第34回目

<中東の新しい局面~アメリカと中東~>

木村>  前回の放送は「インドと日本~日本を見つめる定点座標~」というテーマでした。 今朝のテーマは「中東の新しい局面~ウィーン中東会議で講演して~」というテーマです。お話の中身に入る前に「中東協力現地会議」が一体どのような会議なのか伺いたいと思います。

寺島>  これは1973年に石油危機があってその後に財界総理とも言われた日本興業銀行の中山素平さんと三井物産の中興の祖とも言われている水上達三さんの二人が中心となり、今の経済産業省と一緒になって日本と中東との関係に腰を入れて考えた方がよいという事でつくった会議で、今年で34年続いています。
私は今年で4回目の出席なのですが、ちょうど今世紀に入ってから1年おきくらいに中東協力現地会議がウィーンで行なわれて日本から中東関係のビジネスに関わっている人たちや官公庁の人たちが150人くらい参加します。そして、中東からも現地に張りついている日本の各企業の支店長や外交官等のほか、日本人ではない人たち、例えばウィーンにあるOPECの事務局の人たち等中東に関わりのある人たちが一堂に会して議論を深めるという場が続いているのです。そこで定点観測のような役割を果たしていて、8月末に話をしてきました。
日本と中東との関係の変化については後ほど話しますが、考えてみると、今年も9月11日が過ぎていきました。私はこの数字に物凄くこだわっているのですが、9・11からちょうど8年が経ち、今年の9月10日迄の間にイラクで亡くなった米軍兵士が4,339人、アフガニスタンで亡くなった米軍兵士が822人で、ついに、両者を合わせて5,161人となりました。アフガン、イラクにおいて結局多国籍軍の兵士、現地の民間人等を含めるとどんなに少ない推計でも15万人の人が亡くなったであろうという8年間を過ごしてしまったのです。
9月11日の事件が起こって、ブッシュ大統領が「テロは、犯罪ではなく戦争だ」と言って、アフガン、イラクと攻め込んで行きました。その結果、これだけの人たちを犠牲にしてアメリカ自身も大変な消耗をしているという話は以前からこの番組でも話題にしてきています。アメリカはイラク戦争に反対していた立場のオバマ大統領を選び出して、必至にいま中東での立ち位置と言いますか、それを変えようと一生懸命にまさにチェンジさせようともがいているというのが現下の状況だと思います。

木村>  オバマ大統領は最初の特使を中東に派遣しましたね。

寺島>  前の上院院内総務のジョージ・ミッチェルです。私は今般中東協力現地会議で講演をウィーンで行なうにあたって、アメリカの対中東戦略がどのようにいま変わりつつあるのかという事を色々と調べました。そのような中から浮かび上がっている構図なのですが、一言で言うとオバマ政権は途方もなく大きな瀬戸際に来ています「第二のカーター政権」になるのか、「第二のFDR政権」になるのかという事です。どういう意味かと言うと、ベトナム戦争で敗退して、1975年のサイゴン陥落の後、アメリカはカーター大統領を選び出しました。カーター大統領は人柄のよい「癒やしのカーター」と言われていたけれども、彼の政権のあいだにイラン革命が起こって常に対応が後手後手に回ってカーター政権は一種の弱腰外交の典型のように総括されていて、外交的には失敗政権だと見られています。
 いま、ベトナム・シンドロームと同じ様なイラク・シンドロームにアメリカは襲われていて、どのようにそのシンドロームから脱却していくのかという時にオアバマを選び出しました。オバマ政権は、第二のカーターのように綺麗事は並べ立てるけれども結局成果を収めないまま失速をしていくかもしれないという見方が起こっているという一つの見方があります。もう一方で、オバマはアメリカの再生を担って相当な事を対中東戦略にも実行するのではないのかという期待感もあります。その分水嶺にいよいよさしかかり始めているというのが現下の状況だと思います。
その時の重要なポイントが、イラクとアフガンに跨るところに位置するイランという国の存在なのです。イランとの関係をどのようにするのか、特にイランの核をどのように制御するのかという事が大きなテーマとして横たわっています。イランという国は非常に強かで1979年のホメイニ革命以来、シーア派、イスラム原理主義の総本山としてひたひたと力をつけてきました。皮肉にもアメリカが選挙を通じてイラクをシーア派の政権にしてしまったため、アメリカが予定している2011年湾岸から撤退するという事がもし起こったら、アメリカは結局5,000人以上の若者を死なせてまで、こともあろうにイランを強大化させて中東を去るという事になりかねないわけです。イランが核兵器を持つという事になったら本当に呪われたシナリオになってしまいます。
 イランは「中東の非核化」という言葉を強く投げかけています。どういう事かと言うと、我々も北東アジアの非核化=核なき北東アジアにするという事を目指そうと発言しますが、中東全域を非核化するのであるならばイランは自分たちの核の誘惑を断って核を放棄してもよいと言っています。つまり、非常に重要なのはイランも北朝鮮も核問題で国際社会から孤立しているけれども北朝鮮とは違ってイランはただの一度も核兵器を持つという事は言っていないのです。あくまでも原子力発電、つまり、核の平和利用について権利を保有しているという事を主張しているのです。その延長線上で中東の非核化条約ができるのであれば参加してもよいと言っているのです。これが何を意味しているのかと言うと、アメリカにとってみると大変に悩ましい事を言っているわけで、つまり、イスラエルが本当は核を持っているけれども、持っているのか持っていないのかわからないような状態にしたまま封印してある問題を引き出してくる事になるわけです。イランが言っている事を突き詰めていくと、もし、アメリカがイランに核を放棄しろとか、核なき世界を実現するとかいう事を本気で言っているならば、まず、「中東におけるアメリカの戦略パートナーであるイスラエルの核をキチンと制御してから自分たちに核を放棄しろ」と言ってくれという事です。アメリカの世に言うダブル・スタンダード=二重基準で言っている事があぶり出されてしまうわけです。イスラエルの核はOKだけれどもイランの核は駄目だという論理はどこから出て来るのだという事でイランは刺し違えてる構えなわけでアメリカにとって実に悩ましいのです。
何故、悩ましいのかと言うと、国際政治を議論する時にはこの事を知っていなければならないのですが、1969年、ニクソン大統領の頃にイスラエルにゴルダ・メイアという女性の首相が就任しました。日本でもアメリカと日本の間に核持ち込みに関する秘密了解が最近問題になっていますが、イスラエルとアメリカの間でも核に関する「メイア=ニクソン秘密了解」が出来上がったのです。

