2010年1月2・3日 「座・対談〜佐藤 優さん」

暁 >  「座・対談」のコーナーです。本日はお客様に佐藤優さんをお迎えしました。

高野>  佐藤さんはいまアウトプットが凄いですね。連載をおいくつやっているのですか?

佐藤>  怖いので数えてないですが、おそらく40は超えていると思います。400字詰めの原稿で月1200枚くらいなのですが、先月は年末進行でかなり出版社からあおられて1600枚くらいの原稿を書いていて本当にキツイかったです。

高野>  普通の人だったら中身を考えないで手を動かしているだけで精いっぱいの枚数ですね。
暁 >  佐藤さんはよほど普通の人よりも早く書けるという事ですね。

佐藤>  そうでもないと思います。私が外務省に現役で仕事をしていた頃は出張等に行っている時に400字詰め換算で100枚くらい書かされる事がよくあったので慣れています。

高野>  私もどちらかと言うと書く事に関しては早いほうですが、佐藤さんにはかなわないですね。
 佐藤さんは1月号の文藝春秋に外務省の機密問題を書かれていて、その記事自体も面白いのですが、その末尾のほうで鳩山内閣の普天間をめぐる対米外交も書かれていますが、マスコミ的に言うと「混乱」、「大揺れ」だと思います。

佐藤>  私から言わせると混乱しているのは安保マフィアに牛耳られているマスコミのほうだと思います。

高野>  全くその通りだと思います。
 佐藤さんが書かれているのは「いろいろな人がいろいろな事を言っていて、その結果としてかえって鳩山の存在感が高まって、外国は鳩山を相手にせざるを得ない。これは相当な外交的成果である」という内容ですが、私はこの意見に賛成で、その前に鳩山さんがインド洋の給油問題においてもいきなり中止と言って、アメリカは一言の抵抗もなく、受け入れてしまったわけで、これもある意味においては外交的成果だったと思います。マスコミはそれも含めて「そんな事を言ったらアメリカは怒る」と散々言っていたにもかかわらず、オバマが受け入れてそれが成果だとも何とも言わずに黙っていました。

佐藤>  オバマさんが来日する前にロバート・ゲイツが来ました。彼は元CIAの長官で、しかも叩き上げでCIAの長官になった人物でソ連を担当していたので人を脅す事が仕事なのです。そこのところで「コラー!日本人!」と言ったのであれば、みんな縮みあがると思ったそうなのですが、面白いのは案外縮み上がっていないのが北沢俊美さんなのです。私はオバマさんが来日している時の日米首脳会談の直前に北沢さんとお会いしました。私は大臣室に呼ばれて小一時間くらい話をしました。北沢さんは裏話を披露して下さって、「実はゲイツと差しで話をした」と。ゲイツさんが来た時に「ちょっと待ってくれ」と言ってとどめて、10分間、北沢さんは1対1の差しで話をしたのだそうです。その時に、北沢さんは「鳩山さんも小沢さんもこの権力は10年続くからね。それをわかってやっているのか?」と言うと、ゲイツさんは両手を挙げていたそうです。私はその時が重要で、これはダメだという感じになったのだと思います。
 私は北沢さんという人は役割分担によって憎まれっ子を担当しているのだと思います。したがって、日米合意だという形で辺野古のニュアンスを強く出す雰囲気の発言をわざとやっているという事になります。「俺は憎まれっ子でもいい」と。つまり、沖縄の人たちもそれをよくわかっていて、北沢さんの事を嫌いなのです。しかし、憎んではいません。それに対して岡田外務大臣は思いっきり憎まれています。

高野>  彼は一見、頑固一徹のようなイメージですね。

佐藤>  頑固で真面目にやっているような感じなのですが、彼自身は官僚なので官僚的な生真面目さが全部裏目に出ています。

高野>  表と裏の使い分けが全くできていない人ですね。

佐藤>  霞が関において表と裏がないと言うと、裏と裏だけの人のような感じになります。

高野>  普天間問題についてですが、これはどのように展開していくと思われますか?

