第21回目

木村>  前回の放送では「寺島実郎が見た日米関係の新局面」という事で実際に寺島さんがアメリカをお歩きになって御自分の目で見て、アメリカの知識人と意見交換をされた事を元にお話を伺いました。
 今朝は「G20」(註.1)を軸に置いて、その以降の世界経済、そしてG20から見える世界の動きというもののお話を伺おうと思いますが、このG20は世界の20カ国の地域の首脳会議です。今回で2回目になります。
 
(註1、G8に参加する主要8ヶ国と欧州連合に新興経済国11ヶ国が加わり、1999年より20ヶ国・地域財務大臣・中央銀行総裁会議を開催している。この会議には、国際通貨基金、世界銀行、国際エネルギー機関、欧州中央銀行など、関係する国際機関も参加している。世界金融危機の深刻化を受けて、2008年からは20ヶ国・地域首脳会合も開催されており、この会合は金融サミットとも呼称されている)
 
 
<G20 ロンドン国際会議>
 
 
寺島>  ロンドンで4月に行われたG20は、国際会議という意味では大変に注目すべきものだったと思います。要するに、20カ国の首脳が集まって世界の金融をなんとか安定化させようというところに世界が追い込まれているという事でもあるわけです。
 以前はG8で8つの先進国の首脳が世界を仕切って行くという流れであったのですが、いつの間にか20カ国が参加するという形になって、この仕組みの変化そのものが世界の枠組みの変化の様を示しているのです。
つまり、アメリカ一極で世界を支配している時代でもなければ、8つの先進国と呼ばれる国が仕切れる時代でもなく、中国をはじめとする新興国が参加しなければ世界秩序の流れを形成出来ないような時代になって来ています。この番組でも何回か使って来ましたが、「全員参加型秩序」に近づいている世界が見えて来ている事が、「G20」の非常に大きな本質的な意味だと思います。特に今回の場合はアメリカの大統領が替わって、オバマ大統領にとってみると国際会議の初舞台のようなものでした。そして、「果たしてオバマはどのようにプレーするのか?」という事が一つの注目点でもありました。
 
