2009年11月14・15日 「鳩山内閣の問題点・課題点/高野孟とクラシック」

<ザ・ジャーナル〜鳩山首相の所信表明演説>

高野>  鳩山さんが政権に就いて40日が過ぎましたが、デビューとなった国連総会において、温暖化ガス25%削減をスポーンと言ってしまいました。日本よりも先に世界にデビューをして、この国会においての所信表明演説が言うなれば国内デビューという事になりました。タイミング的に少し遅かった理由は、8月末に麻生さんが総選挙を行ったからだと思います。
鳩山さんの所信表明演説は52分におよびました。最近の首相の何人かをとってみても、およそ20分から30分くらいでした。普通の所信表明演説の中身はだいたい官僚がとりまとめて、各省庁から「これは言ってください」と言われたものを全て並べてそのまま読んでいくというものなのですが、今回の演説が長くなった理由は、鳩山さんが全部自分の言葉で、官僚言葉は一切省いて鳩山さんが政治家としての理念を正面から国民に向かって語りかけたというところにあります。
 演説の中には、選挙中に地方に行って出会ったお婆さんの息子が自殺をしたという話等、具体例を織り交ぜながら自分の友愛という政治の理念を説明しました。私は全体として演説そのものが「脱官僚」という姿勢を示していて、非常によかったと思います。
演説の中身において、最初のほうで「戦後行政の大掃除」という言葉を使いました。これは組織の面、つまり天下りの事であったり、なんでもかんでも官僚任せで、いままで閣議で行う事は前日に各省庁の官僚である事務次官が会議を開いて全て決めていました。そして閣議では決ったものだけが上がってきて、議論するというよりも、決った事について説明する事だけで閣議が終わってしまうので、まず、その事務次官会議をやめて、閣議で大臣たちが自分たちの言葉で議論をしてそこで意思決定をするという事になりました。これは考えてみれば当り前の事なのですが、このような当り前の事がやっと行なわれるようになりました。これが行政の大掃除の一つなのです。

暁 > これには時間がかかるというイメージがありますが、いかがでしょうか?

高野> 100年も続いたそのようなやり方を変えようというわけですから、浸透させていくためには時間がかかると思います。つまり、いままでは実質的には官僚がこの国を動かしていたというわけです。
 もう一つは、予算の問題です。年内に来年度予算を決めなくてはなりません。これは1カ月以上遅れて始まっているので大変な作業になると思います。しかも、無駄遣いの穴を見つけ出したり、組み替えたり、民主党のマニフェストで約束した事を織り込んだりするわけです。予算をつくっていくプロセス自体も大掃除になります。

暁 >  大分足りなかったのですか?

高野>  官僚のほうは賢いと言いますか、「そんなに言うならばこれくらい出しておけ」とか、小出しにしたりするなどしているので、政治家の場合はなかなか見抜けないのです。したがって、それをせめぎ合いの中で、予算を何度か手がけていくうちにそのような事を見破れるようになるという事だと思います。そのような意味で「戦後行政の大掃除」というのはキーワードだったと思います。
私が演説の中で面白いと思った言葉がもう一つあります。それは「人間のための経済」です。過去100年の経済を考えてみると、人間のためではなかったのではないかという事で、経済成長市場主義、成長率等ばかりを追いかけていました。確かに、成長率を追い求める事によって潤う業界や企業、地域等があるのかもしれないけれども、国民全体の人間的な暮らしを充実させていく点においては果たしてどうだったのだろうかというところがあります。その証拠に、現在、先進国とは到底思う事ができない問題、つまり、並べてみると「雇用不安」、「子育て不安」、「教育不安」、「年金不安」、「医療不安」、「介護不安」、というように国民生活の一番ベースの部分の問題がたくさんあって、そこだけは最低限しっかりとして欲しいという部分にすべて穴があいてしまっているわけです。せっかく100年かけて世界第2位の先進国、経済大国をつくり上げたのにもかかわらず、まるで床に穴が空いてしまって、天井からは雨漏りしているような状況になってしまったのは一体何なのか、経済成長は追及してきたけれども、本当に一人一人の生活を充実させる事に価値観の中心をおいてきたのだろうかという問題提起になっています。日本は駆け上がることだけに熱心でその間にいろいろなものを落としてきてしまったように思います。確かに数字の上で見ると日本は豊かな国に違いはありませんが、鳩山さんは、本質の部分で一人一人の部分にその豊かさが実感できるように届いているのかというところに重点をおいた政治、経済の在り方というものをこれからつくっていこうとしているのです。
新聞の社説にはそのような議論は学生のような議論ではないかというような批判が書いてありましたが、私はこのような混乱期でもあり、大きな転換期でもある時期に政治家がそのような大きな理念について語るという事は必要な事だと思います。新聞各紙では、理念はよいけれども具体性がないではないかという批評が出ていますが、具体論を述べるとなると52分を更に上回って倍くらいになってしまいます。やはり総理大臣というものは、最初の演説で大きな方向性を語るという事でよかったのだと思います。

