第46回

「日本は、何故韓国に押し負けているのか」

木村>  今朝のテーマは「日本は何故韓国に押し負けているのか~日本再生、ガバナンスの復権~」です。
 先月、イギリスの経済紙の「フィナンシャル・タイムズ」が「韓国はもう弱者ではない」という内容の記事を掲載して話題になりました。日本の経済誌においても「韓国経済のV字型回復が突出して元気がよい」という言葉で語られています。この勢いをいま、寺島さんはどのようにみていらしゃいますか?

寺島>  これはオリンピックのメダルの数をみてもわかるように、韓国はなにやら元気だと誰もが思っていると思います。我々も韓国の経済がリーマン・ショック以降、ズドーンと落ち込んで相当ダメージが深いとみていました。しかし、昨年は日本と同じように実質マイナス成長になるのではないのかとみていたら、意外や意外、後半に物凄い勢いによって盛り返してきて、通期プラス0.2%で、要するに水面上にきたのです。今年は5%くらいの実質成長をするであろうということで、日本がせいぜいプラス1.5%と言っている時に、韓国は際立って元気だという印象があります。
 私がここのところ色々な経済人たちと話をしていると、必ず話題に出てくるのが韓国に押されているという話です。先日話題にもなったUAE、中東のアブダビの原子力発電所のプロジェクトで日本は韓国に負けました。日本の意識としてはフランスと競合しているはずだったのに、なんと韓国に敗れたのです。この原子力の敗北は物凄く日本の経済人にショックを与えました。
一方、南米においては、日本の地上波デジタル方式が続々と採用されています。例えば、ブラジルに加えて昨年の11月にはアメリカに毒づいているベネゼエラのチャベスまでが日本方式を採用しました。グローバル・スタンダードを目指す日本としては、甚だ好調に南米で日本方式が採用されていることはめでたい限りなのです。
 では、何故、日本方式が採用されているのか。私は次世代のICTの総務省のタスクフォースの座長をやっているため、とりわけそのようなことに関心があるのですが、よく調べてみると、私がワシントンに行って中南米関係の人たちと話していて感じるのは、アメリカのお膝元の中南米は反米感情が強く、ブラジルのルーラ大統領にしても「アメリカの技術だけは採用したくない」という空気があり、漁夫の利で日本方式が採用されているのです。
ところが、放送の施設には日本方式が採用されて日本の機械が売れるのですが、肝心のテレビの受像機は韓国のメーカーがブラジルを席捲していっています。まさに、韓国の勢いに押されているわけなのですが、そこで、今回の放送では、それは一体何故なのだろうということを問いかけてみたいと思います。
「ジェットコースター経済」という言い方があって、IMFクライシスが1997年に起こった時に、韓国経済はドーンと落ちました。

