食っていたんですけれど、今は、わずか4.4%の人だけがそれを支えているという構図になっているわけです。そういう現状に対して、本当に知恵を出して、日本の持っているポテンシャル¬をもう一回掘り起こす必要に迫られているのです。
しかも、ここでもの凄く重要なことは、日本が蓄積してきた産業力、もっと言いかえると、その産業を育てた技術力ですね。その技術力を農業に注入するという発想が、これからもの凄く重要になってくるということなんです。農業において、活かしきれる技術というのは例えばバイオの技術もそうですけれども、太陽光発電の技術だとか、農業セクターで日本の工業生産力によって蓄積した技術を、活かしきるということをすれば、日本は大変な強みを持っていると言えるのです。これからそういうものを活かした農業に立ち向かって行く発想が必要なんですね。
いずれにしましても、この段階で僕が申し上げおきたいのは、日本国は戦後の成長軌道に入っていく時の国づくりの軌道というものを大きく踏まえて、もの凄く新たな国づくりの局面に入って来ているんじゃないかという認識です。多分、今度の洞爺湖サミットの大きな意味は、単に洞爺湖でサミットが行われますということだけではなくて、日本の国づくりについて、あとで振り返ってみたら、あの辺りから、それまでの日本の国づくりの考え方と違う考え方、つまり、「環境と食糧とエネルギー」を視界に置いて立ち向かっていかなければいけない方向へ反転していったきっかけだったんだなぁということに気づくだろうと思います。

木村>ああ、歴史的な・・・・・・。

寺島>何故ならば、現在、エネルギー価格が150ドルに迫るなんていう様な状況になっていますよね。

木村>ええ。

寺島>これは、別の言い方をすると再生可能エネルギーや代替エネルギーや省エネルギーの価値が一段と高まってきたということでもあるわけです。つまり、そういうものに可能性が見えて来たということです。今までは、再生可能エネルギーといったって、石油が安いからですね、それを越えた新しいエネルギー源を作りだすことは見向きもされなかった。ところが、ここへきて一気に関心が高まっている。それに関連する食糧の価格高騰っていうのもネガティブな部分ばかりじゃなくて、それによって農業という分野に立ち向かっていく市場性が高まってきたとも言えるわけですから・・・・・・。

木村>なるほど。そういう風に捉えればね。

寺島>それと同時に、なんらかのかたちで明らかになって来るであろう、いわゆる環境の数量目標ですね。いま日本は、京都議定書の約束事項に向けて走り出しています。前回も触れましたけれども・・・・・・。

木村>国際的な責めぎ合いになっていると・・・・・・。

寺島>そうそう。とにかく再度確認しておかなければいけないのは、2012年までには、90年比CO2を6%減らすことが決まっています。2006年までで6.2%既に増えているから、2012年までには、12.2%減らさなければならないのです。
更に、柏崎刈羽の原発が去年の地震で停まっていることによって、2%分増えていますから、合計すると14.2%。14%~15%を、2012年までに90年比で減らさなければならないということになっているわけです。
そこで、150ドル原油と京都議定書を超えて、環境目標というものをしっかり視野に入れて考えると、今まで日本が掲げてきた経済計画だとかエネルギー戦略だとかというものを根本的にたて直さないといけない。そのくらいの大変大きな数字が目の前に見えて来ているというところに気がつかなければいけないのです。その文脈で、私がさっき、大きなパラダイム転換に今我々は直面しているのではないかと言う意味が見えてくると思います。


「農業生産法人」

<木村>さあ、そこで寺島さんですね、先程「知恵を出して」というお話がありました。問題は、「じゃあそのような日本の農業を実現するためにどんな知恵を出せばいいのか?」ということなんですけれども、もう既にお話の中に農業労働力というものが、労働力人口の4%あまりでしかないという現状に至っていますよね。その上耕作放棄地だっていっぱい増えています。こういう中で、じゃあこの農業を本当に盛り返す方法はあるかどうか?ここなんですけれど・・・・・・。
どうでしょうか?