木村>  新聞の見出し風に言うと、「オバマ外交 始動」ですね。
 
寺島>  無難にスタートして行ったと言うか、ある面では鮮やかに空気を変えたと言ってもいいと思います。本当は世界の金融不安の震源地がアメリカそのものであり、アメリカが激しく問い詰められたり、その責任が問われるべき局面であるにもかかわらず、ブッシュ大統領の時とは違って、「対話と協調路線」で国際社会の新しい秩序づくりに戻って来たアメリカに対する欧州各国の歓迎の空気というものも背景にあって、オバマは巧みにプレーをしました。むしろ、驚いたのはフランス等が「タックス・ヘイブン」を使って税金逃れをしているようなヘッジ・ファンドのようなものも規制しなければならないという流れを出した時の事です。中国のマカオや香港等まで罵倒して非難の目が向けられるような空気をフランスが提議した事に対して、中国は反発するような姿勢を見せてフランスと中国が対立し合い、いがみ合っている間に、オバマが登場して来て、「まあまあ」と言って収めした。つまり、一番糾弾されるべき立場に立っている人間がいつの間にか収める側に回っているというある種の鮮やかさとか、見ようによっては強かな路線転換を見せました。やはり、アメリカの新しい指導者としての力の一端を見せたという受け止め方をされています。ある面では鮮やかなオバマ外交のスタートだったと言ってもいいと思います。
  その後に欧州歴訪も含めて、「新しいアメリカ」を強く印象づけて、アメリカとしては「うまくやったな」という感じがします。
 もう一つの大きなテーマであったのが、結果的にアメリカの思った展開にはならなかったのですが、「財政出動」です。アメリカは思い切った財政出動によって世界景気を上向きにさせようという思惑が腹にあって、そのアジェンダをぶつけたわけです。しかし、ドイツを筆頭にして、欧州各国が財政出動に対して非常に慎重な態度を見せました。それに対して麻生首相がドイツの慎重な姿勢を批判するような文脈のコメントを出して日本とアメリカが財政出動を強く主張している事を印象づけたという感じでした。
ただし、この話には、深く考えなければならない部分があって、アメリカが財政出動と言うのと、欧州の財政に関する考え方は相当違うのです。それは何かと言うと、私はこの数字が物凄く重要だと思っていますが、アメリカのGDPに対する財政支出の規模は欧州に比べると物凄く小さくて積極的な財政に転換したとしてもこれまで30%台だったのです。35~36%だったものが積極財政に転じてもGDPに対してほぼ4割くらいになるかどうかと言われています。そして、欧州は元々、物凄く大きな政府でGDPに対する財政支出の比率が非常に重くて47~48%です。分かり易く言うと、「元々欧州は、財政出動をやっていて、いまさらあなたには言われたくありません」という事です。これが欧州の空気で、欧州はユーロ社民主義の伝統を引き継いで福祉国家という形態をとっているので、GDPに対して財政が持つ比重がアメリカ等と比べると極端に高いというところからスタートしているのが現状です。そのため、ドイツ等からしてみると、「これ以上財政出動しろと言われても私にとってその話は当てはまりません」という本音が出て来ます。
 そして、アメリカはいよいよ4割を超すというところまで来ています。「アメリカの欧州化」と言われていて、小さな政府と言っていたアメリカも、結果としては欧州がとっているような大きな政府の方に向かわざるを得なくなったのではないのかという事が世界の動向であり見方です。
そのような中で、日本は政府の財政規模のGDPに対する比重がアメリカよりも低い数字になっています。しかし、今回の緊急経済対策においては15兆円という額をバーンとぶつけて来ました。
  日本は3段階にわたって財政出動を膨らませて来たと言ってもよいと思います。
そのような意味合いでこの数字にびっくりするのですが、47%まで一気に上げるのです。つまり、来年2010年の経済、GDPの予測値をベースに考えると、ヨーロッパは52%くらいになり、アメリカは44%くらいになります。そして、日本が47%を超すわけです。世界こぞって財政の規模が物凄く大きくなり、しかも世界中が欧州化して行くと言うか、欧州のように大きな政府というものにならざるを得ないという方向に向かっていると言うのが今回見えてきた大きなポイントだと思います。
 
木村>  大部分は分かり易く言うと、借金をして財政出動し、景気を刺激して成長率を上げようという事ですね。
 
寺島>  「瞬間風速にかけよう」という事で、悪い言い方をすると「あとは野となれ……」ともいうもので、国債を発行して金を調達し、とにかく財政出動をして景気を上向かせるけれども、後代負担、つまり、結局は後代になってそれを負担する事になります。いまの段階では責任ある展望はないという状態で進んで行く事になりますから問題を大きく残しているという部分も確かなのです。
 
