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VOLUME 02

風貌は夏目漱石!? 愛称はリンボウ先生 林 望(作家、書誌学者) 聞き手 西任白鵠(2004.3.1収録)

 
一見、夏目漱石が現代に飛び出してきたかのような風貌を持つ林望(リンボウ)先生。しかし苦悩のロンドン時代を送った漱石とは対称的に、リンボウ先生はイギリスを十分に堪能されたご様子。イギリスの食文化を綴った『イギリスはおいしい』(文春文庫)は、91年日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。そしてその経験が、今の作家生活の糧にもなっているようだ。

作家に至るまでの経緯〜物の見方について
西任 「リンボウ先生って呼ばれてますが、初対面でそうやってお呼びするのは、照れますね」
「そう照れずに…(笑)」
西任 「作家・書誌学者として知られているリンボウ先生ですけれども、みんなの中で馴染みがあるのは、やっぱり作家としてのリンボウ先生だと思うんですが。実際どれくらいの本を書いていらっしゃるんだろうかと思って、ざっと調べてみたんですが、ご自分で何冊くらいか把握されていますか?」
「70冊は超えていると思うんですが、文庫も入れると100冊くらいになっていると思いますね」
西任 「時々読みかえされることはあるんですか?」
「時々、必要に応じて。何書いたか忘れちゃったりしていることもあるんで」
西任 「本を書くっていうことはリンボウ先生にとって、どういうことなんですか?」
「高校生ぐらいのころから、ずっと作家・詩人になりたいと思っていたんですね。でも作家ってなかなかなれないでしょう。で、学問をやっていたんですよ。でもやっぱり物を書くことの方が、私には嬉しいと思って。それでたまたまイギリスへ日本文献の調査のために行きましたのが、1984年から87年にかけてなんですけど。行っている間にいろんなことを見聞して、でそれをちょっと書いてみないかって人がいたので」
西任 「そういう人がいらっしゃったのですか?」
「私の先輩方でね。つねづね私の書いた学術論文をお読み下さっていてね。無味乾燥な学術論文であるはずなのに、おまえのは非常に面白いって言って下さったんですよ。だから一般の人むけに書いたらもっと面白いものが書けるんじゃないかって、イギリスの食べ物とかそういうものについて書いてみたらどうだって。僕はもともと食べ物が大好きで、料理なんかも得意なもんですからね。じゃ、学者先生やら、雑誌記者には書けないような、イギリスの食べ物の事を書こうということで書いたのが、『イギリスはおいしい』なんですよ」
   
「書誌学」という学問とは?〜情報の整理について
西任 「リンボウさんは書誌学者。普通の人にはあまり馴染みのない言葉(職業)ですが、どう言うものか教えていただけますか?」
「普通の方にはあまり関係のない学問でね。日本で書誌学をやっている人は五人くらいしかいないんじゃないでしょうか。書物って言うのは、古い書物が出てくると、普通の方は分かりませんよね。新しいのか古いのか、本物なのか偽物なのか。だから私たち(書誌学者)は書物と言うものを対象として、それを考古学的に調べるというかね、そういう学問なんです。といってもお分かりにならないだろうけれども。要するに本を見て調べて、この本が古い本か、何時代のものか、作者は誰であるか、どういう伝来で今日に伝わったか、そういうことを逐一調べて、それを学術目録というものに記述する、というのが使命なんですよ」
西任 「実際に、日頃メモを持ち歩いていらっしゃるそうですが、例えば旅行の時など、食べたものを全部覚えてらっしゃったりするのは、これ全部メモを取っていらっしゃるんですか?」
「それはですね、メモを取って、写真を撮っていきます。つねにカメラを持っていて」
西任 「いつ何があるか分からないですよ。そのアンテナって、同時に幾つものフィールドに張れるもんなんですか?」
「人間には、モノ・ファンクショナルな人と、マルチ・ファンクショナルな人といるんですよ。僕はマルチ・ファンクショナルな人なんです。だからいっぺんに同時のことができるんですね。本書く時も、料理も書けば、自動車のことも書く、アダルト・ヴィデオ評論も、小説も詩も書く、シェークスピアも能のことも、本当に広いわけですね。例えばオペラの事を書いていても、ひょっと別の事が浮かべばそっちにスウィッチするともできるんですよ。常に何か複数の事を同時進行的に処理している感じですね」
西任 「頭の中を見てみたいものですね(笑)。本の写真を見せてもらったんですが、(リンボウさんの書斎は)壁一面メモだらけですよね」
「ピンナップ・ウォールというんですよ(笑)」
西任 「情報整理の技術というか、もうそれは大変なことだろうと」
「もともと書誌学って、情報整理の学問なんですよ。いかにして情報を整理していくかという学問なんで、いらないものを捨てて、必要な情報をいかにきちんと揃えるか、それを訓練してきたわけなので、それは得意なんですけど」
   
