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木村剛(金融コンサルタント)×弘兼憲史(漫画家)

 
課長からスタートした島耕作シリーズ。現在は“取締役”にまで昇格した。
日本のサラリーマンの縮図とも言える、この人気漫画の裏には、どんな真実が隠されているのか、その著者に本音を聞いてみた。

島耕作のモデルとは・・・?
木村 「人気の『島耕作シリーズ』はサラリーマンの目から見たら、ちょっとうそ臭いかなと思うんですが……」
弘兼 「島耕作は、35歳のときに連載を始めたので、同じ年齢の35歳で課長という設定にしました。私と同じですから、今年57歳になります。部長にしたのは、私が以前勤めていた松下電器の同期が部長になり始めたころで、取締役にしたのは、大学の同期が取締役になり始めたころです」
木村 「じゃ、リアリティそのものだと?」
弘兼 「そうですね、リアリティそのものです。ただ、あれだけもてる奴は世の中にはいないでしょうけど(笑)」
木村 「島耕作は仕事第一人間でありながらイエス・マンではなく、自分なりのポリシーがあって、自分の思う所とは違う部署に行ったりしますが、またちゃんと帰って来ます。あれにもリアリティがあると?」
弘兼 「松下電器の社長に山下俊彦さんという方がおられましたよね」
木村 「10何人跳びで松下の社長になったと言われた……」
弘兼 「もっと跳びましたね。20何人跳んで、山下跳びと言われました。当時、山下さんは23番目くらいの末席の取締役でした。この方は、あまり組織の中になじんでいなくて、残業は一切しない、休日は絶対に休む、そういう我が道を行くというタイプだったそうです。ただし、仕事はきっちりやるというので、常務、専務を跳び越えて白羽の矢が当たったわけです。実はずっと就任を断っていたそうですが、酔っ払ったときに思わず“ハイ”と言ってしまって社長になったといういきさつがあります。企業ではイエス・マンばかりが出世するわけではなく、一匹狼でも出世するんだという、この事実に基づいて島耕作の話をつくりました」
木村 「なるほど。ところで漫画家として見たときに、どんな社長に魅力を感じますか?」
弘兼 「島耕作のシリーズの中に中沢社長という人物を描いて、この人を理想の上司という形にしました。かつて日本の企業というのは、上司と部下の間の距離がとても近かった時代があります。そのころは、会社を離れても社宅で過ごし、一生がそのまま会社でしたよね」
木村 「ほとんど24時間一緒ですからね」
弘兼 「隣の部長さんのお子さんが小学校に上がったら入学祝いを持って行ったり、仕事以外のところで密接にくっついていた時代がありました。そういう関係からもう離れたほうがいいと思っています。たとえば社宅制度はもう止めたほうがいい。社宅があると全く会社から抜け出せない人生を送ってしまいます。会社と自分のプライベートとは、付かず離れずのいい距離で過ごすべきだと思います」
   
