PROGRAM  No.2016-044  10/27〜10/31  ON AIR
坂崎幸之助 ←クリック 『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』
第128回
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今回は「ニ」で始まるアーティストの3回目。
ラインナップは・・・・

『ニュー・ヴォードヴィル・バンド(The New Vaudeville Band)』
★1966年、イギリスのソングライターで、プロデューサーの「ジェフ・スティーヴンス」がスタジオミュージシャン達と作ったグループ。
ジェフ・スティーヴンスが作った1920年〜30年代の英国・ミュージックホールスタイルの曲がいきなり大ヒット!
TVやラジオ、雑誌の取材、ライヴのため急遽スタジオミュージシャンを集め「ニュー・ヴォードヴィル・バンド」という名前の架空グループを立ち上げました。
この話題となった曲は本国・全英チャート4位、全米チャートでは3週連続のナンバーワンを獲得。
 ♪ウィンチェスターの鐘(Winchester Cathedral)
  *1966年・全米1位。この曲は「最優秀ロックンロールレコード」を受賞。
★このグループの設立メンバー、ジェフ・スティーヴンスは、ソングライターとして、フライング・マシーンの 「笑って!ローズマリーちゃん」やキャロル・ダグラスの「恋の診断書」等のヒット曲を作っています。

『ニュー・シューズ(Nu Shooz)』
★1979年、アメリカ・オレゴン州ポートランドで結成された「ジョン・スミス&ヴァレリー・デイ夫婦」が中心になって結成したダンスポップユニット。
最初は12人という大所帯でスタートし、その後7人組へ。
1982年レコードデビュー。1986年に発表した2ndアルバム『プールサイド』からの1stシングルが地元ポートランドのラジオステーションでヘヴィローテーションされ全米で大ヒットを記録。
 ♪アイ・キャント・ウエイト(I CanT Wait)
  *1986年・全米3位。

『ニルヴァーナ(Nirvana)』
★1987年、アメリカ・ワシントン州アバディーンで「カート・コバーン」を中心に結成された3人組。
1980年代後半に注目されたグランジシーンで「ニルヴァーナ」は注目バンドとして1989年インディーズデビュー。
翌1990年、ゲフィンレコードが契約。1991年にリリースしたアルバム『ネヴァーマインド(NEVERMIND) 』は全米アルバムチャートで見事1位。
 ♪スメルズ・ライク・ティーン・スピリット(Smells Like Teen Spirit)
  *アルバム『NEVERMIND』からのシングル。
  *1991年・年末にチャートイン。翌1992年・全米6位まで上昇。
  *アルバム『NEVERMIND』は全世界で4000万枚以上のセールスを記録しています。

『ニール・セダカ(Neil Sedaka)』
★1939年3月13日、ニューヨーク州ブルックリン生まれ、ポピュラー音楽界を代表するシンガーソングライター。
子供の頃からピアノをはじめ、高校時代には友達と「トーケンズ」を結成。但し、ニールは「ライオンは寝ている」 がヒットする前に脱退しプロの音楽家の登竜門ともいうべき≪ジュリアード音楽院≫へ進学。
最初はソングライターとしてスタート、1958年、当時大人気の女性アイドル「コニー・フランシス」に提供した「間抜けなキューピッド(Stupid Cupid)」が全米14位まで上昇、 ヒットしたことで注目を集め、RCAビクターとシンガーソングライターとして契約。
そしてデビュー曲「恋の日記(the Diary)」が全米14位を記録する大ヒット。
その後、次々にシングルヒットを飛ばし「ポール・アンカ」と並ぶ男性トップアイドルとなります。
 ♪おお!キャロル(Oh! Carol)
  *1959年・全米9位を記録
  *ガールフレンドだった「キャロル・キング」に捧げた曲。
★この「おお!キャロル」のカップリングとして急遽作られたのが「恋の片道切符(One Way Ticket)」という曲。
この曲は忙しかった「ニール・セダカ」にかわって職業作家の「ハンク・ハンター」と「ジャック・ケラー」の2人が、 当時のヒット曲のタイトルを散りばめて作っています。
日本では「これがB面じゃ、もったいない!」と、レコード会社が日本独自のシングルとしてリリース。
歌詞の分かりやすさと哀愁に満ちたメロディ&ニール・セダカの独特のボーカルで大ヒットを記録しました。
 ♪恋の片道切符(One Way Ticket)
  *日本では平尾昌晃さんのカバー共々大ヒット!
★デビューから約4年の間に、10数曲のシングルヒットを放った「ニール・セダカ」。
全世界で大ヒットする曲を発表し続けます。
 ♪カレンダー・ガール(Calendar Girl)
  *1961年・全米4位まで上昇。
 ♪悲しき慕情(Breaking Up Is Hard To Do)
  *1962年・初の全米1位。
  *1975年にアレンジを変えセルフカバーしたバージョンも大ヒットしています。
 ♪雨に微笑みを(Laughter In The Rain)
  *翌1975年・全米1位。「悲しき慕情」に続く2曲目の全米ナンバーワンに。