PROGRAM  No.201-045  11/08〜11/13  ON AIR
写真:坂崎幸之助 ←クリック 『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第64回 << top

今年に入りSYDFはず〜っと「シ」で始まるアーティスト特集ですがまだまだ続きますよぉ!
『ジャニス・イアン(Janis Ian)』 ★1951年 4月7日、アメリカはニューヨーク出身。 14歳の時に作った人種差別を批判した曲「ソサエティーズ・チャイルド」で16歳の時にデビュー。
20歳を前にカメラマンと結婚、半ば芸能界を引退するも長続きせず離婚。
1972年、以前書いた曲「ジェシー」をロバータ・フラックが歌いヒット。
これをキッカケに1974年、ジャニス・イアンは現役復帰。
1975年に発表したシングル「17才の頃」が大ヒット!
  ♪17才の頃(At Seventeen)
★日本では1976年ドラマ『グッバイ・ママ』に「Love Is Blind」が使われたり、1977年のドラマ『岸辺のアルバム』 の主題歌に起用されるなど、日本でも彼女の人気は決定的なものになります。
  ♪ウィル・ユー・ダンス(Will You Dance?)
   *ドラマ「岸辺のアルバム」主題歌
   *この曲が収録されたアルバム『奇跡の街』は日本でもミリオンセラーを記録。
★私生活では2度目の結婚にも失敗。健康面でも不調が続き、80年代はほとんど活動していなかったジャニス・イアンですが、 90年代に入り、本格的な音楽活動を再開。
2003年、「同性愛者」ということをカミングアウト、14年間付き合っていた弁護士の女性とカナダで結婚しています。

『ジャニス・ジョプリン(Janis Joplin)』
★1943年1月19日、アメリカ・テキサス州ポートアーサー出身。
子供の頃からブルースを聴いて育つ一方、地元の聖歌隊に参加。
高校時代、友達の影響でブルースやフォークにのめり込む。
大学をドロップアウトした1963年、ヒッピー文化の中心地サンフランシスコで フォークシンガーとして活動をスタート。
(この頃から麻薬の常習も始まったと言われています)
1966年、地元で人気のビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディンク・カンパニーにシンガーとして参加。
1967年にリリースしたバンド名をタイトルにしたアルバムは残念ながら不発に終わるも、バンドはモントレー・ポップ・フェスティバルに出演。
圧倒的なボーカルのジャニスは一躍注目を浴び、1968年、バンドとして発表したアルバム『チープ・スリル』が大ヒット。
翌1969年、自分のバンドを作りアルバム『コズミック・ブルースを歌う』を発表し、1970年、名盤『パール』の制作に入ります。
しかし、そのレコーディング中、1970年10月4日、ロサンゼルスのホテルで27歳という若さで亡くなってしまいます。
  ♪ジャニスの祈り(Move Over)
   *アルバム『パール』から。全米アルバムチャートで1位を記録。
  ♪ミー・アンド・ボビー・マギー(Me And Bobby McGee)
   *アルバム『パール』から。 
     1971年、全米シングルチャートで1位を記録。

『ジャーニー(Journey)』
★1973年、サンタナ・バンドに参加していた ニール・ショーン(G) とグレッグ・ローリー(Key) を中心にサンフランシスコで結成。
当初、「インスト中心のプログレバンド」を目指していましたが、その音楽的方向性が時代に合わなかったこともあって最初の3枚のアルバムは不発。
そこで、一計を案じたマネージャーが強力なボーカリストを探し、2代目のボーカリストとしてスティーヴ・ペリーが参加。
1978年の『インフィニティ』、79年の『エヴォリューション』、80年の『ディパーチャー』と売り上げチャートが順調に上昇。
3枚連続で300万枚以上のセールスを記録。
  ♪お気に召すまま(Any Way You Want IT)
 *全米アルバムチャート8位となった『ディパーチャー』から。
  ♪クライング・ナウ(Who's Crying Now)
   *1981年リリース、900万枚以上の売上げを記録したアルバム『エスケイプ』から。
   *全米シングルチャート4位を記録。
  ♪オープン・アームズ (翼をひろげて)
   *アルバム『エスケイプ』から。
   *1982年、全米シングルチャート2位を記録。
  ♪セパレイト・ウェイズ(Separate Ways)
   *1983年リリース、600万枚のセールスを記録したアルバム『フロンティアーズ』から。
   *全米シングルチャート8位を記録。
★その後、スティーヴ・ペリーは体調不良などもあって脱退。
ボーカルはスティーヴ・ペリーと同じ声のスティーヴ・オージェリー→ジェフ・スコット・ソート→アーネル・ピネダと代わっています。