木村>  アジアの通貨危機に端を発した時ですね。

寺島>  そして、谷底に落ちたかと思ったら、またスーッと這い上がってきて、そこからまたリーマン・ショックで谷底に落ちて、極端なデコボコ状態になることを「ジェットコースター経済」と呼ぶのです。
これは何故かというと、まず、悪い言い方をすると、非常に経済構造が薄っぺらいということです。韓国経済は財閥経済になっていて、「ヒュンダイ」、「サムソン」、「LG」という3つの財閥グループが象徴的な企業として世界に名前を轟かせているのですが、この3つの企業グループの売上高を足すと韓国経済の35%になるという状況になっています。この3つが好調であると、韓国経済も鰻のぼりで、3つ企業がこけると韓国経済全体がこけるというくらい、ある面では深みがないのですが、この3つがまさに今、蘇っているのです。それは何故かというと、「迷いなき戦略」をとっているからです。いまの日本の経済人がいろいろと議論していることで、ある面においては一番愚かな議論は「内需が大事か、外需が大事か」というものです。「これからは外需に依存してはならない」、「内需だ」、という議論を繰り返しています。一方、韓国はそもそも内需がないといいますか、人口4,800万くらいの国で日本の半分以下で内需といっても知れているために、腹を括って外需に攻めているのです。輸出攻勢をかけて、ターゲットを絞り込んで、世にいうBRICs、特に韓国の場合は中国、ブラジル等に照準を絞るのです。ロシアに行っても韓国企業の攻勢は非常に感じますが、まさにBRICs狙いで迷いなく外需を攻めています。
また、悪口を言う人は「小判鮫商法」という言い方をしますが、ピタっと張り付いて先頭に出ない。つまり、日本のように先端技術によって世界一の技術を確立して勝負をしようとか、グローバル・スタンダードをつくって先行しようというような発想ではなくて、アメリカのスタンダードだとか、日本が開発した先端技術やスタンダード等にピタっと張り付いてきて、二番手の強みというか、戦略的No.2戦略という形で、最後のゴールが近づいた時にスッと差し返すのです。
そのような形の戦略に徹していて、日本人からしてみると、神経を逆撫でにしてくる部分もありますが、ある意味においては鮮やかな部分もあります。
更に言うと、ガバナンスが効いていて、一種の責任体制が明確です。「束ねが効いている」という言い方をしておきますが、例えば、先程申し上げましたが、アブダビで日本は負けたという話は、そもそも中東の産油国で原子力を行なうということは、油が無くなった後のことを考えて原子力発電のようなものに今から手をつけておこうという発想があるわけで、向こうサイドに情報や技術の蓄積があるわけでも何でなくて、つまり、全くわからない状態で待ち構えているということです。それらの人たちに韓国のプレゼンテーションというものは単純明快で責任体制がはっきりとしていて、「フルターン・キー・ベース」(註1)という言い方になりますが、つまり、「俺に任せてくれたのであれば、全部完成までお任せでやってみせますよ」ということです。更に、完成した後60年間オペレーション、つまり、稼働させるものを全部やってあげますという形で胸を叩くので、相手からすると頼りになって、任せやすいのです。
一方、日本サイドは生真面目で優秀な人たちがゾロッと並んで責任分担によって、例えば、リレー方式によってプレゼンテーションしていきました。自分の専門のところをキチンと責任をもって言える範囲で、無責任なことに胸を叩くということは日本人の性格からしても合わないので生真面目に積み上げて「誠実にやってみせますよ」というプレゼンテーションになるわけですが、長いプレゼンテーションになっていまします。そうすると、何も知識がない人たちにとっては、訳がわからないのです。要するに、束ねが効いて胸が叩ける、ガバナンスが効いている状態ではないのです。
韓国の場合はイ・ミョンバク大統領が6回、向こうのトップに電話をかけたということがよく話題になりますが、これが明確な責任体制によって胸を叩ける、束ねが効いている状態なのです。日本は新自由主義によってそれぞれが頑張って効率化を進めていくのならば、きっと良い方向に向かうであろうという発想でやってきました。つまり、バラバラ感なのです。そのバラバラ感を束ねていく方向感が必要です。ファイナンスから、メーカー企業からオペレーションを行なう電力会社まで含めて、一体となって、しかも、政府がバックアップしてやらなければダメだと思います。
