PROGRAM  No.2016-012  03/17〜03/23  ON AIR
坂崎幸之助 ←クリック 『坂番洋楽データファイル(略してSTDF)』
第116回
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今回で4回目の「ト」で始まるアーティスト特集。ラインナップは・・・

『ドナ・サマー(Donna Summer)』
★1948年 12月31日・アメリカ・マサチューセッツ州ボストン生まれ。
子供の頃から教会で歌い始め、高校卒業後ニューヨークで本格的な歌と芝居の勉強をスタート。
1968年、当時 世界的に大流行していたミュージカル『ヘアー』のヨーロッパ公演に出演、芸能界デビュー。 この成功により拠点をドイツへ。
1970年代、ヨーロッパでのディスコを牽引したプロデューサー「ジョルジオ・モロダー」に見そめられ、 (セックスシンボル的意味も込めて)「ディスコ・クイーン」として次々とヒットを放ちます。
 ♪愛の誘惑(Love To Love You Baby)
  *ドナ・サマーの出世作
  *1975年ドイツをはじめ全ヨーロッパで大ヒット。全米では翌76年に2位を記録。
★「ディスコ・クイーン」として大人気だったドナ・サマーですが元々教会でゴスペルを歌っていた彼女、その歌唱力をディスコミュージックと融合させていきます。
 ♪マッカーサー・パーク(MacArthur Park)
  *リチャード・ハリスが1968年に大ヒットさせた曲のカバー。
最初は朗々と歌い途中からディスコミュージックに変身させるアレンジで初の全米No.1を獲得。
★初の全米ナンバーワンとなった「マッカーサー・パーク」を皮切りにディスコ以外の要素を取り入れるようになったドナ・サマー。
その代表的な曲が1979年の「ホット・スタッフ」。
ドゥービー・ブラザーズ等でも有名な、ジェフ・スカンク・バクスターのギターを大胆に使いグラミー賞の「最優秀女性ロック歌手賞」を受賞し、 もちろんチャートアクションでも1位を獲得。
 ♪ホット・スタッフ(Hot Stuff)
★1979年に3曲の全米1位、その他2位と4位を1曲ずつ獲得しています。2曲目のNo.1が次の曲。
 ♪バッド・ガール(Bad Girls)
★1979年のNO.1ヒット3曲は、バーブラ・ストライサンドとのデュエット曲。
どちらかというと「ディスコ・クイーン」ということで音楽的には、やや軽んじられてたドナ・サマーが歌唱力はもとより、 音楽的にも最高峰のバーブラ・ストライサンドに認められたこの曲は話題性も含め、一気にナンバーワンになりました。
 ♪ノー・モア・ティアーズ(No More Tears)withバーブラ・ストライサンド
★この他、たくさんのヒットを放ったドナ・サマーですが2012年5月17日肺ガンのため63歳という若さで亡くなっています。

『トニー・オーランド&ドーン(Tony Orlando & Dawn)』
★16歳の時、「モンキーズ」を育てた、ドン・カーシュナーに発掘され歌手デビューしたトニー・オーランド。
なかなか歌手としてはヒットが出ず、何とか音楽出版社で作家としての仕事で食いつなぐ日々でしたが「恋するキャンディダ(Candida)」のデモテープを作成、 レコード会社に聴かせたところ好評でレコード化。
グループ名も適当に「ドーン」(意味は「夜明け」)と付けてリリース。なんと全米3位となる大ヒット。
その波に乗って2ndシングルとしてリリースしたのが次の曲。
 ♪ノックは3回(Knock Three Times)
  *1971年、全米1位。
★このヒットで各メディアからゲスト・インタビュー・ライヴと様々な仕事が舞い込みますが元々、実体のないグループとしてスタートしたため、 トニー・オーランドがグループの顔となり2人のメンバーを集め3人組のボーカルグループとしての≪ドーン≫に。その後、4人組となったり7人組となったりしていますが、 本国アメリカでは、グループ名(ユニット名)も最初の≪ドーン≫から≪ドーンfeat. トニー・オーランド≫、そして≪トニー・オーランド&ドーン≫と変わっています。(日本での名義は1975年までドーンでした)
 ♪幸せの黄色いリボン(Tie A Yellow Ribbon Round The Ole Oak Tree)
  *1973年、全米1位。
   ニューヨークポストのピート・ハミルが書いたコラム「刑期を終えて出所した男がバスに乗って、
   妻のいる家に帰る。もし妻が今でもそこで待っていてくれるのなら庭にある樫の木に黄色いリボンを
   結んでくれていることになってるのだが・・・」という実話が元になっています。
  *山田洋次監督・高倉健さん主演の映画『幸せの黄色いハンカチ』のモチーフとなったと言われている曲。