PROGRAM  No.2017-032  08/10〜08/14  ON AIR
写真:坂崎幸之助 ←クリック 『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』
第144回
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今回は「ハ」で始まるアーティストの12回目!
ラインナップは・・・

『パール・ジャム(Pearl Jam)』
★1990年、ワシントン州シアトルで結成された男性5人組のロックバンド。
デビュー当時は『ニルヴァーナ』と共に“オルタナティヴ・ロック”の中心的グループとして注目を集めます。
当時アメリカ各地から、数々のオルタナ系のバンドが出ましたが『パール・ジャム』は、『ニルヴァーナ』などと一緒に“シアトル系”“グランジ系”として大人気に!
そんなオルタナ、グランジ系の代表的なバンド『パール・ジャム』はアルバム4枚が全米アルバムチャート初登場1位。
グラミー賞でも「最優秀ハードロックグループ賞」受賞し大成功を収めています。
 ♪ラスト・キッス(Last Kiss)
  *1999年・全米2位を記録。
  *元々はファンクラブ向けのクリスマスソングとしてレコーディングされ、
最大のシングルヒットとなった曲。

『バリー・マニロウ(Barry Manilow)』
★1943年6月17日、ニューヨーク・ブルックリン生まれ(74歳)
本名:バリー・アラン・ピンカス(マニロウというのは母親の旧姓) 子供の頃から、ジャズやスウィングのレコードを聴き、高校卒業後は名門ジュリアード音楽院に入学。
勉強のかたわら、TVドラマやミュージカル、そして有名なコーラ&世界的なハンバーガーやフライドチキンのチェーン店などのCMソングの作曲で金銭的には大成功を収めています。
そんな彼がシンガーソングライターとしての活動を本格的にスタートしたのは1973年のデビューアルバム『バリー・マニロウ』から。セールス的には苦戦したものの業界的には注目を集めました。
そして翌1974年リリースの2ndアルバム『バリー・マニロウ2』からのシングルは見事大ヒットを記録。
 ♪哀しみのマンディ(Mandy)
  *翌1975年・初の全米1位。
  *作曲:スコット・イングリッシュ、作詞:リチャード・カーという職業作家チームによるもの。
★シンガーソングライターのバリー・マニロウとしては、この「哀しみのマンディ」は自分で作った曲ではないので、レコーディング当初はかなり抵抗があったとか。
そんな思惑とは反対に、1975年3枚目のアルバム『歌の贈りもの(Tryin' To Get The Feeling)』からもバリーの代表曲となるヒットが生まれています。
 ♪歌の贈りもの(I Write The Songs)
  *1976年・全米1位。
  *ビーチ・ボーイズにも参加したブルース・ジョンストン作。
★「哀しみのマンディ」同様「歌の贈りもの」も自分の曲ではなかったため最初は抵抗したそうですが、「せめてアレンジとプロデュースはやらせて欲しい」 ということでレコーディングを実行。
ちなみに1976年の4枚目のアルバム『想い出の中に(This One's For You)』からの「想い出の中に」もリチャード・カーとウィル・ジェニングスという職業作家チームによる曲ですが全米1位を記録しています。
そんな彼が自分で作った歌で、最も有名なのが1978年発売のアルバム『愛と微笑みの世界(Even Now)』収録の次の曲です。
 ♪コパカバーナ(Copacabana)
  *1978年・全米8位。
★1970年代、80年代、90年代、そして2000年代に入っても次々に話題のアルバムをリリース、どれもが大ヒット。 そしてコンサートも精力的に行なっています。
 ♪ワン・ヴォイス(One Voice)
  *1979年発表のアルバム『ワン・ヴォイス(One Voice)』から。
   発売当初からライヴでは会場全体で大合唱される大定番の名曲。
  *バリー自身による多重録音のア・カペラ曲。シングルカットはされてません。
★つい先日も、この坂番ではバリー・マニロウの最新作を紹介したばかり。
まだまだ元気に活動中です。

『ハロルド・フォルターメイヤー(Harold Faltermeier)』
★1952年10月5日、ドイツ・ミュンヘン出身の映画音楽作曲家。
6歳からピアノを習い始め、1978年にドナ・サマーなどのプロデューサーとして有名なジョルジオ・モロダーに認められ、アメリカに渡ります。
そして1980年代、シンセサイザーを駆使したセッションキーボード奏者として活躍後、映画音楽の世界へ。
彼を一躍有名にしたのが、1984年に公開され世界的な大ヒットとなったエディ・マーフィー主演の映画『ビバリー・ヒルズ・コップ』。
このサントラ盤からはグレン・フライ「ヒート・イズ・オン」をはじめ数々の収録曲がシングルカットされヒット。
音楽監督をつとめたハロルド・フォルターメイヤーが作ったエディ・マーフィー演じる「アクセル・フォーリー」のテーマ曲も大ヒット!
 ♪アクセル・フォーリーのテーマ(Axel F)
  *シングルカットされた1985年・全米3位まで上昇。

『ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツ(Harold Melvin & the Blue Notes)』
★1939年6月25日、ペンシルベニア州フィラデルフィア出身のハロルド・メルヴィンが中心となり結成した男性5人組のソウルグループ。
最初はなかなかヒット曲が出なかったもののメンバー交替を繰り返し、1970年に3代目のリードシンガー/テディ・ペンダーグラスを迎えたあたりから、数々のヒット曲が誕生。
そんな彼らの代表曲であり最高のヒットとなったのが次の曲。
 ♪二人の絆(If You Don't Don't Know Me By Now)
  *1972年・全米3位を記録。
★1976年、リードシンガーのテディ・ペンダーグラスがソロ活動のため脱退。
グループの存続も危ぶまれましたが約20年後の1997年にハロルド・メルヴィンが亡くなるまで継続しています。