それと同じようなことがベトナムの原発受注においても起こっていて、こちらは日本がロシアに敗れました。日本の企業としては非常に切ないのですが、ロシアやフランス等は軍事協力とパッケージにしたりするのです。ベトナムのケースで言われているのは、「ロシアは潜水艦まで供与して原子力のプロジェクトをとっていく」ということです。そのように、軍事協力までパッケージにしていくことができる国とは日本は違うのです。したがって、ファイナンスから、責任遂行体制から完成した後のオペレーションまで、しっかりとしたガバナンスの効いたプロジェクト・エンジニアリングができないとこれからはダメなのだということが大きな教訓としてなってきており、ブラジルの新幹線やこれから出てくるであろうインフラ関係の海外のプロジェクト等に関して、「システム輸出」という言葉が盛んに使われ始めています。つまり、システムとして海外に輸出して展開していくような力を持たなければならないということです。
ここで、もう1つ重要なことを申し上げなければならないことがあります。それは、例えば、中国が日本のGDPを追い抜いていくとか、韓国がやたらと元気で、いま申し上げたような話が聞こえてくると苛立ちと焦燥感もあって、最近の日本人の心理に、「押されている」という雰囲気の中で、なにやら近隣の国に対して不愉快な空気が漂って、日本がとり残されているような空気を醸し出している議論も少なくありません。
 ここで更にもう1つ重要なことを申し上げると、韓国や中国等の発展、或いは台湾の経済的な発展は、腹を大きく括ったのであれば日本にとっても大きなプラスなのだということをしっかりと認識しておかなければなりません。
 それはどういうことかというと、昨年、日本の貿易の輸出と輸入において、韓国に対して日本側が2兆4千億円の輸出超過になっていました。韓国はこのことを大変に問題にしていて、日本から2兆4千億円も物を多く買い過ぎていて、これが韓国経済のひとつの限界だと問題を感じている人たちもいるわけです。
何故そのようになるのかというと、中間財といわれる部品を日本から輸入して、韓国の製品の中に埋め込んで、それを最終製品にして世界に売って外貨を稼いでいるという構造になっているということです。ベースのところでは日本の技術や、先程申し上げたように日本のシステム等に大変に依存しています。つまり、部品を日本から買って製品をつくって売っているということは、日本にとってみるとお得意さんのようなものです。
同じように、台湾においても日本側が1兆7千億円の輸出超過となっています。OEM(註2)にという言葉がありますが、日本側が注文したものを日本の部品によってつくり、例えば、デジタルカメラ等をつくって世界に輸出をするという形になっています。これは日本にしてみると、韓国や台湾だけが繁栄を動かして享受しているのではなくて、つまり、日本とのネットワーク、連携の中で彼らも繁栄していっているのです。
中国に対しては例外的に1兆2千億円、日本の輸入超過ということになります。しかし、考えてみると日本はアメリカに依存して貿易によって飯を食っている国だといわれていましたが、昨年のアメリカに対する輸出超過は3兆2千億円だったのです。韓国と台湾と香港とシンガポールだけで8兆4千億円の日本側の輸出超過となっていました。
分かり易く申し上げると、アジアの繁栄が日本の景気浮揚や繁栄にもつながっているということです。更に、この番組でも話題にしたことがありますが、いまいかに多くの来訪者が韓国や中国等から日本に訪れているのかというと、昨年はウォン安で韓国からの来訪者が大幅に減っていたのですが、11月くらいから急に増えてきていて、160万人くらいでした。また、中国から日本にやって来た人は101万人で、つまり、そのような人たちが、銀座や秋葉原等で日本の需要を喚起してくれている部分もあるわけです。事実、秋葉原の電気街では、中国や韓国等の来訪者が買い支えてくれているような部分もあって、このような需要を内需というのか、外需というのかという議論さえも虚しい話なのです。
そのようにアジア近隣の経済と連携しながら日本経済は浮揚しているということをよく考えなければならないのですが、何か奇妙な被害者意識に駆られて、日本だけがとり残されているというような空気になるのはいささか行き過ぎた議論であり、また、歪んだ議論であって、我々は常にここで話をしてきたように、ネットワーク型の発展の中においてアジアは相互持ちつ持たれつの中で、繁栄に進んでいくのだということを認識しなければなりません。近隣を窮乏化させて、日本だけが繁栄しているという構造よりも、韓国の人たちも繁栄し、中国の人たちも繁栄して、その中で日本が繁栄していくストーリーを描くのだというくらいの腹がないとこの話は終わらないのです。

