第12回目

木村>先週のお話を少し復習してみたいと思います。寺島さんは先週、「ジョッブ(JOB)」、「産業」という言葉をお使いになりました。つまり、「一体何が日本の力か?」という事を世界的には非常に大きな可能性を認められているのに、我々がマネーゲームのところに目を向けている間に忘れていて、足元をもう一度見つめてみる必要があるという問題提起がありました。寺島さんはこれまでにも、もうすでに何年間も「金融ではなく産業を語れ」という事をおっしゃってきました。さて、そこで、「ジョッブ」或いは「産業」、「何に目を向けて、何をして行くのか?」これについてが、一番重要なところなのですね。

<資源小国から資源大国への構想>

寺島>私は、「マネーゲームの話は止めて、実際の産業、つまり、実体性のある産業とか技術の話をしよう」という事を言い続けて来ました。この番組でもすでにその話に踏み込んだ事もありました。それは何かと言うと、日本経済が抱えている弱点を直視して見るという事です。何がこの国で一番弱い点かと言うと、食糧とエネルギー等の資源を海外に大きく依存しているというところが日本経済に常につきまとっている不安の源なのです。
我々はよくアメリカのことを「マネーゲームの国だ」という風に言いますが、それでもアメリカという国を分析して見えて来るのは、例えば食べ物について言えば世界一の食糧輸出国でもあるのです。自給率100%を大きく越しています。それを象徴しているのが、ワシントンで一番大きな官庁の建物は農務省だという事です。それくらいアメリカは農業国家です。エネルギーについても中東に対するアメリカの石油依存は20%以下です。つまり、アメリカ自国で40%。海外依存している内の80%は北中南米から持って来ています。したがって、「ホルムズ海峡からの石油は一滴もアメリカに行っていない」という言い方がありますが、要するに「アメリカは中東に権益を持っているけれども、一滴も中東から物理的に石油が来なくなっても大丈夫だ」という状態になっているのがアメリカなのです。日本はよく言われるように、石油の中東依存率は90%です。常にこの構造によって不安に駆り立てられるという事になるわけです。食糧とエネルギーと資源を常に海外に依存していて、日本は、それを効率的に輸入して、加工して付加価値をつけて製品にして売って外貨を稼いで、その外貨でエネルギーと食糧と資源を買うというサイクルの中で成り立っている国だという事は、高校生でさえすり込まれています。日本というのはそういう国なのだというイメージなのです
この間(6月放送)この番組でも言いましたが、食糧の自給率の向上という意味は、40%というカロリーベースの自給率をせめて、50%を越して、やがてはイギリス並みの70%くらいまで持って来ないとまずいのではないかと話題にした事がありました。具体的には、農業生産法人を育てて、戦後に蓄積して来た産業技術を注入して新しく食を甦らせる・・・・・・。つまり、産業化のために食を安楽死させてしまった日本に、今度は産業化で蓄積した技術を「食」という分野に注入して食を甦らせるのだという話を私はして来ました。
木村>はい。それと共に、いま、休耕田として荒れているところに酪農等の飼料=餌を作れば自給率が一挙に上がるというお話がありましたね。

寺島>そういう食の分野の話をしたという事を踏まえて、もう一歩踏み込んで、「日本は国土の狭い資源小国だ」と言う固定観念から脱皮して日本を変えて行くという話を申し上げたいのです。それは何かと言うと、海洋資源開発です。どういう事かと言うと、日本は国土の面積の狭い資源小国だと言いますが、確かに国土の面積では世界第61位で38万平方キロメートルです。しかし、領海と排他的経済水域では世界第6位の面積を誇る447万平方キロメートルと言う世界に冠たる海洋国家なのです。そして、その広い海の中に眠っている資源という事について今日は触れてみたいと思います。

