第3回目

「環境問題―農業再生からのアプローチ」

「『環境』『エネルギー』『食糧=農業』の相関関係」


木村>さて寺島さん、前回の放送では手塚治虫さんの「ガラスの地球を救え」という著作から、「地球の全体の問題である環境問題とどう向き合っていったらいいのか?」ということに対して、寺島さんから国際連帯税という問題提起がありました。地球環境問題、そしてエネルギー問題ということがテーマだったのですけれど、それに関連したメールが東京のカズさんから届いています。

寺島>はい。

木村>メールを紹介します。「いよいよ日本が議長国をつとめる『洞爺湖サミット』の開催が迫ってまいりましたね」そうですね、もう来月ですね。

寺島>うん。

木村>「今月の初旬には福田ビジョンが発表されるなど今回のサミットでは環境問題について話し合われるということなんですが、私は、環境問題も大切ですが、もっと直近の食糧問題について話し合って欲しいと思っています」。

木村>「食糧価格の高騰、バイオ燃料の問題など環境云々の前に食糧問題は全世界の人々にとってすぐにでも解決してもらいたい問題だと思っています」というメールが届いています。
さあ、どうしましょう?寺島さん。

寺島>これねえ、なかなか鋭い指摘でね、実は私の心の中で、「環境という問題」と、「エネルギーという問題」とは相関しているのだ、という話を前回も話したんですけれども……。それに敢えて加えるならば「食糧=農業」というキーワードを、3つ頭の中に三角形のように置いて、その相関の中で時代を考えなければいけない時がきたんだなぁとつくづく思っているんですよ。

木村>じゃあ、まさに今朝のテーマにぴったりですね。

寺島>今月私は、前半は欧州を動いていたんですけれど、6月3日にローマで「食糧サミット」が行われて、私は、それを横目で見ながら欧州を動いたんですけれども……、この1年間で世界が大きく変わってきてるなっていうことを肌身で感じました。

木村>変わってきている……。

寺島>どういうことかと言うとですね、去年までは、この食糧の問題に日本としてメッセージを発信する時に、「日本は世界最大の食糧純輸入国だ」という言葉を、かつてはもの凄く聞いていたんです。どういう意味かと言うと、「日本は世界で一番海外から食糧を買ってる国なんだよ」っていうのが、あたかもこの国が外に対してバーゲニング・パワー(Bargaining power=対外交渉能力。外国と交渉して国益を守ることができる能力)を持っているかのようなイメージで、敢えていうならばポジティブな文脈でね、日本の凄さを示すようなイメージの言葉として、「世界最大の食糧の純輸入国だ」というメッセージが発信されていたんですね。
ところが、このローマの食糧サミット辺りに漂っている空気というのは、ちょっと違うのです。まさに今、食糧価格の高騰が、もの凄い勢いでもって進行していて世界に67億いる人口のうち、約10億人近くが飢餓線を彷徨っているんじゃないかとかいう報道もされています。しかも、デモだとか、暴動までが、食糧をめぐって繰り広げられているという状況の中で世界最大の食糧純輸入国なんて胸を張っている様な愚かな国が存在しているのかという違和感があるように感じたのです。むしろ世界の人にとってみれば違和感を与えるというか、衝撃を与えるというような状況になっているということですね。(飢餓による死亡者数は、年間3億人という報道もある)

木村>はい。


「食糧自給率の問題」

寺島>現在、日本の食糧自給率というのは39%ということで、カロリーベースでもって日本は4割を割り込んでいるんですね。世界の先進国と言われている国で日本を除いて一番食糧の自給率が低いのがイギリスなんですけれども、それでも74%なんていう数字が出てきています。ドイツも86%。アメリカ、フランスに至っては、大変な農業国ですから100%をはるかに超す食糧自給率を持っているわけです。そこで、戦後の日本というものを、よく考えてみると、エネルギーと食糧は外から買ったほうがいい、その方が効率的だという国をつくっちゃったんですね。気がついてみればってやつなんですけれども・・・・・・。私が、高校を終えてね、東京に上京してきた1966年、つまり、東京オリンピックの2年後なんですけれども。

木村>はい。

寺島>つまり、60年代の後半にさしかかる頃、日本の食糧自給率というのはまだ7割近くあったんです。いまのイギリス並くらいですね。

木村>ええ。

寺島>そこから一気に下げてきた。どういうことかと言うと、産業力を以て外貨を稼いで、その外貨によってエネルギーと食糧を外から買って来たほうが効率的だということで、そういう国づくりをしてしまったと言っていいと思います。それで、現在の様な状況になって、「そんな国で大丈夫なのか?」ということになってきたのです。
そこで、日本の、例えば、「福田ビジョン」といういま出てきたこの政権の基本方針に近いビジョンにおいても、じわりとそういうメッセージが一行出てきているけれど、実は持っている意味は重いと僕は思っているのです。というのは、食糧の自給率を高めることでエネルギーと環境問題に立ち向かおうという考え方が次第に出始めてきているということですから・・・・・・。