木村>  「密約問題」ですね。

寺島>  どのような密約かと言うと、要するにイスラエルが核開発に成功したという事をアメリカは認識しているのだけれどもイスラエルは核保有しているという宣言をしない、世界に対して俺たちは核を持っていると宣言をしない代わりにアメリカはイスラエルをNPT=核拡散防止条約の中に引き込まないという密約をしているという事です。つまり、イスラエルの核問題を封印してしまったという事なのです。
 中東全域の非核化問題、イランの核問題はその事に手をつけないと制御出来ないのです。一般的に日本のメディアもアメリカの情報に明るい人たちも、オバマ政権は、例えば米国内のユダヤ勢力やイスラエルの支持というものを常に語っていて、ユダヤ・シフトにしている政権と言いますかユダヤ支持、イスラエル支持を正面から掲げた政権だとよく言われます。しかし、そこにもし傾斜していたならば今度はイランの核問題や中東におけるアメリカの影響力を最大化できないという悩みがあります。
 例えば、つい先日、国連総会を前にしてアメリカは国連安保理次会にNPTの普遍化、つまり全ての国をNPTに引き込んでいくとか、CTBT=包括的核実験の禁止条約を全ての国に批准させて、招き込んでいくような流れをつくって、オバマの核なき世界を踏み込んだ構想を語り始めています。
 しかし、この「全ての国に」という言葉はNPTを普遍化して全ての国を招き込んでいくという事のターゲットはイランであり、北朝鮮でもあるけれども、先程のダブル・スタンダードを解消するためにはイスラエルを招き入れなければ全ての国にはならないという事になってしまいます。事実、ここにきてオバマは我々が思った以上に本気で踏み込んで、この言葉の延長線上にイスラエルさえも想定して引き込もうとしている空気が出始めています。
したがって、イスラエル側からすると、自分たちが持っている核についてアメリカが方針転換してくる可能性を察知して非常に警戒しているわけです。奇しくも今年の春のイスラエルの選挙でイスラエルの政権はベンヤミン・ネタニヤフという強硬派保守政権が出来てしまいました。イランの方もアハマド・ネジャドという大統領が再選されてこちらも強硬派保守政権となりました。
イスラエルはオバマがもしも本気で核なき世界に踏み込んで来て、自分のテリトリーにまで踏み込んで来るならば極めて危機感を感じており、ここからが非常に危うい話なのですが、例えば、イランの核施設を単独でも攻撃する余地はあるのだと言わんばかりの動きを若干ちらつかせ始めています。

木村>  それは過去にはシリアに対して、公式には認められはいないけれども、事実そのような事があったのではないかと……。

寺島>  イラクにもありました。それでここのところにきて国際的なメディアの世界に4,400キロの航続距離を持っているような戦闘機や爆撃機等を開発しているという情報を殊更にリークしてきています。つまり、イランまでの距離が約1,500キロで往復して帰って来られますよという事を暗にアピールしているようなものです。非常に微妙な情勢、つまり、一見オバマの核なき世界は理想主義的な事を語っているように見えるけれどもこれを本気で実行するならばいままでアメリカが封印してきたイスラエルの核をどのように制御するのか、つまり、筋道一貫したものでないと世界はついて来ないという状況になってきているわけです。
 オバマ政権は政権の内部が「チーム・オブ・ライバルズ」=ライバルによって成り立っている政権で、例えば自分の政敵だったヒラリー・クリントンでさえ国務長官にとり込んでいます。これは寛大で自分とは意見を異にする人たちも包み込んでいく様な偉大な指導力がもしもあれば、大変素晴らしいフォーメーションになるのですが、ガバナンスを失ったり、下手に間違えるとバラバラになりかねない状況になっています。中東でアメリカがこれから大いに踏み込んでリーダーシップを確立していく上で、内にそのようなチーム・オブ・ライバルズという構図を抱えながら世界に対しては筋を通していかなければならず、非常に難しい局面にあります。
そのような中で、日本は、だからこそ大変に重要な役割を期待もされ、果たさざるを得ないところにきているという話を私は後ほど申し上げたいと思います。