<海洋資源開発>

寺島>「海底熱水鉱床」と言う言葉があります。これはどういう意味かというと、海底火山口の噴火口のようなものがあって、そこに希少金属やエネルギー資源が埋蔵されている鉱脈があるという事です。日本の領海の中に、およそ11箇所「海底熱水鉱床」があると言われています。これは無責任な話ではなくて、海洋工学の先生たちが蓄積している資料とか、色々な研究のタスクフォース(註.1)が組まれているのですが、実は昨年の4月に日本は海洋基本法(註.2)というものを超党派の議員によって、いわゆる議員立法で法律を成立させました。宇宙開発の基本法と海洋開発の基本法を超党派で決めた事に意味があります。というのは、今後政局が動いて、どういうところが政権を形成しようが「日本としてその方向は大切だ」という流れが出来て、内閣府に、例えば「総合海洋政策本部」のようなものが出来たり、「宇宙開発戦略本部」などが出来たりするようになるでしょう。私自身もこの話はまた別途しますが、宇宙開発戦略本部の委員会の座長をやっています。したがって、その関連でこの事に関する専門的な知識や先生たちのレポートを集積しているところに立っています。そこで、海底資源の探査技術、採鉱、採掘して来る技術を高度化すれば、日本の周りに眠っている潜在資源は大変なもので、大げさな話だと思うかもしれませんが、20年後の日本を世界に冠たる資源大国にしようという目標を掲げて歩み出したらこの話は絵空事ではないという事に気がつかなければいけないのです。

木村>その眠っている希少金属にはどんなものがありそうですか?

寺島>これは、例えばコバルトとかマンガンです。これらはIT、エレクトロニクス等に使用する重要な希少金属です。それ以外にも亜鉛、鉛、金、銀、銅等の大変な埋蔵量を持っているという事だけは間違いありません。今後の問題は、コストをできるだけかけずにどうやって採掘できるのか? とか、どのように正確に探査の技術を高度化するのか? という事が重要になって来るわけです。つまり、北海原油の開発に成功したイギリスのような立場に日本が立つ可能性が大いにあるという事です。戦前、日本の領土で樺太と呼ばれたいまのサハリンにあれだけのエネルギー資源が眠っているという事を、もし、日本があの戦争をする前の段階で気がついていたならば、戦争というシナリオだって変わっていただろうという事も言えるわけです。
他の例を挙げれば、ブラジルは凄くて海底の油田開発が、ほぼ商業化できるところまで持って来ました。これは驚くことなのですが、なんと海底5千メートルよりも深いところから掘って来ているのです。したがって、日本の太平洋側のことを考えたならば、日本の持っている技術の潜在力を活かすために、採鉱とか探査技術を高度化させて行けば日本を世界に冠たる資源大国に出来るという感触がじわりじわりと高まって来ている状況なのです。