 
<G20の内に潜むG2という影>
 
 
寺島>  もう一つ、より重要な事で申し上げておかなければならない事があります。G20によって私自身も「世界は全員参加型の秩序に向かっていて、アメリカだけが仕切れるわけでもなく、先進国で仕切れるわけでもない」と盛んに言ってきました。しかし、今回実際にG20の会議に参加をして、陪席していた人たちの報告をじっと聞いていて気がつく事は、「G2」という言葉が出て来たという事です。これは20カ国が参加しているように見えるけれども実際は二つの国、つまり、アメリカと中国が世界の秩序に向けて大変重きを成して来たという事がよりクリアーになったという見方なのです。これはどういう事かと言うと、アメリカがいかに中国に配慮をしているのかという意味なのです。要するに、中国が協力してくれないとアメリカのシナリオが思い通りにならないという状況がだんだん見えて来ているのです。
例えば、アメリカの国債です。アメリカは、財政赤字を支えるためには国債を発行していかなければなりませんが、いま世界でアメリカの国債を持ってくれている国のNo.1が中国で、約7千億ドル持っています。第2位が日本で6千億ドルです。中国は強かなので大量国債発行によってドル安になると、自分たちが持っているアメリカの国債が目減りする事を嫌がって、世の中で言われている「パンダ債」、つまり、中国の通貨である「元」建てによってアメリカの国債を持ち、目減りを防ごうという事をちらつかせ始めています。そのような事でアメリカは物凄く中国に配慮をしていて、IMF改革等でも中国への出資の額を増やすという事が今回決りました。こういう例をとっても中国の発言力がじわりと高まって来ているという事は間違いありません。
このような中で、以前話しましたが、頭の中に次の数字が浮かぶのです。それは、2007年の世界のGDPランキングで、中国のGDPがついにドイツを抜いて世界第3位になったという事実です。そして、いま、日本のすぐ後ろの第3位に中国が来ているという事なのですが、2010年のGDP予測値を前提にすると、来年、中国のGDPが日本のGDPを追い抜く年になるであろうという事はまず間違いありません。以前の予測では、早くても2012年に追い抜かれると言われていたのですが……。そうすると、日本人は「世界第2位のGDP大国」という言葉を枕詞に持っている事に若干の自尊心をくすぐられていたのですが、いよいよ来年は中国のGDPが日本を追い抜いて行く事になると予測されているのです。
もっと正確に言うと、中国と香港と台湾という3つの地域とシンガポールを入れて大中華圏とも言いますが、中国、香港、台湾の3つの地域のGDPで昨年、ついに日本を追い抜きました。したがって、グレーター・チャイナ(大中華圏)のGDPが日本を追い抜いたという事になります。色々な意味合いにおいて、中国の存在感が高まっていて、しかも世界の景気浮揚にとって中国の4兆元の財政出動というものに大変重い意味があって、現実に「中国頼りの景気回復」のようなところが他の先進国にもあるのです。
ここのところに来て、先月あたりの経済の動きを見ていると、日本企業の中国に対する依存が一段と深まっています。それでなくても中国に対する期待感と依存構造が深まっている中で、アメリカは一段と中国に対して配慮をして、G20と言われる仕組みの中で実態的には中国の顔を立てたり、中国に配慮をしたりしようとするアメリカという空気が物凄く滲み出ていました。オバマ大統領の首脳会談においての中国に対する何ともつかない持ち上げた空気、「偉大な文明国だ」というような類の話にまで言及しているような空気が我々にも伝わって来るのです。
私はそのような中で、日本としてはG20という多くの国が世界秩序に参加している流れを見極めると同時に、実際にアメリカと中国との関係が、世界秩序に対して大きな流れを形成しているというところについても、じっくり見抜いておかなければならない重要なポイントだと思っています。
 
木村>  これは政治的な問題もあるのでしょうが、寺島さんは経済人としてご覧になっていて、日本の経済界には日本の内需拡大という時に、これは中国の市場も含めて中国が需要を喚起するという事で日本は共に景気回復を目指す以外にはないというところに来ていますね。
 
寺島>  液晶テレビ等の工場の稼働率がここのところはグーンと上がって来ているのは、ほとんど中国市場向けのためです。それが良いとか悪いとかという事を超えて、現実の問題として中国の景気頼みのようなところが既に出来ているために益々その比重が重くなって来ているのだと思います。
 
木村>  米中首脳会談において、今年の後半にはオバマ大統領が訪中する事も決まりました。そして、経済・政治の戦略対話というものも非常に高いレベルで行って行くのだという確認もされています。このような事も含めて私たちが「G2」というキーワードで世界というものをしっかりと見なければならないという事ですね。
 
 
<後半>
 
 
木村>  後半は、リスナーの方から頂いた質問のメールを一つ御紹介します。前回のお話に関わるのですが、「今朝は寺島さんの宇宙基本法に関わるお話を聞かせて頂きました」。これは、基本法そのもののお話ではありませんが……。「月に人間型ロボットを送り込むのと介護との関係が結び繋がりません。もう少し分かり易く解説を御願いしますよ」と書いてあります。なるほど……。そう言われると前回は月への有人飛行という事を超えて、月にロボットを送るという日本の画期的なプランであるというお話でした。
 