木村>  そのストーリーについては後半にもう少しお話を続けて伺いたいと思います。
<後半>

木村>  前半のお話で、入口は韓国経済を「ジェットコースター」、ある意味では「V字型」ということで、いま勢いがよくて元気がよいというところから入っていきましたが、その出口は我々がアジアとの連携によってどのように生きていくのかということに対しての認識が深まらないとこの問題はキチンと捉えたことにならないということで、その共存、共栄という道をどのように描くのかという時に、寺島さんがおっしゃっている「ガバナンス」の問題が出ました。日本は一体どのようなものをもって、その時に対応すべきなのでしょうか?

寺島> 技術的にもファイナンス力においても日本が持っているポテンシャルは大変に高いものがあるわけです。それらをどのように有効に使って、ネットワーク型経済の中において日本自身の繁栄を描き出せるのかという、一種の知恵比べのようなものだと言えます。
私は先日から台湾等を動いていて、日本人の感覚に取り戻さなければならないこととはこれなのだなあと感じることがありました。それは、大英帝国の持つ懐の深さです。例えば、我々が気がつかなければならないことは、台湾も朝鮮半島も、つまり、韓国も、かつて、たとえ一時期とはいえ、更にそれらの国々の人たちにとっては大変に迷惑なことだったとはいえ、日本のテリトリーの中にあった地域なのです。つまり、それが良かったとか悪かった等という話ではなくて、かつて、歴史的な事実として日本が治めていた地域だったわけです。
しかし、日本人の中に、かつて、日本のテリトリーだったという感覚を持っている人たちがどれだけいるのだろうかというくらい、突き放したような空気があります。私が先程、「大英帝国」と申し上げた意味は、大英帝国がインドから引き下がり、シンガポールからも引き下がり、香港からもついに1997年に引き下がりましたが、大英帝国の文化が残したもの、敢えてその言葉を慎重に使いたいと思いますが、ある種の敬愛の気持ちを残しながら、かつて、植民地だったところから去っていったのです。したがって、それぞれの地域がいまだに英連邦のスポーツ大会や、単に言語を共有しているということだけではないものによってイギリスという国に対する不思議な空気を持っています。
かつて、日本のテリトリーにあった人たちが日本に対して持っている、距離感というものは一体何なのだろうかということを考えると、私は敢えて申し上げたいことは「国の徳」、と言いますか、「民族の腹の括り方」と言いますか、「格」と言いますか、要するに、木村さんが先程おっしゃった共存、共栄に向けて、かつて日本人だった人たちが住んでいた地域に対する器の大きさ、つまり、力を合わせていくことができる度量なのだと思います。これがこれからの日本に問われてきます。そこには、ネットワーク型の発展を遂げなければならない時代だと言う背景があります。
そのような中にあって、私が台湾に行っても感じますが、日本の技術に対する尊敬の気持ちや信頼の厚さは大変なもので、日本の中小企業と台湾の中小企業の連携等は大きなひとつの流れをつくりつつあります。そのように力を合わせて中国本土の市場に上陸していこうという動きの例がいくつもあります。韓国の例も、先程、私は「小判鮫商法」という言葉を使いましたが、二番手として後ろにくっついてきてというような言い方もできますが、ある意味においては日本の技術に対する信頼があるからこそそのような形の展開になっているわけで、ここはまさに共存、共栄のシナリオをリードしていくことができるよういなガバナンスとリーダーシップが問われています。
したがって、東アジアの連携がこれから物凄く重要になってくる中で、本当に日本に問われていることは、国としての格と徳です。敢えて踏み込んで言うのであれば、昨今、例の「子ども手当」だ、「高校無償化」等の関連で、朝鮮人学校には金を出さいないほうがよいというような類の議論がありますが、ここは話が全く違いますという話で、アメリカをみていても感じますが、アメリカの懐の深さがあって、不法侵入して来ているような人の子供でも、その子供たちに罪は問わないどころか、英語を話せるような子にして教育をしてあげようというくらいのことを国の税金を使って行なっています。日本国のGDPに貢献し、税金を払っているような人たちに対して、敢えて、反日的な空気をつくるような選択をする狭量さ、心の狭さは一体何なのだろうかと思います。これは民族の懐が試されているのだと思います。話の筋が少し違うかもしれませんが、私は朝鮮や台湾等の問題を考える時に、一回腹を括らなければならないところはそのような点にあるのではないかと思います。

木村>  これはとても大事なところにお話がきたと思います。この問題について、またこの番組でもより深めていきたいと思います。

(註1 フルターンキー:設計や製作・組み立て・試運転指導・保証責任までの全てを請け負う方式)
(註2 OEM ORIGINAL EQUIPMENT MANUFACTURER=他社ブランドの製品を製造する事)