第9回目

木村>寺島さん、今朝のテーマは何でしょうか?

寺島>オバマを選び出したアメリカの大統領選挙が行われました。
「Change」と言うことで世界は変わるのかという事も含めてこの話題を取り上げたいと思います。

木村>ちょうどリスナーの方からメールが届いております。東京のラジオネーム、ブーゲンビリアさんからです。「アメリカの次期大統領がオバマさんに決まりました。来年1月20日のオバマさん就任以降、世界の経済はどのように変わるのでしょうか?」。関心は経済のところへ来ています。「オバマさんは米国内で世界の経済を上向きにすることができるのでしょうか? 以前、寺島さんは『アメリカの一極支配は終わった』とおっしゃっていましたが、もしそうならばオバマさんが大統領でもアメリカの影響力は世界に及ばないのではないでしょうか?」という問いもあるのですが、リスナーの皆さんの質問、疑問に答えていくためにも何がオバマさんを大統領に押し上げたのかということですね。

<アメリカ大統領選挙の背景>

寺島>はい。そこからお話を始めたいと思います。結局、つきつめて言うとブッシュ政権8年間の失望を背景にして、ブッシュの8年間から決別したいというアメリカの決断だったと考えたらよいと思います。なにしろ、ここのところアメリカに行って感じることは、「ヘトヘトに疲れ果てるアメリカ」と言いますか、アメリカに対する世界の信頼度や期待が物凄くしぼんでいっているのだなと実感されるのです。
 そして、そういう中でまず二つの大きな要素があります。一つはイラク戦争です。9.11から7年以上が過ぎています。私はこの番組と並行しながら絶えずチェックしている数字に米軍兵士の戦死者の数字があります。イラクとアフガニスタンで亡くなったアメリカの若い青年兵士の数はついに4,800人を越えて、11月6日現在4,808人という数字になっています。
 そして、イラクとアフガニスタンで1兆ドルの戦費の負担を余儀なくされたアメリカは、それに加えて、この番組でも触れたサブプライム問題で更に1兆ドルを越す財政負担を公的資金、つまり国民の税金で対応しないとこの問題には向き合えないという事態になっています。7,000億ドルを準備したスキームの不良資産の買い取りは、買い取りよりもむしろ金融資産に資本注入するという方向を選びそうですが、いずれにしても金融を安定化させるために1兆ドルの財政負担を余儀なくされます。1兆ドルのイラク戦争と1兆ドルのサブプライムの財政負担、つまり2兆ドル=約200兆円の財政負担を余儀なくされることになります。財政赤字、そして経常収支の赤字という「双子の赤字」というものにこれから苦しみ抜いていかなければならないアメリカがその苛立ちの中でどうしてこんな事になったのか? その理由の一つはブッシュ政権が選択したテロに対応する政策、「これは犯罪ではなくて戦争だ」というカードでテロの問題を解決できるであろうという思い込みの中からアフガン、イラクへと突っ込んでいった事です。

寺島>もう一つはサブプライム問題ですが、これも結局ブッシュ政権が懸命に旗を振った市場における「新自由主義」というものに原因があります。要するに、規制を緩和して競争主義、自由主義を徹底すれば経済は向上して行くという思い込みのようなものでした。それが結果的には金融資本主義を肥大化させて歪んだ金融ビジネスモデルさえ跋扈させる時代をつくってしまったということです。