寺島>  間もなく、宇宙基本計画というものが固まってきます。私はその基本計画を議論する委員会の座長をやっていますが、内閣官房に宇宙開発戦略本部というものがあって、そこで有識者や専門家等を集めた会議をやっています。そのような中で、例えば中国やインド等が10年以内に有人、つまり、人間が月探査に行くというような計画を発表している事を受けて、日本も月探査に送るべきだという意見が一方では大変強くあるわけです。しかし、「人命を尊重する」という気風がある日本において、「人間の命までかけてリスクを負って月に行く意味があるのか?」という意見も一方ではあります。それにかかるコスト、つまり、お金がおそらく数兆円はかかると思います。そのような事をやるのであれば、もっと別の事をやった方が良いのではないのかという意見の人もいます。
 また、別の視点で見ると日本のロボット技術の基盤は大変なもので、例えば愛知万博に楽器を吹くロボットや「ASIMO」君的な二足歩行のロボット等が出展され、かなりのレベルまで来ているという事があって、それを誰もが認識し始めていると思います。そして、多くの中小企業の人たちがロボット関連の技術に立ち向かっているのです。例えば、月に二足歩行のロボット、つまり人間の形をしたようなロボットを送るという事はなかなかの技術基盤が必要ですが、日本人は生真面目で目標が定まるとそれを実現する力を持っているのです。
ここで、先程のメールの質問に入るのですが、「波及効果」という意味で、私は先日お話をしたわけです。ロボットが何故重要なのかと言うと、月に送り込むためにロボットが大切なのではなくて、それくらいの高度な技術基盤を確立していったのであればその先に見えて来るものがあると思うのです。例えば、日本は今後少子高齢化社会に向かって行き、人口がどんどん減って行く流れの中にあります。高齢化社会を迎えて行く時に介護の現場や福祉の現場で生身の人間が勿論支えて行ったほうがよい分野はたくさんありますが、例えば、福祉ロボットや介護ロボット等が重要になって来る事も容易に想像されます。イメージとしてはマッサージ機を思い出してもらいたいのですが、そのマッサージ機がいまどれほど高度化しているのかという事なのです。先端的なマッサージ機はセンサー技術が物凄く重要で、つまり、感知して凝っているところを揉んだり、ほぐしたり、叩いたりするような非常に高度なマッサージ機が登場しています。もはや、「マッサージ・ロボット」と言ってもいいようなレベルに近づいているのです。この技術が更に進化して行くと、介護ロボットや福祉ロボット等のように、より高度な人支えをしてくれるようなロボットが開発されて来る可能性が物凄く大きいのです。特に、二足歩行のロボットを月に送るというプロジェクトを実現するプロセスで技術が蓄積されて、それが花開いて行ったのであれば、やがて人間社会を支えて行くという意味において、介護ロボットにまで大きな意味を持って来るという形で説明したかったのです。
 つまり、二足歩行のロボットを月に送るという事を実現して行く過程で、様々な技術が開発されて、裾野が広がって行くと言うか、「波及効果」=「シナジー(synergy)」を生み出すのです。そのようなものの延長に少子高齢化社会を支えてくれるような新しい技術分野を日本が確立して、それが日本の技術なり産業なりになって世界に花開いて行くという事は大変に夢のある話で、日本の進むべき方向の一つを示しているのではないのかという事が私の言いたい事なのです。
 
木村>  ロボットというものはそのような技術の塊であり、その塊を応用する事によって、或いは、それを開発するプロセスで色々な新しい技術が生まれ来るのですね。
 
寺島>  この話は、夢物語ではなくて、いよいよ腹を括って日本がやろうとしている話だというところに大変重要なポイントがあるのです。
 
木村>  メールを頂いたリスナーの方は匿名希望なのでお名前は紹介出来ませんが、佐賀県でお聞きになっているそうです。
いまの寺島さんのお話でまた一つロボットというものの意味が伝わったかと思います。