高齢化社会を生き抜くための発想
木村 「私はこれから、団塊の世代の人たちがどういうふうにこの社会で活躍されていくのかということが大切になってくると思っているのですが」
弘兼 「日本のような高齢化社会というのは人類史上でも類を見ないと思います。その高齢化社会のコアになっている団塊の世代の人たちが、どのように消費するのかということをアメリカは虎視眈々と見ています。アメリカにも必ず日本と同じような高齢化社会が来ます。さらに大変なのは一人っ子政策をとっている中国です。これは悲惨ですよ。日本よりもっときついですから。これからどんどん世界が高齢化していく中で、日本がまず高齢化社会の先鞭をきり、どのように乗り切っていくのかというひな型をつくっていくと思います」
木村 「日本は高齢化社会の最先端国ですからね。1番速いですからね、スピードが」
弘兼 「だから介護ビジネスといった新しいビジネスを確立しておいて、他の国に輸出していけばいい」
木村 「いいですね。日本のサービスを輸出するというわけですね」
弘兼 「僕は、人間は価値観を変えることのできる唯一の哺乳類だと思っています。だから戦後の政府が言っていた“豊かな老後”というパラダイムを少し変えてみればいいんじゃないでしょうか。老後は貧しくてもいいと。年取って広い邸宅に住むと掃除も大変でしょう、それならフットワークのいい6畳2間くらいのアパートで問題ないと。食べる物もステーキとか天麩羅ではなくて、あったかいご飯に高菜のつけものとお味噌汁があればOKだと。でも物質的には貧しくても、やっぱり豊かなところは欲しいわけです。その豊かさとは、人間関係です。気の合う仲間が近くにいて、ちょっと素敵な異性がいたら、それで楽しい老後がおくれると価値観を変えたらどうでしょう。そうすればそんなにお金も必要ないし、老後のために一生懸命貯めてもしようがないという気になってくると思います」
木村 「私はよく、3つのPRということを言っています。3つのPRさえやれば高齢でも職はあります。人を欲しいと思っている人たちはいるわけですから。3つのPRとは、まず年収。いままでの年収が高すぎる。これはちょっと我慢する必要があります。次は、プライド。俺は部長だ、命令するだけで何をするわけでもない、これは変えてもらう必要がある。そしてプレスティージ。上場会社じゃなきゃ嫌だとか、それがなければもっと楽しい仕事はあるし、もっとやりがいのある人生が出てくると思います。価値観を変えられるということになると、団塊の世代が作るマーケットはもっとダイナミックになるんじゃないでしょうか」
弘兼 「以前、価値観を変える訓練を自分でやってみたことがあります。いままでずっと広島カープ・ファンだったのを巨人ファンになろうとやってみたんですが、やっぱり8月ころになると広島を応援していました(笑)。変えるのはなかなか難しいんですが、トライはできます。そういう柔らか頭で行きましょうということです。日本人はおそらく、世界の中でも1番柔らか頭だと思います。明治維新の後は、外国のいいとこ取りをしたじゃないですか。ちょんまげを切り、靴を履き、牛鍋を食べた。フランスの官軍の制服を採用し、議会はフランス式、憲法はドイツ式、鹿鳴館のような建物をどんどんつくって、あっという間に変わっていきました。日本人はいいとこ取りする柔らか頭を昔から持っていたと思います。私は今、団塊の世代の人たちがこれから厳しい老後に向かっていくときに、柔らか頭で価値観を変えてみようということを提案しているところです」
木村 「それはいいですね。そういう意味で言うと、いま話題なっているプロ野球はあまり柔らか頭じゃないですね」
   