木村>ちょっと待って下さい。食糧の自給率を高めることで、エネルギー、環境問題に立ち向かう・・・・・・。

寺島>ええ。どういうことかと言うとですね、例えば現在日本は、中国から大量の食糧を輸入しています。

木村>ええ。

寺島>食糧を輸入するということは、それを運ばなければいけないことになります。

木村>はい。

寺島>輸送にともなうエネルギー。それから、そのエネルギーの消費にともなうCO2の排出=二酸化炭素の排出、そこには大変に重いものがあるわけですよ。できれば、食べられるものは近場から、国内で調達するっていう流れがもしできれば、そのエネルギーの消費とCO2の排出に関して比べてみれば、食糧を外国から輸入した場合には、国内で賄うより、多分、倍はエネルギーとCO2の排出が多いのではないかという試算もあるくらいなんです。

木村>そんなに。

寺島>とにかく外国から買っている農産物をできるだけ少なくして自給率を高めることによって、エネルギーの消耗とCO2の排出を避けるっていうポイントが一つあると考えられます。

木村>なるほど。


「農耕放棄地の活用」

寺島>それから、もうひとつ大変重要なことは、「日本の農地を活かしきる」ということによって、農地を大事に維持して、そこに有機肥料なんかをきめ細かく投入すれば、農地によって吸収できるCO2の量を倍増できるという技術の研究開発も現在進んでいます。

木村>ああ。

寺島>ということは、とにかくエネルギーを節約してCO2の排出を抑えるという意味に於いて、食糧の自給率を高めるということが大変有効であり、妥当だという考え方が日本にもジワッと芽生えて来ているということです。ところでその農地なんですけれど、いま日本全国には、467万ヘクタールの農地が存在すると言われています。統計上はですよ。

木村>はい。

寺島>ところが、実はそのうち、「農耕放棄地」といって、統計の上では農地にカウントされているけれども、実際は農地としての役割を放棄して、放ったらかしにされているものが、37万ヘクタールあるというわけですよ。

木村>草ボウボウになっている所ですね。

寺島>そうですね。その37万ヘクタールという面積のイメージってなかなか湧かないかもしれませんけど、東京都全体の面積の1.8倍なんていう広さということですが、この土地が農耕放棄地というかたちで放ったらかしになっているわけです。

木村>ああ。

寺島>その農耕放棄地を活かして、そこで食料品なり、なんなりを生産するとかしなければいけません。広い意味でのバイオ燃料の原料になるものを生産すべきなのです。放棄地にしておくくらいならね。極端なケースでは休耕田に補助金を出しているなんていう事実もあるわけです。

木村>ああ、何も作らないことによって補助金が出るという・・・・・・。

寺島>そういうことをやるのならば、世界の中で飢餓線を彷徨っている人が、10億人もいるなんていう時にですね、食べられるものを一生懸命作って、それを国際社会に貢献するというかたちでもって提供することは、何も作らないよりは意味があると・・・・・・。
更には、農耕放棄地にしておくくらいなら、そこで、食べられないもので、バイオ燃料の原料になるようなものを育てて、エタノールなんかを抽出できるような技術を開発して・・・・・・、それが「次世代バイオ」っていう言葉に相当するんですけれども。その食べられないものはどんなものかというと、例えば、トウモロコシの芯とか、稲の茎とかからだってエタノールの抽出は出来るのですよ。セルロース系なんていうことで・・・・・・。

木村>稲の茎ってつまり、ワラの部分から。

寺島>そう。ワラの部分からですね。だからそういう様なことをも活かしきって、つまり農耕地をふんだんに利用してそこから食糧なり、バイオエネルギーの原料になるものを耕作するべきなんです。どういう意味かというと、日本はいままで、エネルギー及び食糧の「狩猟型民族」というような国家を戦後につくってきたわけです。つまり、海外に出て行って、地中から化石燃料を掘り起こすとか食糧を買ってくるとかというかたちで、要するに運んで来ていた。ところが今後は、「エネルギー耕作型文明」って言い方なんですけれども、農地を耕し、育てることで、日本国内の土地のポテンシャル(Potential=潜在的能力)を活かしきっていくという文明に切り替えていかなければならないんじゃないかと考えているわけです。