寺島>その二つの問題が明るみに出て、アメリカ人そのものも深いため息をつく状況です。そして世界のアメリカを見る目線が物凄く厳しくなって来ていて、世界の指導国であり、冷戦が終わった後の一極支配の中心にいるアメリカというイメージが急速に崩れて来ていることがいまの世界の状況だと言えます。
 そういう状況下でオバマという大統領を選んだ事がアメリカの再生にとっては必要だったと思います。私が何回も使って来ている表現に「時代が呼んでいるのは誰だ?」というのがあります。この表現を使って大統領選挙を見る必要があると言って来ました。ヒラリーとオバマがまだ民主党の大統領候補の座をめぐって競い合っていた時から「歴史・時代が呼んでいるのはオバマだろう」という表現をして来ました。それは何故かと言うと、結局アメリカの再生にとってオバマというカードは最も有効なカードだと考えられるからです。要するに世界のアメリカを見る目を分析したらわかりますが、「アメリカという国は凄いよな。なんだかんだ言っても黒人の大統領を選んだではないか」ということで、「機会を平等に与える国、チャンスの国=アメリカ」というアメリカのプラス・イメージを示し、それをまさに実証してみせたと思います。私は学生等に話す時はそういう言い方をします。
最近、日本にマラソン選手を目指してケニアからの留学生が結構来ています。仮にそういうケニアからの留学生が日本の女性と親しくなって家庭を持って子供が産まれて、その子供が日本の首相になる可能性がどれだけあるでしょうか? という事を考えたら社会の柔らかさとか、可能性を考えるとやはりアメリカはなんだかんだ言ったって凄いじゃないかという事になります。
 フランシス・フクシマ(註.1)という有名なネオコンの思想家がいます。むしろ、共和党の右派、ライト・ウイングのような思想家です。彼が最後の段階でなんと、オバマ支持という事を言い出しました。その理由は、私がここで語りかけているように、まさにアメリカの威信とかアメリカに対する期待を回復して行くうえではオバマというカードが物凄く有効でありアピールするというロジックだからです。

木村>それがやはりこの圧勝という事になった・・・・・・。

(註1、アメリカの政治学者。父親が日系二世、母親が日本人という日系アメリカ人。 ジョンズ・ホプキンス大学政治経済学教授。関西大学政策創造学部客員教授。ネオコン政治思想家の代表的人物)

<時代が呼んだ黒人大統領>

寺島>はい。そう思いますね。そして、「黒人初の大統領」という言い方がありますが、厳密に言うとオバマは黒人なのかどうかと言うと実は微妙なのです。オバマは、黒人性ということを絶えず問いかけられて来た人物でもあります。大統領選挙のプロセスの中で本当に黒人運動を戦ってきた人がオバマに詰め寄っているシーンがテレビで放映された事もありますが、「あなたはいままで黒人のために本気で戦った事があるのか?」という質問をされていたのが非常に印象的でした。それはオバマという人の肌の色は黒いけれどもいわゆるアメリカにおける黒人の出自を見ると、アフリカから非常に不条理な形で連れて来られた人の子孫というわけではないのです。あくまでもケニアからの留学生と白人の女性との間にできた子供で、しかもその留学生だったお父さんは離婚して祖国に帰ってしまったのです。彼は「白人のコミュニティーの中で育った肌の色の黒い人物」という位置づけが非常に的確な表現だと思います。したがって、エリート教育を受けていて、それがハーバード大学だなんだという事になってくるわけです。彼のお母さんが再婚した相手がインドネシア人でインドネシアのジャカルタで少年時代を過ごしたり、高校は人種の坩堝と言われているハワイで過ごしました。そこでオバマなる人物の黒人性については甚だ議論を要する部分がある微妙な存在なのです。
 しかし、彼の存在そのものに人種の多様性とか、文明・文化の多様性に柔らかく向き合うというイメージが非常に強いのです。つまり、彼の存在そのものがそれを証明しているようなものだからです。したがって、これからアメリカがまさに世界に向けていかなければならない表情、例えば「対話と協調」です。アメリカだけが一極支配していて、「俺は俺のやり方でやらせてもらう」というのではなくて粘り強く世界と対話したり強調していかなければならないアメリカのリーダーとしてこの人物の存在は、例えば育ったプロセスでそれだけ多くの人種の多様性を身体で感じ取らざるを得ない人生を過ごして来たことからまさに時代と適合していると言えます。私は、彼がディベートで見せた粘り強さや年齢のわりには相手がどんなに自分を罵倒して来ても決して怒らずに冷静に逆に問い返していくようなスタイルを見ていて、それは、彼が育ってきたプロセスの中で身につけてきた事なのだろうと思います。そして、それはこれからのアメリカにとってとても大事なことなのです。つまり、俺は俺なのだから世界のルールで縛るな、というこれまでの「一極支配とか自国利害中心主義というものからアメリカが変わって行くのだろうか?」という事を考えるときに、オバマという存在そのものが発信しているメッセージが重いという事を私は、彼が選ばれたプロセスの中で感じ取っていた、大変大きなポイントだと思います。
木村>そうすると「Change!」というオバマさんが掲げたこの言葉はそれを生み出す必然性がアメリカ社会というものにあったということなのでしょうか。
寺島>はい。この夏から秋にかけて我々が目撃して来た世界の金融不安やあらゆる意味で世界秩序が一極支配から多極化を通り越して無極化しているという話をしてきましたが、まさにそういうプロセスの中の極めつけのこの11月というタイミングにアメリカが次のリーダーにこの人物を選んできたという事が2008年という年のある性格を決定的に見せたわけです。ただし、この大統領が背負っていかなければならない十字架は大変に重いのです。先程、リスナーの方のお話にもありましたように「経済再生ができるのだろうか?」という瀬戸際のところに来ています。まさに1929年の世界大恐慌に近いような状況にいま世界がなっていて、大統領としてこの世界恐慌を打開する事が出来るのかというところが非常に重大なポイントになると思います。1929年の大恐慌が始まったあと、1932年にアメリカ大統領選挙があって「大きな政府」を原則とする民主党のフランクリン・ルーズベルトが選ばれています。まさしくオバマはルーズベルトと同じ役割を求められているのです。

