PROGRAM  No.2017-046  11/16〜11/20  ON AIR
写真:坂崎幸之助 ←クリック 『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』
第151回
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今回は「ヒ」で始まるアーティストの6回目。ラインナップは・・・

『ピーチズ&ハーブ(Peaches & Herb)』
★1965年、アメリカ・ワシントンDCで結成されたR&B男女デュオ。
結成当初から、男性はずっとハーブ・フェイム(Herb Fame)が担当していますが、女性メンバーのピーチ(Peach)さんは、時代と共に交替していきます。
公表されている資料では、これまで7人以上の女性ピーチ(Peach)さんが参加。
 ♪恋の仲直り(Reunited)
  *1979年・全米1位を記録。ピーチズ&ハーブにとって最大のヒットシングル。
  *当時はディスコでのチークタイム定番曲でした。
  *この曲の“ピーチさん役”の女性は3代目でリンダ・グリーンという元モデルの方が担当。

『ビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)』*前編*
★1961年、カリフォルニア州ロサンゼルス郊外のホーソンで結成。
メンバーは「ブライアン」「デニス」「カール」のウィルソン兄弟、それに従兄弟の「マイク・ラヴ」と、ブライアン・ウィルソンの高校の友人「アル・ジャーディン」。
最初グループ名は【ペンデルトーンズ】でしたが、マネージャーを担当していたウィルソン兄弟の父親「マレー・ウィルソン」が、地元の友達のレーベル(CANDIX)と契約。
デビュー曲を出すにあたって、父親マレーの独断で【ザ・ビーチ・ボーイズ】というグループ名に変更。
 ♪サーフィン(Surfin')
  *彼らの記念すべきデビューシングル。
  *1961年発売。地元のラジオ局から火がつき翌1962年・全米75位まで上昇。
★地元のマイナーレーベルからのデビューということで、全米では75位だったものの、商売上手な父親のマレー・ウィルソンは、このシングルをきっかけに大手のレコード会社 ≪キャピトル・レコード≫との契約に成功。
 ♪サーフィン・サファリ(Surfin' Safari)
  *キャピトルからの移籍第1弾シングル
  *1962年・全米14位を記録。
★初期ビーチ・ボーイズの曲は、当時の西海岸の若者たちのライフスタイル“サーフィンや自動車等の遊び”をテーマにしたもので、曲作りのメインはブライアン・ウィルソン。
ドゥワップやロックンロールをルーツに持つブライアン、1963年に初期の代表曲となる楽曲を作ります。
 ♪サーフィン・U.S.A.(Surfin' U.S.A.)
  *1963年・全米3位を記録。
  *ちなみに、この曲はチャック・ベリーの1958年の大ヒット曲
   「スイート・リトル・シックスティーン」に似ているということで盗作騒ぎが起こって
   訴訟問題となりました。
   ですが、ブライアン自身「“スイート・リトル・シックスティーン”をベースに作った」と語り、
   チャック・ベリーに印税の半分を支払うことで解決しています。
★ブライアン・ウィルソンが目指したのは「ロックンロールする【フォー・フレッシュメン】」。
子供の頃、母親が運転するカーラジオから流れてきたフォー・フレッシュメンの「デイ・バイ・デイ」を聞き、トリコになったそうです。
そんな【フォー・フレッシュメン】を彷彿させるバラードがこの曲↓。
 ♪サーファー・ガール(Surfer Girl)
  *1963年・全米7位。
★シングル曲と同名のアルバム『サーファー・ガール』からプロデュースも務めるようになったブライアン。
この時の年齢は21歳!
1964年に、ビーチ・ボーイズにとって初の全米ナンバーワンが誕生しました。
 ♪アイ・ゲット・アラウンド(I Get Around)
  *1964年・全米1位。
★プロデュースをはじめ、音楽的にトップに立ったブライアン・ウィルソンは、尊敬するフィル・スペクターの “ウォール・オブ・サウンド” を取り入れたり、 レコーディングに優秀なスタジオ・ミュージシャン達(レッキング・クルー)を使ったアルバム『オール・サマー・ロング』 『ビーチ・ボーイズ・トゥディ』 『サマー・デイズ』を立て続けに発表。
 ♪ヘルプ・ミー・ロンダ(Help Me Rhonda)
  *1965年、ビーチ・ボーイズにとって2曲目の全米1位。
  *グループ内で唯一血のつながらないアル・ジャーディンがリードボーカル。

●次回のSYDFはビーチ・ボーイズの中編です。お楽しみに!