第53回

<普天間米軍基地問題を如何に考えるか>


木村>  本日はテーマに入る前に、普天間問題についてお話を伺いたいと思います。
これが結局、鳩山政権を大きく揺さぶって総理の交代にまで繋がっていきました。いま、あらためて寺島さんはこの問題をどのように捉えて考えていらっしゃいますか。

寺島>  鳩山外交が挫折した理由は何かというと、普天間問題を沖縄の基地の負担軽減問題に封じ込めてしまったところにあります。鳩山さん自身は感性の人、センチメントの人で沖縄に対する同情心が人一倍強くて、沖縄に日本の米軍基地の7割以上が集中しているという、あまりにも荷重な負担だという熱い思いがあるために、「少なくとも県外」と言ってしまったのです。
本当は普天間問題のどこを議論しなければならないのかというと、アメリカとキチンと向き合って、日本におけるアメリカの基地の問題、日米同盟の在り方について、政治家として、リーダーとして次にどこにもっていくのか、何を目指しているのか等ということについてしっかりと語りつくして、沖縄に対してもアメリカに対しても向き合わなければならなかったのに、何とか負担軽減ができないのというあたりに論点をおいてしまったのです。例えば、沖縄県外で基地を引き受けてくれるところがあれば、この話は一件落着なのですかというと、実はそのような話ではないのです。そのあたりのことで迷走してしまったところが大問題であったのだと思います。
 本来、これをきっかけにして日本の安全保障や日本の進路等に関わる議論をしっかりと行なわなければならなかったにもかかわらず、負担軽減をどのようにするかという次元で終始してしまったのです。民主党政権になって、盛んに政治主導と言い出しました。私はいろいろな官公庁の新たなる動向をみていて、確かに政務三役が主導してく方向にもっていく省庁が多いのですが、その中で外務省と防衛省だけはある面においては未だに実務官僚がある種の縛りをかけているのです。彼らの後ろにアメリカという存在があり、アメリカが「うん」と言わなければこの話は動かないというロジックが金縛りをかけていて、今回の普天間問題の迷走においても、鳩山氏のセンチメントとは別に、これが一種の羽交い絞めをしたというあたりがポイントだと思います。つまり、本来ならば、アメリカの基地の安全の問題、ヘリコプターの墜落の事件や暴行事件等がきっかけとなって、普天間移転という問題が起こってきているのにもかかわらず、当事者であるアメリカ自身が懐手をして、「俺が気に入る場所が見つかったらもってきてくれ」という空気になってきて、国内問題として内輪もめ的な話だけになってしまったのです。
問題はそのようなプロセスの中で、政治家として菅さんにもそのまま引き継がれているテーマでもあるけれども、今後の日本の安全保障の構想力が問われているのです。冷戦後20年が経った時点で、「冷戦後の世界においてどのようにしていくのか?」ということについて、どのようなビジョンと構想をもっているのかということ無しには永遠に普天間問題さえも解決できないのです。
 そこで、結局誰もが感じたことですが、「米軍基地が何故、日本に必要なのか」という時に、「抑止力」という言葉が盛んに登場してきました。

木村>  脅威があって、それに対する抑止力が必要という論ですね。

寺島>  例えば、北朝鮮の現実の脅威や中国の潜在脅威等に対して、アメリカという重石のようなものがいなくなってしまったら、日本は不安であるというロジックに引っ張られる人たちが日本の国民の中に大変多かったと確認したことも大きなポイントの1つだったと思います。
 そこで問題になるのは、確かに東アジアを不安定にしてはならないという時に、日本人としてしっかりと考えなければならないことは、日米同盟の質を新しい時代においてどのようにしていくべきなのかということです。中国の台頭という力学、アメリカと中国が一段とコミュニケーションを深めている状況下で、アメリカという国とどのように同盟関係を進めるのかという意味においての新しい日米関係の進化を図らなければならないところにきていると思います。その際に、ボトムラインとして腹の中においておかなければならないことは、今年戦後65年が経とうとしている時に日本の自立自存をかけて、アメリカに過剰に期待し、過剰に依存してこの国の安全を図るということから、どのように自立心を高めていくのかということが問われていることも確かです。
 一方では、抑止力として何らかの形で日本の安全を確保するためにアメリカとの軍事同盟が大事であるという気持ちを持っている人が多いということも確かです。そのような時に、どのようにしたらよいのかというと、質をよく吟味する必要があるのです。極東の安全保障において重要性をもった基地なのかどうかということを段階的に吟味して、段階的縮小を図ることと、基地の管理権を日本側に1つずつ取り返していくことです。日本に存在している米軍基地は世界で展開している米軍基地の中で例外的であるということはこの番組で何回も言ってきていますが、アメリカ側が占有権を持っていて、占領軍の基地のまま自由自在に使ってよいということになっています。これからは日本側が管理権をもって、安全等の様々な問題を担保しながら抑止力として米軍が共有して存在しているという形の基地に段階的に変えていく努力をし始めなければならないと思います。
 要するに、何がポイントなのかというと、冷戦を前提にして日米安保条約が結ばれて、冷戦の時代が終わって、新たにアジアが動き始めている時代に不安定を起こしてはならないけれども、日米安保改定から50年を経て、アメリカとの関係もキチンと再設計しなければならない時にきているのです。これは普天間問題は鳩山政権の挫折という形でいまは見えていますが、この問題は何も解決されないまま我々は引き続いてこれに向き合っていかなければならなくて、まだ入口の扉にさしかかった程度の話なのかもしれないのです。これは相当腹を括って日本人としてこれから考えていかなければならいテーマだということを本日はまず申し上げておきたいのです。

