PROGRAM  No.2013-042  10/17〜10/21  ON AIR
写真:坂崎幸之助 ←クリック 『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第80回 << top

「ス」で始まるアーティスト特集、今回で5回目。
今回は、3組の「スティーヴ」さんをピックアップしました。

『スティーヴ・ウィンウッド(Steve Winwood)』
★1948年5月12日、イギリスはバーミンガム出身(現在65歳) 本名/スティーヴン・ローレンス・ウィンウッド。
兄のマフ・ウィンウッド率いる「スペンサー・デイヴィス・グループ」に15歳で参加。 リードボーカルをはじめ、リードギター、キーボードと、 天才ぶりを発揮。その後、クリス・ウッド、ジム・キャパルディ、デイヴ・メイソンと「トラフィック」を結成。さらにその後「ブラインド・フェイス」に参加。
して1977年に初のソロアルバム『スティーヴ・ウィンウッド』をリリース。
1981年に発表した2ndアルバム『アーク・オブ・ア・ダイバー』は全米アルバムチャート最高3位まで上昇し、全世界で700万枚以上のセールスを記録。
   ♪ユー・シー・ア・チャンス(While You See A Chance)
    *『アーク・オブ・ア・ダイバー』からのシングルカット
    *1981年、全米7位を記録。
★3枚目のアルバム『トーキング・バック・トゥ・ザ・ナイト』に続いて1986年にリリースされたアルバム『バック・イン・ザ・ハイ・ライフ』 がグラミー賞で3部門受賞という大ヒットを記録。
   ♪ハイヤー・ラヴ(Higher Love)
    *全米シングル・チャート1位を記録。
★5枚目のアルバムの前に出されたベストアルバム『クロニクルズ』では、以前リリースしたもののヒットしなかったシングルをリミックスして発表。 すると、以前リリースしたときには70位までしか上昇しなかった曲が、9位まで上昇するヒットに!
   ♪青空のヴァレリー’87(Valerie)
★通算5枚目となるアルバム『ロール・ウィズ・イット』は全米アルバムチャート1位を記録。
   ♪ロール・ウィズ・イット(Roll With It)
    *アルバム『ロール・ウィズ・イット』からのシングル曲
    *シングルももちろん全米1位を獲得。

『スティーヴ・フォーバート(Steve Forbert)』
★1954年12月15日、アメリカはミシシッピ州メリディアン生まれ。
デビュー当初「新しいボブ・ディラン」「ポスト・ブルース・スプリングスティーン」と期待されたものの商業的にはヒットせず。
しかし、1979年にリリースされた2ndアルバム『ジャックラビット・スリム(Jackrabbit Slim) 』からのシングル曲がヒット!
   ♪ロミオの歌(Romeo's Tune)
★現在までアルバムを30枚ほどリリースし、ライヴも精力的にこなし、今年3月には33年ぶりの来日公演も行なっています。


『スティーヴ・ペリー(Steve Perry) 』 ★1949年 1月22日、アメリカはカリフォルニア州ハンフォード出身(64歳)。
1970年代初めから音楽活動をスタート。
ローカルバンドのボーカリストとして活動していましたが、なかなか芽が出ず、一時は故郷に戻って農業をやってたそうです。
そんな彼の転機となったのが・・・・
当時、2代目ボーカリストを探していた「ジャーニー」のマネージャーが、たまたま聴いたスティーヴ・ペリーの歌声に惚れ込んだことで、「ジャーニー」に加入することに。
1978年の『インフィニティ』からジャーニーに参加。
ジャーニーは音楽的にも、初期のプログレ風からポップロック路線へと変化を遂げ、アルバム・シングル共に次々とヒット。ライヴもスタジアム規模で大成功。
そしてスティーヴ・ペリーは同時にソロ活動もスタート。
最初のソロとしての仕事となったのが、この曲。
   ♪サンライズ・パーティ(Don't Fight It)/ケニー・ロギンス&スティーヴ・ペリー
★スティーヴ・ペリーにとって、正真正銘のソロシングルとなったのは1984年リリースのこの曲。
   ♪Oh,シェリー(Oh Sherrie)
    *1984年、全米3位を記録。
★ソロとしては、「オー・シェリー」を含む『ストリート・トーク』('84) に続き、1994年の『ストレンジ・メディスン』の2枚をリリース。
病気療養のため、1998年、「ジャーニー」を脱退。
近年は、アニメや映画の主題歌提供や、プロデュース等の活動を続けています。