<海洋資源開発と宇宙開発>

宇宙開発と海洋開発は物凄くリンクをしています。どういう意味かと言うと、「探査技術を高度化する」という言葉を使っていますが、位置測定の技術が凄く重要になって来ています。いま我々がカー・ナビゲーション等で使っている、自分は何処にいるのか位置を測定する技術にGPS(Global Positioning System)があります。GPSの技術はアメリカの軍事衛星が24個、地球の周りを回っていて、それに繋げて自分はいまここを動いていると測定させてもらっているのです。現在は、衛星が斜めの角度から位置を測っているために必ずしも正確ではありません。そして、いま日本が「準天頂衛星システム」(註.3)と言って、日立などが開発している技術なのですが、真上に衛星を3基くらい上げて、位置測定を正確にしようという技術の開発が進んでいます。したがって、宇宙開発の技術と海洋開発の技術とがうまくドッキングして行けば、日本の持っているポテンシャルを活かして資源大国化して行こうというシナリオは絵空事ではないとだんだん分かって頂けると思います。
 そして、そういう方向に日本を向かわせて行くという由来、動機というものは、常に海外に資源エネルギーを依存していなければいけないという日本の弱点にあります。しかもこれからの世界を考えたのならば、いま67億と言われている世界人口が2050年には92億になると国連が予測しています。世界の人口が物凄く増えて、更に、いまは瞬間的に資源の価格がマネーゲームの乱高下によって下がっている局面にありますが、やがて人口が増えていわゆる「BRICs」(註.4)のような新しい新興国が産業力を高めて来るならば、「資源を奪い合う世界」というものが見えて来ます。更には、「資源ナショナリズム」、資源を守ろうとするナショナリズムが高まって来るという流れの中で日本はどうするのだ? という事をよく考えなければなりません。
「自律性」という言葉を私はよく使いますが、「自らを律する」=自分の運命は自分で切り開いて行く・・・・・・。他人に依存してもがき苦しむのではなくて、自分の運命は自分で切り開いて行く必要があるという事です。要するに、何が言いたいのかと言うと、世界的な金融不安が起こってマネーゲーム的な世界から実態のあるものに目線をやらなければいけないというポイントと共に、足元を見つめてこの国の基盤を強いものにしていかなければならない状況に現在の日本は置かれているという事です。そこを考えた時に、我々はエネルギーとか食糧とか資源を海外に依存している国なのだと受身で言っている場合ではなくて、全力をあげてそれに立ち向かって行くという志がなければならないという事です。その方向を目指して行くにふさわしい技術基盤はあるのだから、ポテンシャルとして持っている様々な要素を組み合わせて問題を解決して行く心構えが必要なのです。
そこで、「いや、そんな事が現実に可能なのですか?」と言う人がいるかもしれません。例えば「2兆円のお金を皆さんにお配りしましょう」と言う考え方が正しいのか、2兆円という金を政府は出すけれども、それに民間企業のお金をマッチングファンドのように付けて、その倍の4兆円にしてその4兆円のお金を持って、「20年後の日本をエネルギーと食糧と資源について世界に冠たる安定基盤をつくるという事のために使いたい、そのために皆がついて来てくれるのか?」という事を国民に語りかけたならば、日本人はそれほど愚かではないから、「自分たちの子供たちが暮らして行く日本」というものをイメージして、それは大事だという判断を下すと私は思います。それが、「ガバナンス」なのです。そういう国民に向けて語りかける力のあるリーダーシップがこれから問われて来るのだという事を私としては申し上げておかなければいけないのです。

木村>いま、よく言われる、「ニュー・ニューディール」。ニューディールにもう一つ新しい、いまの時代にふさわしいプランニングが必要だと言われて来ていますが、まさにそこにこういうものを位置づけて考えて行こうというのですね。

寺島>はい。そして、来年、オバマ政権が動き始めて来たらオバマは、いま私が言っているような大仕掛けな話を見せて来ます。そして、その時日本はどうするのだ? という話に必ずなります。ここのポイントをよく頭に入れておくべきだと思います。

木村>そして、このようにして「ガバナンス」・・・・・・、寺島さんがおっしゃるその力を発揮して行く事によって、勿論、気持ちや社会も落ち着いて行くだろうし、それと共に具体的な「ジョッブ」=「仕事」もキチンと新たに生み出して行ける・・・・・・。

寺島>この裾野にどれだけの人が、それにチャレンジする機会を得るかです。しかも、若者に必要なのは、「自分が世の中のために戦っている」というメッセージを送る事であり、そういう使命感を持ちたいという事なのです。君たちの情熱を繋ぐプロジェクトを自分たちは、或いは日本はつくって行くのだという展望が物凄く重要なのであって、お金さえ得て生活がなんとか出来ればいいでしょうというレベルの話ではないのです。今日、私が話した事は「意味がある仕事をつくる」という文脈です。

木村>私たちが本当に問われる新しい年を迎えるにあたって、寺島さんのお話を反芻しながら、やはり日本で我々が何に立ち向かうべきかというところでこの事を深めると共に具体的にそこに踏み出す新しい年にしたいと思います。

<日仏交流150周年>

木村>続いては、「寺島実郎が語る歴史観」です。このコーナーでは寺島さんの考える、或いは世界を見る基礎となっている歴史意識というものについてお話を頂いて、私たちもそこから色々と触発されながら、どう歴史に向き合えばよいのかという事を深めて行こうしています。
 前回は、「ペリー来航の背景」でした。1853年にペリーが浦賀にやって来た背景にはなかなか興味深い事実がありました。実は、大統領の国書と呼ばれる親書が届いた時には、もうその大統領はアメリカでは替わっていたとか、実に驚くようなお話もありました。そして、今朝のテーマは「日仏交流150周年」です。