趣味VS仕事?時間を投資するということ
西任 「仕事と趣味の線引きってないんじゃないですか?」
「僕の場合、趣味だからいい加減でいいっていう風にはならないんですよね。ある歌を歌いたいと思ったら、ちゃんとメソッドを習わないと歌えないですよね」
西任 「じゃあ毎日の中で喜びを感じる瞬間ってどんな時ですか?」
「小さいことでも、苦心して書いた原稿がぱっと出来上がるとか。歌ってうまく歌えた時は嬉しいし。小さいことの積み重ねですね」
西任 「時間ってどんな風に使っているんでしょうか?」
「私はお酒も煙草もやらないんです。それから一切の賭けごと勝負ごともやらないんです。これはもう祖父からの家訓でね。そういう暇つぶしのことをしてはいかんと言うんですよ。ですから四六時中オンなんですよ。確かにものを書く時のスイッチがオンの時は、他の方はオフになっているけれども、つぎは絵を書こうと思うと、絵を描く方がオンになる。つねづね切り替えながらやっているんですね」
西任 「そのスウィッチングというのはすばやくできるものなんですか?」
「これはやろうと思って、例えば歌を歌おうと思えば、これは車を運転しながらでもお風呂にはいりながらでも出来るんですよ。ちょっとした暇があればできますし、時間を無駄にしないってことですね」
西任 「時間を投資するという習慣が日本人にはあまり無いということを、本にも書かれていましたよね。リンボウ先生の場合は、“自分はこれをやるために生まれてきたんだ”と思ったことはありますか?」
「ん〜ん。まだ分からないですね。少なくとも、エッセイや小説を書くということは僕の天職だとは思うけれども、たぶん僕が一番やりたいことは詩を書くことだと思いますよ」
西任 「最近若い人が“自分のやりたいことが分からないんですけど”ということを言いますが、これについてはどう思われますか?」
「僕だって分からなかったと思いますよ。30位までは。だから分からないから、とりあえず学問しておこうと思ったんです。<四十にして惑わず>って言いますけれど、40で作家になって世間が認めたっていう時になって、僕はものを書くために生まれてきたのかもしれないと思ったんで、それまでは“書きたいんだけれど、書いたってしょうがないしな。分からないな”っていう。迷いの時代が長かったんですよ。でもそのあいだ迷っているから何もしないということではなくて、学問をやっていたってところが、今役に立っていますけれど」

実はこの取材の前に、30分程の空き時間があった。そこでリンボウ先生。寸暇を惜しむことなく、車の中で待っている間も、CDに合わせてイタリア歌曲の歌唱練習をしていたのだそうだ。40歳にして噴出した爆発的なパワーを今現在とどまるところを知らない。他方面での作家活動に加え、現在は月刊『小説宝石』で『薩摩スチューデント』という長篇小説を執筆中である。 TOP


<林望>
1949年東京生まれ。慶応義塾大学大学院博士課程修了。専攻は日本書誌学・国文学。ケンブリッジ大学客員教授として招聘を受け、『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』の編纂にあたる。東京芸術大学助教授を経て、現在フリーに。デビュー作『イギリスはおいしい』で第39回日本エッセイストクラブ賞、『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』(共著)で国際交流基金国際交流奨励賞、『林望のイギリス観察辞典』で第9回講談社エッセイ賞の各賞を受賞。
エッセイにとどまらず能評論や小説、料理、自動車評論、新しい日本歌曲の創作(作詩)やコンサート活動など、幅広い活動を行なっている。
HP:http://i.am/rymbow
 
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