第23回目

木村>  前回の放送では「G20」を経たその後の世界、あるいは世界経済という事でお話を伺いました。今朝のテーマは「ベルリンの壁崩壊から20年~欧州報告~」です。サブタイトルが「ベルリンで考えた事」となっていますのでベルリンにお出かけになったのですね。

<ベルリンの壁崩壊から20年~欧州報告~>
 
寺島>  ゴールデンウイークの4日から6日の3日間にわたって「OBサミット」(註.1)の準備のための「高度専門家会議」(註.2)に出席するためベルリンに行きました。私にとって非常に刺激的な体験でした。
 「OBサミット」と言うのは、「先進国首脳会議」=「G8」に参加した事がある首相や大統領の経験者による国際会議の事です。このOBサミットが今年の5月9日からサウジアラビアのジェッダで行われて、日本からは福田康夫さんが参加しました。その前に先進国の首脳だった人たちが集まって、世界中がいま抱えている問題、例えば今年について言うとエネルギー環境問題や安全保障等の問題について専門家を呼んで話を聞いて、テーブルを囲んでじっくりと3日間にわたって話をする「高度専門家会議」というものがあるのですが、私はその会議に出席したわけです。
そして、例えば、91歳のドイツのシュミット元首相やカナダのクレティエン元首相という人たちと一緒に3日間朝昼晩、飯を食いながら議論をするという大変不思議な体験をしました。
 