寺島>そうなのです。2008年は1858年に日本とフランスの間の修好通商条約が結ばれて150年周年だという事で、私はその事もあって年内にまたパリに行って、ちょっとした機会で喋る事になっています。戦後、日本、また日本人は、アメリカとの関係だけで生きて来たために、日本近代史の原点のところで欧州との関係が重く存在していたという部分に気がついていないところがあるので、今日はその中でフランスに対する考え方を話題にしておきたいと思います。
 フランスという国が、どのように日本の近代化の流れをつくる上で貢献したか言うと、1858年に修好通商条約が結ばれ、その7年後の1865年に日仏間、つまり徳川幕府とフランス政府の間の約定書に則り、ツーロンにある造船所と同じようなものを日本につくろうという事で、日本最初の造船所を横須賀につくるという協定を結びました。これが、後の「横須賀工廠」というものです。皮肉にもその時にフランスが持ち込んでくれた機械の一部が横須賀の米軍基地の中にいまでも残っていて、ついこの間まで動いていたという話もあります。フランスの力で日本最初の造船所が出来たわけです。実は、江戸城無血開城の裏話として横須賀の造船所を無傷で渡すという条件があったと言います。これは、西郷隆盛と勝海舟との交渉です。あの時に幕府側が持っていた大変大きなカードが、日本につくっている造船所でした。それを打ち壊したりしないで、そっくり新政府に渡すという事が江戸城を無血開城する時の大変大きな交渉材料になった事実もあるくらいです。

木村>そうすると、維新政府の産業の基盤ですね。

寺島>はい。そうなのです。しかも、これはどんな教科書にも登場して来ますが、富岡製糸工場があります。

木村>国営の製糸工場ですね。

寺島>この工場を操業する際に、フランスの女性が4人、製糸技術を教えるための教官として日本にやって来たのです。群馬県の富岡です。したがって、いかに日本近代史の原点のところでフランスが製糸業、造船業等の産業開発に貢献してくれたかという事がだんだん見えて来るのです。
そして、フランス人の性癖や文化の中に、悪く言うとへそ曲がりで、皆が右と言えば左だと言う傾向があって、これがまたフランス好きの人にとってはこたえられない魅力であり、フランス嫌いの人にとってはなんともつかない笑い話にも近い話です。例えば、「いま世界の中でフランスという国がこの世に存在しなければ世界は面白くないだろう」という表現があります。つまり、フランスの文化の面白さは皆が右だと言っていても、「いや、そうでもないのではないか」と言いながら何かを守り抜こうとする「こだわり型の文化」というものがあります。そういう視点で、日仏修好150周年を考えて見ると、戦後の日本は、骨の髄までアメリカ化されていて、アメリカの文化なるものに埋没しながら生きて来たわけですから、そういう日本人からすると、忘却の彼方に行きつつあるけれどもフランスが、日本に於いて果たした役割は近代史を調べれば調べるほど凄く大きいものだと分かります。その事実を知るという事も大事だし、日仏修好150周年という歴史をよく噛み締めなければいけないのだと思います。

木村>寺島さんのお話を伺っていると、近代という歴史を見つめる時に、フランスという国が果たした役割をキチンと知ると共に、我々がそこに一体何が大事なのか? という事を見る機会にもなるのですね。

(註1、Task Force=『特別作業チーム』。本来は、軍事用語で『機動部隊』の意)
(註2、国連海洋法条約に基づく海洋権益に関する基本法。海洋政策を一元的に進めることやそのための財政上の措置を定める)
(註3、QZSS=Quasi-Zenith Satellite System。21世紀の社会インフラと言われている衛星位置測定システム)
(註4、経済発展が著しいブラジル <Brazil>、ロシア<Russia>、インド <India>、中国 <China> の頭文字を合わせた4ヶ国の総称)