木村>  これはリスナーの皆さんと問題意識を共有するだけではなくて、問題提起としては菅内閣に突きつけた形になっていますが、ある意味においては、最大のエールを送っていると受けとめて欲しいと思います。

<日本経済再生への道>


木村>  さて、もう1つの今朝のテーマ「日本経済再生への道」についてお話を伺いたいと思います。もしかすると、これも「強い経済、強い財政、強い社会保障」を掲げた管内閣への問題提起でもあり、かつ、エールかもしれません。
 今年のお正月にNHKスペシャルで「メイド・イン・ジャパンの命運」が放送されましたが、「日本は何で食べていくのか、日本は何を作るのか」というコメントが繰り返し流れました。成長戦略という言葉は何年も聞いてきているのですが、再生への道は何故始まらないのかという苛立ちばかりが募ります。

寺島>  6月に相次いで発表になった経済産業省の2つのビジョン構想がありました。1つは「産業構造ビジョン2010」を取りまとめる委員会と、それと並走する形でエネルギー基本計画の見直しをする委員会があって、私は両方の委員会に参画しています。ちょうどそれらのレポートが出たところなので、その方向感について語りたいと思います。
 まず、産業構造ビジョンについてお話しいたします。今回の産業構造ビジョンの大きな問題意識は、技術では日本の産業は大変に優れているのに、例えば、UAEの原子力のプロジェクトで韓国に敗れたとか、南米の地上デジタル方式で日本方式が続々と採用されているにもかかわらず、テレビの受像機の市場においては韓国に席捲されているという状況で、技術では優れているのにプロジェクトや事業で押されている日本をどのようにしていくのか、はたまた、中国の存在感がぐんぐん高まってきて、日本の存在感がどんどん落ちていって、一体これはどうしてくのかという点にあります。このビジョンの取りまとめに関しても相当踏み込んだ形で今回、私は参画しています。
 今回の方向感の中で、いままでと違う一番大きなポイントは何かというと、政府の役割です。つまり、ついこの間まで新自由主義時代といわれて、小泉構造改革と盛んに言っていた時代がありました。あれは一体何だったのかというと、競争主義と市場主義を徹底させて、各企業が競争して切磋琢磨すれば、どんどん効率化が進み、生産性が上がり、競争と市場を梃にして、経済の活力を高めていこうという考え方が日本の産業をどのようにしていくかという時の基盤になったのです。
しかし、ここのところにきて、世界で成果を収めている国のやり方を見ていると、ガバナンスといいますか、日本は昔、「日本株式会社」といわれて、官と民とが一体になって戦略を組んでいると盛んに批判されたものですが、いつの間にか、日本自身がそのようなことから市場機能を大事にしていくという方向にいきました。事実、肝心要のところで、例えば、為替のコントロール等の色々な政府の機能が働いている経済の方がうまくいっているのです。いわゆる悪口を言う人は、シンガポールを「笑顔の北朝鮮」等という言い方をする人もいます。「開発独裁国家」という言葉があるくらい国家のガバナンスが効いている国がうまくいっているのです。そのような国を見習っていこうというのではなくて、要するに、市場機能を活かしていくのだけれども、新たな官・民連携で、官の役割をしっかり踏み固めたシステムをつくっていこうということが今回の大きな問題意識なのです。
もう1つは産業構造において自動車産業に過剰に依存し、「一本足打法」というくらい、「自動車だけの産業国家なのですか?」と言われかねないくらいの状況なのです。今度のビジョンでは、「戦略5分野」で、「八ヶ岳構造」という8つの峰がそびえているような産業構造の国にしていこうということで、例えば、インフラ関連のシステム輸出、つまり、新幹線等のパッケージで官・民、力を合わせて海外に売っていくというような戦略産業分野であるとか、新たに文化産業論が出てきて、コンテンツやファッション、音楽や漫画さえ含めて、最近でいうと、若い人が「クール・ジャパン」というように、アジアのみならず世界に日本のそのような文化産業をぐっと押し出し始め、それらを一段と加速させていこうという流れがあります。更に、少子高齢者社会に向けて医療、介護、健康、子育て等の分野、また、先端技術の分野に照準を合わせていくことで、今回相当腰の入った新たな産業構造への転換を目指していくような構想が語られ始めました。したがって、1つの物語がようやく見えてきたのです。今後の重点分野はここだというようなキャッチフレーレズだけではなくて、それをどのようにして、しかも、それをやることによってどれくらいのJOB=雇用を創出していくのかということです。分かり易くいうと、先程木村さんがおっしゃったように、日本人はどのような産業で今後飯を食っていくのかという話がストーリーとして見え始めているということです。
私は本日この番組を聴いている若い人たちも経産省の今度の産業構造ビジョンのサイトにアクセスして、是非それを見て、若い感性によって「俺たちはこのように思う」という意見をどんどん言って、刺激をして行くという参画型のアプローチをして頂きたいと思います。