木村>  正式な本来のサミットのほうがむしろ儀式になっていて、OBサミットは議論が中心で極めて深いという事をよく言われますね。
 
寺島>  G8は、この準備会議を経て入っていくので実際にはほとんどの方向づけは準備会議で終わっていて、正式な会議はセレモニー化して来ていますが、それに参加した人たち誰もが「これだけ深い議論をしているのか」とある種心を打たれたと思います。
 我々にとって大先輩の80歳や90歳の元首相で世界の歴史を動かしたような人たちと触れ合ってみて感じた事があります。「我々はその歳まで元気でいられるのだろうか?」という事も含めて考えてしまいますが、シュミットにしても本当に無邪気で好奇心が強くて時代のどんな問題に対しても目を輝かせて参入して来るのです。このあたりがいつまでも若さを保つ人の一つの特長なのだと思いました。シュミットという人は1974年から1982年までドイツの首相として現在のEUの原型をフランスのディスカール・ディスタンと一緒につくった人でもあります。彼が青年将校としてナチスの軍隊にいた時代の事や、戦後、敗戦国としてのドイツをどのように見て来たのか、色々な歴史を動かした人たちと出会って来て、その人たちに対する評価等、私にとって、本当にそれらの話が新鮮で、驚きながら帰って来ました。
 そこで、今日のテーマになりますが、会議が行われたのがベルリンの壁のすぐ近くのホテルだった事もあり、「『ベルリンの壁崩壊』から今年でちょうど20年になるのだ」という事を私はずっと意識していました。1989年11月の事でした。その翌年、東西に分かれていたドイツが統合し、1991年にはソ連が崩壊して、かつて社会主義圏という形で「東側」を形成していた国々が雪崩を打って崩れて行くような時代を我々は20年前に目撃しました。
 私がシュミット元首相と話していて非常に面白いと思ったのは、「チェック・ポイント・チャーリーという所があるから行ってごらん」と彼が言った時の事です。ベルリンに行った事がある人なら知っていると思いますが、そこに、現在「ベルリンの壁博物館」ができているのです。「チェック・ポイント・チャーリー」と言われていた東西のチェックポイント、つまり関門になっていたところです。東側から西側に逃げて来る人たちが、例えば地下に深いトンネルを掘ったり、気球で逃げて来て殺されたりする等、様々な出来事があった冷戦時代の物事を博物館として色々と記録を保存しているのです。シュミットは「その博物館に行ってごらん」と言うわけです。ここからは少しジョークになりますが、「博物館を出てきたら露天商のお土産屋が並んでいて、そのお土産の一つに昔のソ連兵が被っていた帽子や将校が被っていた帽子やアメリカの兵隊が被っていた帽子のレプリカが売っている。それらをひっくり返してみると、そこには『MADE IN CHINA』と書いてある」と彼は言いました。私は冗談だろうと思ったのですが、実際に行ってみると本当に「メイド・イン・チャイナ」と書いてあったのです。つまり、それほどの時代が来たと言うか、グローバリゼーションをある意味では茶化し、笑い話としているシュミット独特のセンスです。
要するに、あれから20年という事で多くの人たちは東側が西側に敗れて、社会主義が崩壊して資本主義が勝ったという認識で過ごして来ました。資本主義の総本山と言われて来たアメリカが21世紀の世界秩序の中心になって世界をリードして行くという時代観の下に、この20年間、たいがいの人は「ドルの一極支配」、「アメリカの一極支配」と言っていた時代があり、「唯一の超大国」となったアメリカと言ってきました。ソ連、および東側という重しがある日取れて、これからは東側諸国が市場経済に参入して来て、国境を超えて「ヒト」、「モノ」、「金」、「技術」、「情報」が自由に行き交う時代が来るというイメージで多くの論者はそれを「グローバリゼーション」や「大競争の時代」と呼び、どんな人でも「この20年間の世界観」=「いま私たちはどのような時代を生きているのだろうか?」という時に、東西冷戦の時代は終わって世界を一つの市場とする「大競争の時代」=「グローバル化の時代」が来たという認識で生きて来たと思います。
 しかし、まさにこの数年間、特に昨年あたりからアメリカを柱とする資本主義なる体制が行き着いた先と言ってもいいようなグローバリズムの陰の部分、この番組でも何回もお話をしてきましたが、アメリカ流金融資本主義の限界と言いますか、行き着いたところとしてサブプライム問題、金融システムの危機等を迎えていま世界が本当に大きな反省期に入っているのです。
 今回の会議を通じて感じた事は、アメリカ一極支配がいかに幻想であったかという事です。そして、いかに間違った認識であったかという事が時代認識の前提として議論されているというのが深く印象に残りました。
そのような中から今日、私がお話しをしたいと思っているのは、欧州の実験です。いま欧州をどのように捉えるかという事が我々にとって凄く大事だという事です。この番組でも度々話題にして来ましたが、日本は「アメリカを通じてしか世界を見ない」という時代を過ごして来てしまったために、欧州もアジアもブラインドになってしまって実はよく見えていないという状態にあるという問題です。
 そこで、欧州がいまどうなっているのかと言いますと、極端に言うのであれば欧州経済はアメリカ経済以上に非常に苦闘していて深刻な状況です。アメリカ流の市場主義を取り入れた欧州で、皮肉にもアメリカ以上に金融機関が一種の信用不安的な情況に入っているという事実です。その結果として、「欧州はダメだ」という見方をとりがちなのが一般的に伝わって来る情報です。

(註1、インターアクション・カウンシル。通称「OBサミット」。)
(註2、OBサミットは専門家のアドバイスを受けるために、会議前に専門家会議を招請している。各専門家会議の議長はOBサミットのメンバー)

<欧州三つの実験>
 
寺島>  しかし、ここで私が申し上げたい事は、「欧州三つの実験」を日本人として注目しなければならないという事です。欧州が挑戦している実験とは一体何なのだろうか? と頭を整理して行くと段々とわかって来ると思います。まず一つは、「国民国家を超えた地域統合の実験」への挑戦です。
 