暁 >  そのような内容だった事もあって、鳩山さんは国民の支持も得ていて、内閣総理大臣になってから支持率も高水準を保っていて、日本経済新聞社によると支持率は73%となっていますがこれはかなり高いと言ってよいのですね。

高野>  小泉内閣の始まりの時に匹敵する数字だと思います。

暁 >  やはり、国民は改革を希望し、期待しているわけですが、小泉さんの時のようにはならないで欲しいという気持ちがあります。掛け声だけで終わってしまうのでは困ります。

高野>  今回は脱官僚を第1のテーマとして掲げて、行政大掃除をして、いま、その体制を着々とつくっているわけですから、そのような意味では、小泉さんの時のように独りパフォーマンスに頼って、彼が何かを言うと支持率が上がるというようなところがありましたが、今回は政権交代という事で国家戦略局、行政刷新会議等の新しい仕組みもつくって、持続的にマニフェストで約束した事柄を実現していく事にいま取り組みはじめたわけですから、大きな転換となっているのです。今回の所信表明演説の中で鳩山さんが「明治維新に匹敵する平成維新」、「無血の平成維新」という言葉を使っていて、それくらいの大きな転換期なのだという事です。

暁 > 高野さんの御意見としては、今回の所信表明はだいたいよいのではないのかという事でしょうか?

高野> 政権交代待望論だったので、できると少し甘くなってしまいますが、これからはだんだん悪口も出てくると思います。例えば、私は郵政民営化の見直しの人事に対してはかなり批判的で、見直すという事が何をどこまで見直すのか全くわからないままにただ、見直しとばかり言っています。「郵政民営化見直し」と言うと、郵政民営化そのものを見直して元の官営化に戻すのか? という事になり、さすがにそれはないだろうという事で、では、民営化のやり方の見直しなのか? という事になります。見直しはするけれどもいままで竹中さんが中心になってつくってきた小泉時代からのプラン、つまり四分社化という事になりますが、郵貯、簡保については株式も全部民間に売ってしまうというやり方がよくないので、民営化はするけれども、そのやり方は見直すという事なのか、それさえも本当の事はまだよくわからないのです。色々な考え方がありますが、例えば、四分社化は止めて三分社化なのか、以前の議論で有力だった事は、郵貯、簡保については地域分割、つまり、北海道、東北、関東というように地域ブロックによって分割をして、豊富な資金力をもって地域の金融をバックアップする存在にするという事だったのです。つまり、全国的に民営化をしないという考え方があったわけです。しかし、この考え方はいつの間にか消えてしまいました。亀井さんの言葉の端々を聞くと、地域分割には賛成だというような事も言っていて、見直しという事にそこまで含まれるのかどうか、なんだかよくわからないわけです。中身がよくわからないままに社長の交代が先に行われてしまうのは一体どうなのだろうかという事がとても疑問に思います。これは鳩山さんが丸投げ的に亀井さんに委ねてしまったので、亀井さんとしてはあのお人柄ですからパフォーマンスと言いますか、「俺は鳩山に言われてやっているのではないぞ。俺に信念に基づいてやっているのだ。俺の実力をみてみろ」というようなひけらかしもあって、ひとりで暴走気味になっている部分もあるのではないかと少し心配にもなります。

<後半>

<高野孟の趣味的万華鏡〜お薦めCD>

暁 > 「趣味的万華鏡」のコーナーです。今回は「お薦めのCD」についてお話を伺います。

高野> クラシック・ギター奏者の第一人者のひとりと言ってもよいと思いますが、津田昭治さんの新しいアルバム「ギター・ソロで弾くJ.S.バッハ名曲集」(現代ギター社より発売)です。

暁 > 高野さんは個人的にお好きで以前より聴かれていたのでしょうか? 津田さんとは面識があるのですか?

高野>  津田さんとは高校の同級生で、ブラスバンド部で一緒だったのです。彼はクラリネットを吹いていて、コンサートマスターもやっていました。その前から彼はギターを弾いていて、結局、大学を卒業してギターのプロになりました。ヤマハの音楽教室でギター教室が全国に展開していますが、彼はそのギターの先生たちを教える先生なのです。時々、ソリストとしてCDを出したりしたり、コンサートを開いたりしています。

暁 >  高野さんはブラスバンド部で何を演奏されていたのですか?

高野>  私はサックスをやっていました。

暁 >  高野さんは本当に何でもお出来になるのですね。

高野>  バッハはギターの曲を作曲しているわけではありませんが、バッハの曲はギターにとてもよく合います。津田さんはバッハの有名な曲をギターによって弾くように自分で編曲をしています。
 最近はだんだん寒くなってきましたので我が家はたまに夜になると薪ストーブを焚いて、その火を見ながらギターのバッハを聴くとなかなかよくて、お酒もすすみますね。