木村>はい。


「パラダイム・シフト転換の必要性」

寺島>要はですね、金に任せて食糧を買ってくるという国から、国内で皆で力を合わせてそういうものを作り出していくことが大事なんじゃないかというパラダイム転換が必然となって来る、そういう予感がありますね。しかも、現在の日本に於いては、食糧を支えてくれている農業人口は、わずか4.4%なんていうところまで減ってきているんです。

木村>どんどん減っていますね。

寺島>かつてこの国は、ほとんど100%近い人が、農業に従事することによって飯食っていたんですけれど、今は、わずか4.4%の人だけがそれを支えているという構図になっているわけです。そういう現状に対して、本当に知恵を出して、日本の持っているポテンシャル¬をもう一回掘り起こす必要に迫られているのです。
しかも、ここでもの凄く重要なことは、日本が蓄積してきた産業力、もっと言いかえると、その産業を育てた技術力ですね。その技術力を農業に注入するという発想が、これからもの凄く重要になってくるということなんです。農業において、活かしきれる技術というのは例えばバイオの技術もそうですけれども、太陽光発電の技術だとか、農業セクターで日本の工業生産力によって蓄積した技術を、活かしきるということをすれば、日本は大変な強みを持っていると言えるのです。これからそういうものを活かした農業に立ち向かって行く発想が必要なんですね。
いずれにしましても、この段階で僕が申し上げおきたいのは、日本国は戦後の成長軌道に入っていく時の国づくりの軌道というものを大きく踏まえて、もの凄く新たな国づくりの局面に入って来ているんじゃないかという認識です。多分、今度の洞爺湖サミットの大きな意味は、単に洞爺湖でサミットが行われますということだけではなくて、日本の国づくりについて、あとで振り返ってみたら、あの辺りから、それまでの日本の国づくりの考え方と違う考え方、つまり、「環境と食糧とエネルギー」を視界に置いて立ち向かっていかなければいけない方向へ反転していったきっかけだったんだなぁということに気づくだろうと思います。

木村>ああ、歴史的な・・・・・・。

寺島>何故ならば、現在、エネルギー価格が150ドルに迫るなんていう様な状況になっていますよね。

木村>ええ。

寺島>これは、別の言い方をすると再生可能エネルギーや代替エネルギーや省エネルギーの価値が一段と高まってきたということでもあるわけです。つまり、そういうものに可能性が見えて来たということです。今までは、再生可能エネルギーといったって、石油が安いからですね、それを越えた新しいエネルギー源を作りだすことは見向きもされなかった。ところが、ここへきて一気に関心が高まっている。それに関連する食糧の価格高騰っていうのもネガティブな部分ばかりじゃなくて、それによって農業という分野に立ち向かっていく市場性が高まってきたとも言えるわけですから・・・・・・。

木村>なるほど。そういう風に捉えればね。

寺島>それと同時に、なんらかのかたちで明らかになって来るであろう、いわゆる環境の数量目標ですね。いま日本は、京都議定書の約束事項に向けて走り出しています。前回も触れましたけれども・・・・・・。

木村>国際的な責めぎ合いになっていると・・・・・・。

寺島>そうそう。とにかく再度確認しておかなければいけないのは、2012年までには、90年比CO2を6%減らすことが決まっています。2006年までで6.2%既に増えているから、2012年までには、12.2%減らさなければならないのです。
更に、柏崎刈羽の原発が去年の地震で停まっていることによって、2%分増えていますから、合計すると14.2%。14%~15%を、2012年までに90年比で減らさなければならないということになっているわけです。
そこで、150ドル原油と京都議定書を超えて、環境目標というものをしっかり視野に入れて考えると、今まで日本が掲げてきた経済計画だとかエネルギー戦略だとかというものを根本的にたて直さないといけない。そのくらいの大変大きな数字が目の前に見えて来ているというところに気がつかなければいけないのです。その文脈で、私がさっき、大きなパラダイム転換に今我々は直面しているのではないかと言う意味が見えてくると思います。


「農業生産法人」

<木村>さあ、そこで寺島さんですね、先程「知恵を出して」というお話がありました。問題は、「じゃあそのような日本の農業を実現するためにどんな知恵を出せばいいのか?」ということなんですけれども、もう既にお話の中に農業労働力というものが、労働力人口の4%あまりでしかないという現状に至っていますよね。その上耕作放棄地だっていっぱい増えています。こういう中で、じゃあこの農業を本当に盛り返す方法はあるかどうか?ここなんですけれど・・・・・・。
どうでしょうか?