木村>  EUという連合体をつくり、「国境が点線になる」という言われ方をしますね。
 
寺島>  考えて頂いたらわかると思いますが、欧州は20世紀の前半に第一次世界大戦、第二次世界大戦という二度の血で血を洗う戦いを経験してしまった地域です。特にその中心になってチャレンジしたのがドイツだったわけです。ドイツの脅威は、欧州の中に深く埋め込まれています。
 まず、現在EUと呼ばれている欧州統合の実験は、第二次大戦が終わった後、1950年代になってフランスとドイツの和解のプロセスからスタートしたと言ってよいでしょう。そして、今日にまでそのテーマを引きずっていますが、「EUの本質とは何か?」と言うと、「ドイツの強大化をどのようにして欧州という共通の箱の中に閉じ込めるのか?」というところにあります。フランス側からすると、再び強大化して欧州に挑戦してきかねない勢いを持っているドイツを、欧州という共通の箱の中に閉じ込める事によって制御しなければならないという意識があり、それがEU統合に対する深い問題意識だったのです。
 そして、ドイツの方も二度も欧州全域を敵にまわして戦ったような国で、これ以上力をつけていったのであれば、再びドイツに対する警戒心ばかりが強まって、にっちもさっちも行かなくなります。したがって、自ら欧州という共通の箱の中に収まる事によって、実態的にドイツの成長、発展を実現して行くというテーマがあって、その問題意識が、そもそもの原点である「EC」(註.3)と呼ばれた時代からの基本的な考え方だったと言っていいと思います。
 
木村>  かつては「ヨーロッパ経済共同体」という呼ばれ方もしていましたね。
 
寺島>  1973年にイギリスまで含む9つの国の体制になり、冷戦が終わった後、「EU」という体制に1993年から移行して、欧州共同体が「欧州連合」という言葉に表現されるような形に段階的に発展して来ているわけです。
 そこで、いよいよ27カ国体制にまで欧州は拡大して来て、気がつけばロシアとの国境線にまで欧州が張り出して来たと言っていいと思います。つまり、冷戦の時代には東西で真っ二つに割られていた欧州が、まるで匍匐前進のように次第に欧州の限界を広げて行き、ついに「ロシアの国境線までが欧州」という枠組みの中でEU27カ国の体制になって行きました。
それは一体何なのかと言うと、「欧州は戦争の出来ない地域になった」という表現がありますが、分かり易く言うと、血で血を洗う戦いを繰り返して来た欧州が地域統合を出来るわけがないと多くの人たちが見ていた目線をくつがえしたという事です。
 現実にこのような形で27カ国体制までEUは拡大して来ました。しかも、ユーロという共通通貨までつくるようになりました。ユーロ導入の1999年、今から10年前になりますが、多くの人たちは、「ユーロはうまく行くわけがない」という話をこの分野のプロの人たちほどしていました。しかし、現実に今回、金融危機に直面して何が起こったかと言うと、デンマークのように「ユーロには入らない」と言ってそっぽを向いていた国や、イギリスでさえもユーロという共通通貨に参加したのです。つまり、「共通通貨」=「ユーロ」に近づいて行く事が欧州の統合を深めるという事なのです。そして、この危機を梃にして欧州が更なる統合を深めて行こうという「統合の深化」の流れの中にあるという事を我々は知らなければならないのです。
 したがって、まるでかったるいように見えて、大変な問題も抱えている事も事実ですが、一歩一歩、欧州は地域の共通利害を束ねて一つの仕組みとしてユニットをつくりつつあるという事に対して我々はよく理解していなければならないのです。これがまず一つ目の実験なのです。
 
木村>  では、その二つ目、三つ目は後半でお話を伺います。

(註3、EC=European Community。欧州共同体。1967年、石炭鉄鋼共同体(ECSC)、欧州経済共同体(EEC)及び欧州原子力共同体(ユートラム)の三機関が統合され、発足。経済統合を中心に発展。後に政治同盟の実現を目指し、93年に欧州連合(EU)に発展)