<オバマ大統領の課題>

寺島>フランクリン・ルーズベルトとオバマが背負っている十字架に私は均質なものを感じます。ルーズベルトはニューディール政策(註.2)を掲げて登場して来たという事は歴史の本を読んでいる人はよく目にすると思います。したがって私はそういう言葉が使われる事は別にして、オバマがやらなければならない事は新しいニューディール政策だと思います。彼は必ずそれをやって来るだろうと思います。事実、彼が発信しているメッセージの中にその予兆があります。

木村>それはどんなものですか?

寺島>例えば、金融システムの安定のために1932年にフランクリン・ルーズベルトは、「銀行と証券の分離」を決めました。その理由は、やはり1920年代の資本主義があまりにもマネーゲーム化し、株の投機が物凄く行われた事にあります。それに対して制御をかけなければならないという事から銀行という業態と証券会社という業態を分けたのです。しかし、それを1999年に銀行と証券の垣根を取り除いて統合してしまったという事が今回の出来事の背景にもなっています。現実に投資銀行という業態が消えていこうとしているようです。もっと監督のきつい、いわゆる銀行持株会社という業態に転換していかざるを得ない状況になっているようにアメリカはなんらかの形で金融というシステムのマネーゲーム化にブレーキをかける仕組みというものをぶち込んで来るだろうと容易に想像できます。

木村>それはある意味では政府というものの役割がこれまでよりもより強く大きくならざるを得ないということですね。

寺島>はい。市場は市場に任せておけばいいというのではなく、公的管理と言うか、制御された資本主義という方向に持って行くという事が一つ見えて来るだろうと思います。
 もう一つは産業政策です。新たな産業を興して経済に活力を取り戻さなければならない必然から様々な形で新しい産業復興庁というようなものをつくって政府主導の産業政策を展開した時代がありますが、今回、オバマは、そのように対応して来ると思います。オバマが言っているキーワードに環境・エネルギーに関して相当思い切った産業創生というか新しい産業を生み出して行くような「グリーン・リカバリー」というものがあります。つまり環境問題を梃に新しい産業をつくっていこうという挑戦をして来るだろうということです。それは例えば、環境に優しい車の開発であったり、そういう類の新しい産業を「グリーン」というキーワードで甦らせようとする流れです。更には、教科書に出て来るTVA(註.3)を設立して、巨大なダムをつくる等の公共投資によって景気を上向かせようとするチャレンジをしたというのがニューディール政策の一つの柱でもあったと思いますが、そのような事を考えていると思います。

木村>それによって雇用も拡大して確保していくことになりましたね。

寺島>はい。そうです。いまの時代における公共投資は大型のダムをつくるというインフラではなく、もっと社会政策的な意味を持った、まさに先程申し上げた環境などと結びつけた公共投資という類のものを構想して来ると思います。いずれにしても、オバマは世界に向けてアメリカの立場を確保するためにニューディール政策をやらなければならなくなるという事と世界が挑戦しようとしている世界金融システムの再生に取り組まざるを得ないという事です。事実、新しい「ブレトン・ウッズ」(註.4)という言葉が欧州あたりから使われ始めています。

(註2、世界恐慌を克服するために行った一連の経済政策。政府による経済への積極的介入を行う『社会民主主義』的な政策であり、第二次世界大戦後の資本主義国の経済政策に大きな影響を与えた)