漫画を通して伝えたいメッセージとは
木村 「弘兼さんが、これから漫画を通して訴えていきたいテーマやメッセージは何でしょうか?」
弘兼 「今、島耕作の取材で何度も中国に行っていますが、1年が日本の7年分くらいに相当するほど街が変わってきています。この変化を見ていると、日本の将来はこれからどうなるんだろうと……これは本当に怖いですね。経済の規模はまだ日本のほうが大きいわけですが、10年、20年後にはどうなるか分からない。日本は今、中国が大きくなっていく需要にかなり頼っているところがあります。中国が成長することで、日本の下っていくカーブを緩めることができる。これは日本だけではなく、韓国、台湾、ドイツもそうです」
木村 「私もたまに中国に行きますが、人々の勢いが違います」
弘兼 「中国はこれからアジアの盟主になり、日本と立場が逆転するかもしれませんが、中国と一緒に伸びることによって、日本経済も助かるということを認識すれば、日中うまくやっていけるんじゃないか、ということを漫画で描いていきたいと思います。島耕作も、最初は2年くらいで中国を離れる予定でしたが、まだまだ居させます。今、取締役ですから中国から戻ってきたら社長かなという感じで、あと2、3年は中国を追求してみようかと思っています」
木村 「日本では2年くらい前から、中国がいるかぎりデフレが直らないと言っていました。中国に全部工場が行ってしまって、日本は空洞化してしまうという議論をしてたときに、アメリカの友人に言われたのは“ようやく10年前の俺たちの気持ちが分かったか”ということです。“日本人は勤勉に働いているから物が売れる。貿易黒字で何が悪い。働かないアメリカ人が悪いと言ってたのに、中国が攻めてきたら、なぜ違うことを言うんだ”と。言われてみれば確かにそうなんです。冷静に考えると中国が成長することによって日本にもチャンスが生まれます。大切なのは、どうやってパートナー・シップを築くかということだと思うんです。敵・味方ではなくて」
弘兼 「中国はまだ技術開発の部分が弱く、DVDでも光ピックアップの部分は韓国製と日本製が使われています。テレビでもブラウン管をまだ独自に開発できないところもあります。いま中国ではテレビがもの凄く売れていますが、その売れている数だけ日本の部品も売れるわけです。そう考えると、中国と一緒になって成長することはできます。ただ、今は日本が開発部門で勝っていますが、中国の大学にはものすごく頭のいい連中がいます。単純計算で、日本の10倍は頭のいい学生がいるわけですが、その連中がいつか開発もできるようになると思います。その時、日本はどうなるか、それが恐怖ですね」
木村 「だから、先ほど弘兼さんが言われましたが、日本人の細やかな老人介護サービスを輸出するとか、あるいは漫画のコンテンツを含めたソフト産業の出番が来たのではないでしょうか」
弘兼 「中国はまだ著作権が野放し状態です。この間、映画のタイタニックのビデオを見ましたが、映画館で上映しているのをじか撮りした海賊版でした。だから、下の方に人間の頭が映っているんです。それにラストの方になると、微妙に画面が震えるんです。どうやら映している人が感動して泣いているからって言うんですけど……。新作映画がでたら3日後には海賊版が出回るそうですから、まだまだですね。でも、これからですよ。そうすると上海と北京だけで6億人の民が商圏に入るわけですからね。漫画にとっては大きいですね」
木村 「日本は戦略として、国として、コンテンツをどうするかという点が足りないんじゃないでしょうか?」
弘兼 「そうですね。韓国や台湾では、映画に対する投資がもの凄いですからね。でも最近日本でもやっと国がバックアップしてくれる姿勢になってきました。私もその委員になっています。これからは人材を育てなくてはいけません。僕は、偏差値の高い大学に正式に漫画科を設立したらいいと思っています。そうすれば、世に言う教育ママも“漫画ばかり読んじゃいけません”じゃなくて“東大の漫画科に行きなさい”となり、漫画家の人材がもっと広がるような気がします」
木村 「日本では漫画だけじゃなくて、コンテンツというかメディア論をやっている大学がほとんどありません。コンテンツをどう創るか、コンテンツをどうやって商売につなげていくかを考える人口が少ないのかもしれませんね」
弘兼 「そうですね。これからの商売だと思いますけどね」
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<木村 剛>
1962年生まれ。金融コンサルタント。85年東京大学経済学部卒後、現在は、経済同友会企業会計委員会委員長、内閣府経済動向分析検討チーム委員、金融庁「新しい中小企業金融の法務に関する研究会」委員などを務める。98年3月、金融サービスに関する総合コンサルティングを行うKFi株式会社の代表取締役社長に就任。小泉政権の竹中金融担当相が集めた不良債権処理のための金融プロジェクトチームのメンバー。

<弘兼憲史>
1947年9月9日生まれ。漫画家。
山口県岩国市出身。早稲田大学法学部卒業後、松下電器広告宣伝部に勤務。74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年『人間交差点』で第30回小学館漫画賞、91年に『課長島耕作』で第15回講談社漫画賞を受賞。妻は漫画家の紫門ふみ。
 
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