木村> そこの問題をどのように実現していくかについて後半でお話を伺います。

<後半>

木村>  前半のお話で「戦略5分野」、「八ヶ岳構造」という言葉が出てきました。これらを実現していくためには、政治や人任せにするのではなくて、若い人たちもそこに参画をしていくことが必要です。寺島さんの立場で、これを実現していくためには、あるいはこれまでにやろうとしてなかなか産業政策が実現できなかったものを具体化してくにはどのようなことを考えていかなれければならないのでしょうか。

寺島>  これは本当に簡単なことではなくて、課題として、問題意識と思って聞いて頂きたいのですが、年収300万円くらいの確保ができる新しい仕事をどのように創出していくのかということです。いま、日本は額に汗して働いている総労働人口の3分の1以上が年収200万円以下で働いている状況になっています。したがって、豊かさの実感もなくて、ある種のギリギリ感や苛立ちも溢れてきています。
 今回、経産省の産業構造ビジョンが出ましたが、これを経産省の話だけに終わらせてはなりません。例えば、農林水産省に関連する分野では、日本は食糧自給率を高めることが課題となっています。海外から年間6兆円の食糧を買っていて、それによって我々は生きている国になってしまっています。その自給率を40%からカロリーベースで60%まで上げていこうという時に、例えば、農業生産法人のように、システムとしての農業を行なって、そこに若い人たちが参加できるような株式会社農業のようなプラットホームが見えてきて、農耕放棄地という統計上は農地になっているけれども、実際にはほったらかしになっていて何も作られていないような農地に多収穫米や雑穀等を作って、それを日本の鶏や豚に食べさせるような仕組みによって、1つの生産法人のようなものができてくれば雇用が生まれます。そこで、例えば、都会のサラリーマンをやっていた人が農業生産法人、或いは、流通法人の中で、営業マンや経理の担当者として働くなどして、農業や食という分野を新しい仕事を生みだす仕組みとしてつくりなおしていくのです。
 事実、既に日本の農業生産法人は1万を超すくらい増えてきています。そのようにつくってきたものが海外で日本の食材は安全で美味しいと評判になり、昨年は4,000億円くらいにまで食べ物が輸出されている時代になってきたのです。このようなメカニズムを更に拡大していくのであれば、そこで仕事を見つけ、飯を食べ、しかも、年間300万円以上の収入を得ることができる人たちを増やすことができます。この分野において、ザックリと申し上げて100万人は増やせるという推計値があります。
 このようにして仕事を創り出していき、活き活きと300万円以上の豊かな収入を得て、参画して、しかも、日本の食糧自給率を高めることに貢献しているという実感を味わうことのできる仕事をどのように生みだしていくのかということです。ただ仕事の数を増やせばいいというのではなくて、若い人たちが納得して感動できる仕事を創造していくシナリオが物凄く重要です。
例えば、今度の産業構造審議会のビジョンを他の省庁のいわゆる成長戦略で出してくるシナリオとしっかりと結びつけるのです。私はいま、たまたま農業や食の話をしましたが、これだけではなくて、総務省が推進している次世代ICT(註.1)、つまり、IT方面の技術革新の中からどのような仕事が生まれてくるのかということです。それは、いま話題になっているiPad等が定着していく中で、それらを使って新しい仕事や感動できるような仕事を増やせるのかということが凄く重要であり、このような物語をしっかりと描き切れるような産業構造ビジョンでなければならないのです。そのようなものに1歩踏み込んだところが今回初めて、「何で稼ぎ、何で雇用をするのか」という議論が出てきていて、若い人たちの希望がみえてきたと思います。自分はどのような分野で実際に稼いで自立して仕事をしていくべき人間なのかということを選択して考えることができるのです。これが非常に重要なのです。
 そのような意味において、産業構造ビジョンのようなものが実際に自分たちの生身の人生をどのように変えていくのかという実感によって読み取って頂きたいのです。「いや、こんなものでは薄っぺらだ」と思ったのであれば、また更に提言したり、参画したりして、そのようなことを吸収しながら、我々、政策科学に参画している人間もそのようなところから問題意識を高めていかなければなりません。今度のシナリオは少し生身の匂いがするのです。

木村>  つまり、これは経済産業省のビジョンだけれども、農林水産省も、総務省も、あらゆるところが連環をして1つの政策としてこれをどのように力を合わせて実現していくのかというような発想がなければならないということですね。

寺島>  そのようなことだろう思います。

木村>  これはこの番組でも引き続き深めていきたいと思います。

(註1、International and communication technology。ITという同義語だが、海外ではITからICTという表現が使用されるようになっている。情報通信技術)