<後半>
 
寺島>  二つ目の実験は、「ユーロ社民主義の実験」という言い方をしてよいと思います。欧州とアメリカの決定的な違いは何なのかと言うと、1917年にロシア革命が起こって以来、20世紀を通じて欧州の主要国はことごとく一度や二度は社会主義政権をつくって社会主義という言葉にこだわり続けて来たという事です。今日でも例えばドイツは大連立になっているけれども社民党が政権に参加していて、かつての社会主義政党が政権に参加しているパターンです。イギリスはいまだに労働党政権という事でかつての社会主義政党が政権についています。フランスに至ってはこの間まで共産党が参加しているような政権パターンだったのです。
「アメリカは資本原理主義の総本山だ」という言い方がありますが、その通り、一度も社会主義政党なるものを育てた事もなければ、社会主義政権などというものをつくったこともありません。であるが故に、資本主義に対する考え方がアメリカと欧州では全く違うのです。アメリカは株主資本主義に徹した資本主義と言うか、つまり、企業を取り巻く利害関係者の中で株主が圧倒的に重要なのだという「株主価値最大化」資本主義なのです。それに対して社会主義に悩み続けて来た欧州の資本主義は株主も勿論大事だけれどもそれだけではなくて、例えば会社のために働いてくれている従業員や地域社会、国家等、あるいは地球環境にでさえ企業はバランス良く付加価値を配分して貢献しなければならないという考え方がこびり付いて来ているわけです。
つまり、この話は、今後世界の資本主義がどのような方向に進むべきなのかという事がまさに議論されている時に、アメリカモデルというものに配慮する必要はあるけれども欧州が考えている事も非常に参考になるし、日本の資本主義のあり方を問いかける時にも非常に重要になるという事です。
 そして三つ目の実験は、分かり易く言うと「環境問題に対する先行モデル」と言う事です。要するに今、世界中の環境問題の先頭を走っているのが欧州なのです。今年の12月にはコペンハーゲンで「COP15」(註.4)という環境問題に関する新しいルール作りの会議が開かれます。環境問題に至ってはアメリカのオバマ政権がこの番組でもお話ししたように、「グリーン・ニューディール」なるものを掲げて再生可能エネルギーにかけて行こうと言っていますが、欧州の人たちから言わせると、今さらめいて聞こえるという部分があるのです。何故ならば、欧州は10年も前から、例えばドイツや北欧等は再生可能エネルギー対応、風力等を重視したエネルギー政策をやって来たのにアメリカはそれらを10年遅れて追いかけているではないかという目線があって、あらゆる意味で、いまは環境問題が大事だと言われて来ている世界において欧州が挑戦している実験は物凄く意味があるわけです。実は欧州はそのような意味で日本人が国際社会を考える上で大きなヒントを提供しているのです。
欧州に様々な国連機関が本部を置いています。ジュネーブには15の国連本部があります。日本にとっては欧州に本部がある国際機関がますます重要になって来ている理由は、例えば中国や北朝鮮問題に向き合う時も欧州にある国際機関が重要になるのです。何故かと言うと、中国にとっても北朝鮮にとっても彼らの国際機関を認識する時のプラットフォームや試金石が欧州なのです。例えば数年前に中国で反日デモが繰り広げられた時に、中国を変えさせたのは一体どこだったのかと言うと、欧州にある国際機関に出て行っている中国の外交官だったのです。このような監視ポイントが欧州にあるという事に我々は気がつかなければなりません。そして、欧州のコンセンサスが日本の周りを取り巻いている国々をより国際的な仕組みの中に責任を果たす国にして行くためにも物凄く重要だという事を知らなければなりません。つまり、欧州をじっくり見据えて欧州は非常に成熟度の高い実験をしているのだという事に気がつかなければならないのです。そこに目配りする事が我々のものの見方や考え方を大きく変えて行くという点を私は申し上げておきたいのです。
 
木村>  私たちにとって欧州というものはいつも遠い存在のように見えていたので、この欧州を見つめる目、そしてそこに確かな問題意識の大切さを寺島さんのお話であらためて認識しました。
 
(註5、気候変動枠組条約締約国会議=Conference of Parties。第15回締約国会議<COP15>は、2009年12月デンマーク/コペンハーゲンにて開催)