佐藤>  普天間問題は全部仕切り直しをするべきだと思います。つまり、前政権のものを何でも繋げばよいという話ではないということです。
鳩山さんの面白さは宇宙人であるところにあって、数学ができる宇宙人です。彼は工学部出身でオペレーションズ・リサーチを専攻していました。つまり、何かの作戦を行なう時にどのようにものをもってきて、兵力を配置すればよいのかという事を研究していたのです。

高野>  ゲームの理論等もそうです。

佐藤>  したがって、彼はいわゆる微分法で言うところの偏微分=ラウンド・ディーが解る人なのです。要するに、「大きいところでは沖縄はこのように動きます」、或いは「事業仕分けにおいて蓮舫さん等が頑張っているところにはこのような意味合いがある」、更に「羽毛田さんと小沢さんが喧嘩を始めた事にはこのような意味合いがある」。つまり、これらがちょこちょこ動いたらどのようになるのかという形、これの全体の連立方程式や微分方程式を組むことが出来る人なのです。
暁 >  政治に応用できるのは凄いですね。

佐藤>  彼は最初からこのようなことしか考えていません。自分のことしか考えていません。

高野>  自分の頭の中だけの世界で完結しているわけですね。
暁 >  ゲームという事ですか?

佐藤>  ゲーム感覚は凄く強いと思います。したがって、鈴木宗男さんと組むというあたりが普通の感覚の人ではないということです。何故かと言うと、前々回の選挙において、鈴木宗男さんは鳩山さんをくみ取ってやろうと思って、地元の財閥の岩倉さんという人を立てて、2000票くらいまでに迫りました。そのような不倶戴天の敵なので普通であればこのような人とは絶対に組みません。しかし、力がある者とは誰とでも握るという発想なのです。

高野>  しかも、対ロシア外交をなんとかしようという気持ちがあるわけですね。

佐藤>  実際にロシア外交は動きます。
 普天間でみんな失敗した理由は、「足して2で割る」ということを考えるからです。要するに、アメリカは現行案でキャンプ・シュワブの沿岸だと言っていて、民主党は県外、国外という雰囲気を強く選挙で出してしまいました。それを足して2で割ると辺野古の沖合くらいだという感覚で行なうことが駄目なのです。鳩山さんはそうではなくて、宇宙人的な感覚によって自己の権力基盤をいかに強化するか、そして、あれは前共和党のブッシュ政権のネオコンがつくった案に基づいて行なっているという考えなのです。それに対して、オバマさんは必ずしもこれではないぞという感覚を掴んでいてうまくやっています。

高野>  普天間に関して言うと、結局、越年をして、佐藤さんがおっしゃったように仕切り直しをするべきだと思います。
先日、私は岡本行夫さんと会う機会があって、彼も「これは仕切り直ししかない」とおっしゃっていました。

佐藤>  岡本さんは沖縄の気持ちも一生懸命考えようという人で非常に頭のいい人です。ただし、私は沖縄の側にも言いたいことがあります。ここのところでこれを反米闘争であるとか、反基地闘争にしてしまうと負けます。これはあくまでも民主主義をめぐる戦いなのです。
 いま、沖縄の民意が2つあり、1つは直近の選挙で明らかにされたものと沖縄のマスメディアによって伝えられている県外・国外であるというものです。
自民党は県内を容認する自民党の候補が1人も当選しなかったということの重さがあり、いままでの沖縄の歴史において一度もなかったことです。しかし、もう1つの民意があって、仲井眞知事は県外、国外が望ましいけれども、どうしてもということならば、辺野古の沖合であれば受け入れられるというものです。どちらが沖縄の民意なのかということをはっきりする、つまり、この民意の一本化をしなければならないのです。

高野>  鳩山さんも「沖縄県民の気持ちをまず第一に」という台詞を繰り返し言っていますが、沖縄県民の気持ちはどこにあるのだということになってきます。

佐藤>  そこのところを踏まえた上で、決めましょうと言っているわけです。鳩山さんは全くぶれていなくて、最初から辺野古も否定していません。彼は「いろいろなオプションがある中で、民意を踏まえた上で私は決めます」と言っているわけで、その通り行なって欲しいと思います。
 小沢さんの沈黙についてですが、沈黙には2通りあります。1つは何もわからないために黙っている。もう1つは全体像がわかっているために、敢えて自分からは発言をしません。それはどのような意味かというと、「鳩山さんがやっている流れでよいのだ」と。どちらの沈黙と読むかによってです。