(註3、『TVA』=『Tennessee Valley Authority』=『テネシー川流域開発会社』の略。F.ルーズベルトが行った『ニューディール政策』の象徴であり、テネシー川に32個の多目的ダム建設を中心とした公共事業)

(註4、1944年にアメリカのブレトン・ウッズで連合国側が集まり1945年に協定が発行された。『ブレトン・ウッズ協定』とGATT=General Agreement on Tariffs and Trade『関税及び貿易に関する一般協定』)

<ニュー・ブレトン・ウッズ>

木村>「ブレトン・ウッズ体制」というのは、世界の国が集まって、1945年、端的に言うと、第二次世界大戦後のドル基軸の世界が成立したということでしょうか。

寺島>はい。よく我々は「ワシントン・コンセンサス」と呼んでいますが、世界銀行とIMF(International Monetary Fund=国際通貨基金)を中心にした世界金融秩序というものを打ち立てていこうという体制が世に言う「ブレトン・ウッズ体制」なのです。そのワシントン・コンセンサスを別の言い方をすると「ワシントンの意向」になります。つまり、アメリカの意向が強く反映した金融システムだったのです。これからは例えば、中国をはじめとする途上国もIMFとか世界銀行により大きく参画できるような仕組みとか世界の金融システムを安定化させるための投機的な活動をどうやって規制していくのか等の新しいルールづくりが「ニュー・ブレトン・ウッズ」という言葉のもとに構築されて行くでしょう。つまり「ブレトン・ウッズ2」と欧州は言っていますが、この構想の知恵袋は英国のブラウン首相で、プロモーターはフランスのサルコジ首相という形になっています。やはりここへきて広い意味で欧州が世界の金融秩序の再生に向けて物凄く重要になって来ています。
 当然のことながら本当は日本にとっても日本の発言力を高め、世界における存在感を高める大変大きな機会がめぐって来ていると言っても過言ではないと思います。問題は日本にガバナンスがあるかどうか・・・・・・。つまり、それだけの発信力を持って世界のシステムの再構築に対して発言していけるだけの知恵と構想力を持っている状況であればという事なのですが、これは必ずしも楽観できません。したがって世界が大きくうねりを上げて変わっていこうとしている時に、日本自身の知恵とかそういうものが問われて来ているのだという事だけはこの段階で言っておきたいと思います。

木村>はい。あと一つ寺島さんにこの時点での質問があります。オバマさんはイラクから原則的に確か16ヶ月以内に撤収しようと言っています。しかし、アフガニスタンについては非常に強硬な態度ですが、これは一体何を意味しているのでしょうか?

寺島>これは分かり易く言うと、アフガニスタンの攻撃までは「9.11」との因果関係、つまりテロとの戦いの結びつきにおいてアフガニスタンのテロの巣窟=タリバンなどの勢力を叩き潰すのは正当だという事に関してアメリカの国民はある種の合意が現在でもまだ強くあると思います。ところが、イラク戦争は「9.11」との因果関係から言っても、テロとの戦いから言っても、「間違った戦争であり誤った判断のもとに踏み込んだ戦争だった」とアメリカ人の間にも非常に広く認識されている違いだと思います。
 しかも、これはアメリカにとっては悩ましいのですが、イラクも強かで我々から見ればイラクのマリキ政権はアメリカの傀儡政権のように見えますが、結構アメリカに対して強く色々な事を要求しています。先日、アメリカがイラクの基地を使ってシリアを攻撃しましたが、イラクとシリアの関係は非常に微妙なので、「もし、自分の国の基地を使ってシリアを攻撃するのだったらアメリカの軍は即刻出て行ってくれ」という類の事を言い始めています。しかも、基地をどのように使うかという地位協定についてイラクとアメリカとの間の協定を結ぶ作業が進んでいて、2009年の11月までには撤退していく事を地位協定においてコミットしています。したがって、全くそれを無視するわけにはいかないというところにあるという事は間違いないのです。

木村>なるほど。寺島さんのお話を伺っていると、言葉を変えると「アメリカでいま何が終わって何が始まろうとしているのか」これをある意味では世界史的な視野で私たちが捉えておくことがいまの時期にとても重要であることが見えて来ました。