寺島>現実論として後継者の確保もままならないような農業生産の実態で、いくらキャッチフレーズで農業を重視し、食糧の増産をしなきゃいけないなんて言ったって絵空事だと多くの人は思いかねません。
そういう中で、やはり我々がまず注目しなければいけないキーワードは、「農業生産法人」という「システムとしての農業」をしっかり育てるという視点だと思うんですね。(註、農業生産法人とは『農地法』の規制に基づくもので、昭和37年=1962年に制度化された。2008年現在、法人数は9,466法人となっている。最近『株式会社セブン&ホールディングス』の参入が話題になったが、その他『株式会社モスフードサービス』、『ワタミ株式会社』等も参画している。)

木村>はい。

寺島>というのは、誰かに期待して「農業をがんばって下さい」なんていう話じゃなくて、現実に農業生産法人という仕組みは、既に日本でも8,500を超すというくらいの農業生産法人が稼働していますし、株式会社として農業を展開しているという会社も200を超すという様な状況になってきています。

木村>ええ。

寺島>まだまだ法制度上、整備しなければいけない部分もたくさん残していますけれども、まさに株式会社農業とか農業生産法人で農業を支えるという仕組が大切になって来ていると思うんです。農業生産法人ってどういう意味かっていうと、例えば去年あたりから、僕が近隣のロシアの極東、ウラジオストックに行ってもですね、日本の高級な果物がスーパーマーケットに並んでいるのを見かけるようになっています。
昨年の日本の貿易統計の中で、農産品の輸出が4,200億円を超したんですよ。実は僕、この事実に驚いています。

木村>ほう。

寺島>それが、3年くらいの間に1兆円になるんじゃないかっていう推計もあるんですね。

木村>ほう。

寺島>それがどういうことかというと、中国とかロシアとか近隣の国々が日本の果物とか米を買ってくれ始めているということです。

木村>高級な物を。値段の高い物を・・・・・・。

寺島>そう。高級な物を・・・・・・。しかも、農産品だけではなくて食糧品の中には、例えば、養殖した日本のナマコですとか、そういう類のものが中国や近隣の国に大変な評価を得ている・・・・・・。

木村>中華料理には欠かせないですものね。

寺島>そうなんです。で、そういう点にポテンシャルがあるわけですよ。色々な展開の・・・・・・。
木村>ええ。

寺島>そこで、農業生産法人で、高級な果物を作って行く場合に、今まで商社マンとして働いてきた人間が、その製品のマーケティングを手伝うだとか、会社で経理をやってきた人が経理のパートだけを手伝うなんていう分業で生産法人を支えるシステムを作って行くなんていうことは、あながち絵空事じゃないわけです。まさに、生産法人化の意味は、そういうプラットホームを作ることなんですね。

木村>全くその通りですね。

寺島>農業生産法人化をしっかりやることによって、日本の農耕地を活かしきって、外部に対して依存している食糧というものをできるだけ自分たちだけで作っていくという時代をつくって、その上、農業生産法人に、さっき申し上げたように、工業生産力を高めるために培ってきた技術を注入して農業の自給率を、食糧の自給率を高めて行く。そのことによってエネルギーを節約し、環境問題に立ち向かっていくという流れをつくるということが、冒頭に申し上げたように「環境」と「食糧」と「エネルギー」という三角形の相関をよくイマジネーションの中に描いて、今後の戦略ということを組み立てなければいけないという話になるわけです。まあそういうことなんだろうと思いますよね。

木村>今朝の番組はですね、東京にお住まいのラジオネーム、カズさんからのメール。まさに、この頂いたメールがですね、今朝のお話のテーマ、糸口になりました。こんな風に皆さんから、メール、或いは反響というものを頂いております。是非、この「月刊寺島実郎の世界」宛てに皆さん、寺島実郎さんへの質問もあれば意見もあるし、それから放送の感想もあるでしょうから、どんどんお寄せ頂きたいと思います。


木村>さあ、寺島さん、お別れの時刻が近づきました。一言でお話し頂いた感想というのは、なんでしょうか?

寺島>色んな要素を組み合わせて問題を解決していくアプローチのことをエンジニアリングと言うんですけれども、日本という国は、本当に個別の要素においては高いポテンシャルを持っているんだけれども、僕は、それを組み合わせて問題を解決していく力っていうものが、やっぱりまだまだ欠けていると思っていて、そういう意味で、エネルギー問題はエネルギー問題、環境は環境、食糧は食糧というかたちでの位置感覚ではなくて、その相関の中で問題を解決していこうというアプローチができる思考の訓練をしていかなければならないと僕自身が思っています。