高野>  私は後者のほうだと思います。

佐藤>  私も後者だと思っています。
いま、小沢さんが重要な人になっています。更に、あともう1人重要な人がいて、仙谷由人さんです。私が非常に望んでいることがあって、それは小沢さんと仙谷さんが仲良くすることが非常に大切なのです。私がみるところ、仙谷さんと前原誠司さんは盟友で、前原さんは右寄りのように見られていますが全くそうではなくて、非常に柔軟で安全保障の論理をよく理解している人です。更に、あと1人はあまりマスコミのほうでは脚光を浴びませんが、物凄く頭のよい人で財務副大臣の峰崎直樹さんです。
仙石さん、前原さん、峰崎さんの3人のトライアングルを組んでいる影響をマスコミはあまり書きませんが、私は凄く大きいと思っています。

高野>  それはこの政権の機微に触れると言いますか、核心部分ですね。

佐藤>  彼らは官僚の手のひらの上でのせられているのではないかと言われていますが、そんなことはありません。一番最後のところで事務次官の制度の廃止というように、仙谷さんは合口を突き付けるということを行なっています。

高野>  私はいまの政権の中で一番ものが見えていて、腹がすわっていている人物が仙谷さんだと思います。

佐藤>  彼は少し性格も悪いですが、そのような人のほうが国民のためには必要なのです。したがって、民主党の権力は強いのだということをマスコミがもう少し認識するべきなのです。何の理念もないと。しかし、権力となると、その一点でキュッと固まります。いまはこれでよいのです。

高野>  永田町の記者たちの常識では、政界再編がどうした、小沢さんがそのようなことが好きだからいずれガラガラポンだと言います。

佐藤>  永田町の常識は、もはや、日本の非常識になりつつあります。

高野>  自民党の若手たちもそのような調子で民主党は割れるぞと言っていますが、私は以前から割れないと言っています。

佐藤>  私は公明党をキチンと見るべきだと思っています。
今回の羽毛田発言についてですが、あんなことを記者会見で言うから天皇様を政治に巻き込むことになるわけで、私は羽毛田さんが悪いと思います。

高野>  私もそう思います。

佐藤>  この時に公明党の山口委員長は何を発言したかというと、「これは全然政治利用ではない」で、これは公明党が自民党との分岐を鮮明にしているということで、権力の論理をよくわかっているのです。また、小沢さんも同じでよくわかっていて、敢えて石井一さんを今度の参議院選挙においてつけます。私は7年前に国会において石井さんに徹底的にやられた経緯があり、更に、石井さんが創価学会施設を監視すると言いだした事に関してはけしからんと思っています。何故ならば、公明党の施設を監視するのは勝手にやればよいことで、宗教団体の施設を監視するというようなことはけしからんと思うからです。しかし、石井さんが選挙対策委員長であるという事は簡単には公明党と一緒にはやらないというシグナルで、むしろ、そのようになると、公明党としても接近したくなるわけです。したがって、上手な配置をしていると思います。

高野>  絶対に公明党と組むことはないということですね。

佐藤>  しかし、私は中長期的にみて組むと思います。そのためのシグナルなのです。

高野>  ここで、ロシアの話をしたいと思いますが、鳩山さんはお祖父さん以来の個人の思いとしても、自分の在任中に北方領土問題の打開を計りたいという気持ちが非常に強くあって、今年前半の1つの焦点になってきますね。

佐藤>  そこで、だらしがないのは外務省で、例えば、昨年の12月1日の北方領土の返還の根室を中心とする大きなデモがありました。そこに外務省の交渉をしている人間は誰も来ていませんでした。外務副大臣の福山哲郎さんとその秘書官だけでした。その秘書官は私に挨拶もしませんでした。挨拶は世の中の一番の原則であるのに挨拶すらできない人間なんていうものは下の下だと思います。このような人間を福山さんの横につけていること自体が駄目なのです。

高野>  それは外務省のどのような姿勢ですか?

佐藤>  真面目に北方領土交渉や返還運動等を行なう気持ちはないということです。或いは、会場に鈴木宗男さんと私がいるために怖くて誰も近寄れなかったという説もありますが、そんなに気が弱くはないでしょう。

高野>  ロシアを相手ですからね。

佐藤>  それから、ゴルバチョフさんも来ていました。しかし、外務省はゴルバチョフさんと会わせないほうがよいという答申文を現政権との関係が悪いからという理由で松野副長官に出しているのです。

高野>  それはロシアの現政権とゴルバチョフとの関係が悪いという意味ですね。

佐藤>  そうです。そして、明治大学の講演会を行なった時にゴルバチョフさんの名誉学位授与式にここの臨時代理大使、つまり、大使がいないためにいまのナンバーワンとなるオヴェチコさんがここにずっといるのです。そして、鳩山さんとゴルバチョフさんと会いました。そうすると外務省は態度を変えて、福山さんは明治大学の講演会に来るから、その時のスピーチ文を作っていると言いました。この時も秘書官は来ていたのですが私には挨拶もしませんでした。まったくもって行儀がなっていません。
 
<後半>

高野>  ロシアそのものですが、これはどうでしょうか?