木村>  日本の果たすべき、或いは、立つべき場所というものについて後半でお話を伺います。

<後半>

木村>  前半のお話でアメリカの政権がある意味では非常に緊張をはらんだところにいま立っているという事が寺島さんのお話でわかりました。そこで日本がどのようなところに自らの位置を定めるべきか、中東に対してどのような立場をとるべきなのかという事ですね。

<中東の新しい局面~日本の役割~>


寺島>  中東協力会議において大きな話題になっていた点で、日本外交はアメリカだけについて行っているとよく言われていますが、中東政策に関してだけは特異なポジションにあるのです。
8月5日にイランでアハマド・ネジャド大統領の就任式があったのですが、御存知のように大統領選挙の不正という問題もあって、お祝いどころかアメリカとかヨーロッパの国々はこの政権の正当性さえも認めていないという状況にあるわけです。しかし、先進国の中で日本だけはイランに対して祝意を表していて、欧米からすると「日本は何をやっているのだ」という不思議な印象を与えています。これはある面では日本の中東における特異性と言えます。アメリカは1979年のイラン革命=ホメイニ革命以来、イランと断交を続けているけれども日本は大使も交換する等して継続的にイランと現在もつき合っているという不思議なポジションにあります。
 そこで、日本とイランとの関係は、今後アメリカや西側の国がイランと向き合う時に大変に重要なブリッジになります。しかも、中東産油国にとっても日本は中東に石油を依存しているという言い方もありますが、中東の石油を安定的に買い続けている存在でもあるわけです。
 先程話題にしたイスラエルの問題について、欧米の国々はイスラエルに様々な意味で宿命的な弱みを背負っているという背景があって、欧州もイスラエルにEUの準加盟国待遇を与えているのです。それは何故かと言うと、いまだに第二次大戦の時にナチが600万人のユダヤ人を虐殺した話を引きずって贖罪意識があり、特別なポジションを認めざるを得ないという事です。
アメリカでは人口のわずか3%にしか過ぎないユダヤ人ですが、政治的には大変な影響力をもっているので、その政策に常にイスラエルとかユダヤ等に対して配慮せざるを得ない立場にあり、パレスチナ問題、イスラエル・パレスチナ紛争に対して中立的ではいられないわけです。しかし、日本は、その問題に対してどちらかに加担しなければならない様な歴史的必然性を一切もっていない特異な国です。しかも、中東のいかなる地域にも武器を輸出した事もなければ、中東のいかなる軍事紛争にも介入した事がない国で、これは中東の人たちにとってみると大変に重いメッセージなのです。
いままでは中東と日本の関係は「石油モノカルチャー」、つまり、エネルギーの関係だけで成り立っていたと言ってもいいくらいでした。いま日本のエネルギー、石油の9割を中東に依存していますが、今後、ロシアとの関係が非常に重くなってきて、5年以内にロシアとのサハリンのプロジェクトやシベリア・パイプライン等のプロジェクトが動いてきたならば、日本の中東に対する石油の依存度は9割から6割台に落ちます。
そのような流れの中で益々中東との関係が希薄になるのではないかと思いがちな人もいると思いますが、むしろ多様化してきていて、化石燃料=石油等があるうちに原子力や再生可能エネルギーや太陽光発電等の技術を取り込んでおこうという強い関心を中東が示し始めています。日本と中東の間のプロジェクトとして、そのような分野の協力が今後始まって行くと思います。そして、同盟国であるアメリカが中東においてある種のガバナンスをきかせていかなければならない時に、日本の協力や日本の発言が凄く重くなってくるのです。
国際的な核の管理という時に必ず登場してくるウィーンにあるIAEA=国際原子力機関のトップに天野之弥さんという日本人が正式に承認されました。そのような事もあって、私は、原子力の平和利用や核の国際的な管理等について日本が大きな役割を担い始めているという自覚と共に、中東問題をそのような新しいアングルから考える必要があるという事を申し上げておきたいのです。

木村>  イラク戦争でアメリカと歩調を一にした時から、寺島さんはこの問題を極めて厳しくきっぱりと批判をしてこられました。その寺島さんの発言だけに我々の中東への眼差しがどのようにあるべきか、我々がとても重く聞くお話だったと思います。