寺島>現実論として後継者の確保もままならないような農業生産の実態で、いくらキャッチフレーズで農業を重視し、食糧の増産をしなきゃいけないなんて言ったって絵空事だと多くの人は思いかねません。
そういう中で、やはり我々がまず注目しなければいけないキーワードは、「農業生産法人」という「システムとしての農業」をしっかり育てるという視点だと思うんですね。(註、農業生産法人とは『農地法』の規制に基づくもので、昭和37年=1962年に制度化された。2008年現在、法人数は9,466法人となっている。最近『株式会社セブン&ホールディングス』の参入が話題になったが、その他『株式会社モスフードサービス』、『ワタミ株式会社』等も参画している。)

木村>はい。

寺島>というのは、誰かに期待して「農業をがんばって下さい」なんていう話じゃなくて、現実に農業生産法人という仕組みは、既に日本でも8,500を超すというくらいの農業生産法人が稼働していますし、株式会社として農業を展開しているという会社も200を超すという様な状況になってきています。

木村>ええ。

寺島>まだまだ法制度上、整備しなければいけない部分もたくさん残していますけれども、まさに株式会社農業とか農業生産法人で農業を支えるという仕組が大切になって来ていると思うんです。農業生産法人ってどういう意味かっていうと、例えば去年あたりから、僕が近隣のロシアの極東、ウラジオストックに行ってもですね、日本の高級な果物がスーパーマーケットに並んでいるのを見かけるようになっています。
昨年の日本の貿易統計の中で、農産品の輸出が4,200億円を超したんですよ。実は僕、この事実に驚いています。

木村>ほう。

寺島>それが、3年くらいの間に1兆円になるんじゃないかっていう推計もあるんですね。

木村>ほう。

寺島>それがどういうことかというと、中国とかロシアとか近隣の国々が日本の果物とか米を買ってくれ始めているということです。

木村>高級な物を。値段の高い物を・・・・・・。

寺島>そう。高級な物を・・・・・・。しかも、農産品だけではなくて食糧品の中には、例えば、養殖した日本のナマコですとか、そういう類のものが中国や近隣の国に大変な評価を得ている・・・・・・。

木村>中華料理には欠かせないですものね。

寺島>そうなんです。で、そういう点にポテンシャルがあるわけですよ。色々な展開の・・・・・・。
木村>ええ。

寺島>そこで、農業生産法人で、高級な果物を作って行く場合に、今まで商社マンとして働いてきた人間が、その製品のマーケティングを手伝うだとか、会社で経理をやってきた人が経理のパートだけを手伝うなんていう分業で生産法人を支えるシステムを作って行くなんていうことは、あながち絵空事じゃないわけです。まさに、生産法人化の意味は、そういうプラットホームを作ることなんですね。

木村>全くその通りですね。

寺島>農業生産法人化をしっかりやることによって、日本の農耕地を活かしきって、外部に対して依存している食糧というものをできるだけ自分たちだけで作っていくという時代をつくって、その上、農業生産法人に、さっき申し上げたように、工業生産力を高めるために培ってきた技術を注入して農業の自給率を、食糧の自給率を高めて行く。そのことによってエネルギーを節約し、環境問題に立ち向かっていくという流れをつくるということが、冒頭に申し上げたように「環境」と「食糧」と「エネルギー」という三角形の相関をよくイマジネーションの中に描いて、今後の戦略ということを組み立てなければいけないという話になるわけです。まあそういうことなんだろうと思いますよね。

木村>今朝の番組はですね、東京にお住まいのラジオネーム、カズさんからのメール。まさに、この頂いたメールがですね、今朝のお話のテーマ、糸口になりました。こんな風に皆さんから、メール、或いは反響というものを頂いております。是非、この「月刊寺島実郎の世界」宛てに皆さん、寺島実郎さんへの質問もあれば意見もあるし、それから放送の感想もあるでしょうから、どんどんお寄せ頂きたいと思います。


木村>さあ、寺島さん、お別れの時刻が近づきました。一言でお話し頂いた感想というのは、なんでしょうか?

寺島>色んな要素を組み合わせて問題を解決していくアプローチのことをエンジニアリングと言うんですけれども、日本という国は、本当に個別の要素においては高いポテンシャルを持っているんだけれども、僕は、それを組み合わせて問題を解決していく力っていうものが、やっぱりまだまだ欠けていると思っていて、そういう意味で、エネルギー問題はエネルギー問題、環境は環境、食糧は食糧というかたちでの位置感覚ではなくて、その相関の中で問題を解決していこうというアプローチができる思考の訓練をしていかなければならないと僕自身が思っています。