佐藤>  動きます。鳩山さんの言うとおりにやればよいのです。鳩山さんの言うとおりに56年宣言の2島返還では解決しないのだという事をはっきりと言って、現実的かつ、段階的に解決すればよいと思います。

高野>  2島は2島で、日ソ共同宣言によって明記されているけれどもそれはそれとして出発点すると。

佐藤>  残りの2島をどのようにして返すのかということです。

高野>  そこで打ち切りにさせないで、次の残りの2島についてもどのような交渉の枠組みをつくっていくべきかということがポイントになりますね。

佐藤>  前原さんが不法占拠論をした時にロシアが物凄い反発をして会見を行いました。あのような時に外務省がキチンと前原さんを守らなければならないのです。国内向けの発言に対してとやかく言われる筋合いはないと。逆にロシアがあれだけ激しく反発するという理由は動かしたいからです。ロシア人の行動様式が外務省の連中はよくわかっていないのだと思います。

高野>  タイミング的には春に向かって何かアクションが起こっていくのでしょうか?

佐藤>  それよりも、まず、検察と小沢さんの戦争、検察と鳩山さんの戦争、国家の主人が誰であるのか、これは試験に受かった官僚なのか、それとも国民によって選ばれた政治家なのかという戦争が解決した後でないと外交の身動きがとれません。したがって、本当に指導力があるのかどうかということをそこで見ているわけです。ただし、そのようになると、どうしても7月の参議院選挙を待って、その後になると思いますが、この春には何か一発やっておかなければならないと思います。

高野>  一発というのは何でしょうか?

佐藤>  それは、政府が一体となって1つの方針でやっていて、そこのところで現実的4島返還論であるという事です。空想的な形の4島即時一括返還というものではないということをキチンと原則を明示しておく必要があります。これが非常に重要だと思います。
 したがって、鳩山さんがどのようなシグナルを出すのかということと、鈴木宗男外務委員長の訪露があってもよいと思います。そこで彼自身がもっている人脈やクレムリン等の環境を最大限に活用して、オール・ジャパンというチームを使うのです。更に、私は森喜朗さんに頑張ってもらいたいと思っています。先日、私は森さんの年末のパーティでメインの講演をやらせていただきました。森さんは国使なので、外交においては越えてはならない線があるという形で自民党に「これは戦争にするな。鳩山さんが行なっていることは段階的にキチンと解決するのだからキチンとサポートしろ」というようなことを言って指導力を発揮してもらいたいと思います。
 前原さんがあの発言をしたために「不法占拠論のようなことを言ったから前原には言わせるな」という感じにするのはよくありません。彼は元島民のことを考えて、国内的にはこのような形によってキチンとやらなければ日本国内の思いもあるという観点で言っているのだから、何故すぐに外務官僚はフォロー・アップしないのかということになります。

高野>  いまの外務省の対露外交の体制は能力的にみて、いかがでしょうか?

佐藤>  外務省に武藤顕君というロシア課長がいて、非常にしっかりとしている男なのですが、萎縮しています。ロシアのことを動かすと、鈴木宗男さんに近いと思われて、外務省的には生き残ることができないという外務官僚の論理があります。
武藤君と同期で垂秀夫君という人がいて、彼と比べて欲しいのですが、中国課長に就いています。彼はのびのびと仕事をしています。何故かと言うと、日本の対中外交は全然悪くないからです。それを小沢さんが大量に引き連れて行ったために「けしからん」等と言っていますが、日中の相互依存環境を強化してくるということは、日本においては全然悪いことではありません。

高野>  それどころか、いまは戦略的に意味がありますね。

佐藤>  したがって、「反中」というようなやり方でナショナリズムを煽り立てるということから決別をしなければならない時期にきているわけです。

高野>  しかし、安倍晋三さん等はそのような方向によって自民党を立て直そうとしていましたね。

佐藤>  安倍さんは本来、頭の良い人ですからそのようなシンボルやイメージでは無理だということはわかっていたと思います。