PROGRAM  No.2015-049  12/3〜12/9  ON AIR
写真:坂崎幸之助 ←クリック 『坂番洋楽データファイル
(略してSYDF)』第112回
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15回目となる「テ」で始まるアーティスト特集、今回でやっと「テ」終了。
「テ」の最後を飾ったのは・・・・

『テレンス・トレント・ダービー(Terence Trent D'Arby)』
★1962年3月15日、アメリカ・ニューヨーク州マンハッタン生まれ。
高校時代、ボクシングの才能を発揮。卒業後、陸軍に入隊。
しかし、ボクシングにも軍隊にも失望しドイツへ逃亡。
その逃亡先でバンド活動をスタート。
1986年、コロンムビアレコードと契約。
翌1987年にリリースしたデビューアルバム『T.T.D.(Introducing The Harline According to Terence Trent D'Arby) 』は、ロック、ファンク、 ゴスペルなど様々なジャンルの音楽性で、何と発売3日間で100万枚の売上を達成。
 ♪ウィッシング・ウェル(Wishing Well)
  *世界での累計売上1200万枚を突破したデビューアルバムから
    のシングル
  *1988年、全米シングルチャート1位を記録。
★このデビューアルバムのヒットで、グラミー賞≪最優秀R&B男性歌手賞≫を受賞。
その後、3枚のアルバムをリリースするも、売上も降下しレコード会社を離れます。
2001年、夢のお告げで名前を「サナンダ・マイトレイヤ」に改名。
現在も音楽活動を続行中。

『10cc』
★1972年、イギリス・マンチェスターで結成された4人組。
メンバーは グレアム・グールドマン、エリック・スチュワート、ロル・クレーム、ケヴィン・ゴドレイ。
それぞれバンド、ソングライター、スタジオミュージシャンとしての経験を積んで結成されたのが「10cc」。
1972年8月、ビートルズの「オー!ダーリン」をドゥーワップにしたような曲でデビュー。
 ♪ドナ(Donna)
  *1972年、全英シングルチャート2位を記録。
★翌1973年のデビューアルバム『10cc』からの3rdシングル「ラバー・ブレッツ」が全英1位を記録したものの全米では73位止まり。
そんな彼らの起死回生のアルバムが、1975年の通算3枚目となる『オリジナル・サウンドトラック』。
架空の映画のサウンドトラック盤というコンセプトで作られたアルバムで全英アルバムチャート4位、全米でも15位を記録。
 ♪アイム・ノット・イン・ラヴ(I'm Not In Love)
  *1975年、英1位、全米2位と大ヒット。
★翌1976年、4枚目のアルバム『びっくり電話(How Dare You!) 』リリース。
この頃から、バンドとしてライヴやツアーを重視する グレアム・グールドマンとエリック・スチュワートの2人と、スタジオでのレコーディングを中心にアルバム作りを重視するケヴィン・ゴドレイとロル・クレームの2人が対立。特に、ゴドレイ&クレームは、マサチューセッツ工科大学の協力で開発したギター・アタッチメント「ギズモ」のプロモーション、デモンストレーション・アルバムの制作に没頭、「10cc」からの脱退を発表。
グレアム・グールドマンとエリック・スチュワートの2人になった「10cc」はサポートメンバーを迎え、1977年に5枚目のアルバム『愛ゆえに』を完成。
 ♪愛ゆえに(The Things We Do For Love)
  *1977年、全英6位。全米5位を記録。
★脱退した2人(ケヴィンとロル)は≪ゴドレイ&クレーム≫として活動。
10ccに残ったグレアム・グールドマンとエリック・スチュワートは、4人のサポートメンバーを加え6人組となり精力的にライヴ活動を行ないます。
しかし1981年、メンバーの脱退を機に再びグレアム&エリックの2人となり、スタジオミュージシャンと共にアルバムを制作しますが、ツアーの不調などもあって約10年に渡る「10cc」も停止(ほぼ解散)。
その後グレアム・グールドマンは、アンドリュー・ゴールドと≪ワックス≫というユニットを組んだり、エリック・スチュワートは旧友のポール・マッカートニーのレコーディングに参加したりしています。

なお、2002年、そして2012年、グレアム・グールドマンは「10cc」結成30周年と結成40周年を記念したツアーを、エリック以外の元メンバーたちと行なっています。

『テンプテーションズ(The Temptations)』
★1960年、アメリカ・ミシガン州デトロイトで結成された5人組の男性ソウルグループ。
1961年、モータウンレコードからデビュー。
実力はあるのに、デビューから4年ほどヒット曲に恵まれませんでした。
しかし≪ミラクルズ≫で大成功しソングライターとしても次々にヒットを放つスモーキー・ロビンソンが提供した曲が初の全米ナンバーワンとなります。
 ♪マイ・ガール(My Girl)
  *1965年、全米1位。
★デビューから3年目に、1回目のメンバー交替が行われ、この時、新加入したデヴィッド・ラフィンが「マイ・ガール」のリードボーカルを担当。
それから4年後に、そのデヴィッド・ラフィンがソロ活動のため脱退。
何度もメンバーチェンジを繰り返しつつ、活動を続行。
1969年、2曲目の全米ナンバーワン「アイ・キャント・ゲット・ネクスト・トゥ・ユー」、1971年には3曲目の全米ナンバーワンを放っています。
 ♪ジャスト・マイ・イマジネーション(Just My Imagination) 
  *1971年、全米1位。
★翌年1972年通算4曲目となる全米ナンバーワンを放ちます。
非常にメロディアスだった「マイ・ガール」とは違うソリッドなファンクナンバーで後に、多くのアーティスト達からもサンプリングやカバーされています。
 ♪パパ・ウォズ・ア・ローリン・ストーン(Papa Was A Rollin' Stone)
  *1972年、全米1位。
★2013年、グラミー賞で「特別功労賞」を受賞したテンプテーションズ。
現在も、デビュー当時からのオリジナルメンバー:オーティス・ウィリアムス率いる≪テンプテーションズ≫として現役グループとして活動しています。