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VOLUME 01

愛称は”妖怪博士“小松和彦
  映画監督の宮崎駿や漫画家の水木しげるが、目に見えないもの、異形のものたちを具現化し、我々の前にわかりやすく提示してくれる創造者なら、この人は、古くから言い伝えられる民間信仰や書き残された文献・古文書を、一つ一つ丹念に調べ、継承していく伝承者と言えよう。いつの間にかつけられた愛称は”妖怪博士“。

「人間の研究ですから、人間のつくりだしたもののなかには妖怪もあるということで、周りの人が妖怪博士と言っているらしいんですが……。子供の頃は、誰もが”怖いもの見たさ“みたいな興味を持つものだとは思うんですよ。僕の場合は、この年になるまで”怖いもの“に興味を持ちつづけたということが、仕事に繋がったんでしょうね」

大学時代にこの世界(民俗学)に出会っていなかったら、真面目なサラリーマンをやっていたという小松先生。

「今から30年以上も前になりますが、大学時代に僕は埼玉県秩父で調査をしたんですよ。三峯とか両神とかいう山なんですが、三峯神社というのは狼を祀るっているんですよ。狐にとり憑かれたらその憑き物を落としてくれるという神社なんですよ。そのときその村の家族とか親族の調査をしていたんですが、そこで狐に騙されたとか、狐を操るような人がいるという話を沢山聞いたものですから、明るい都会とは異なった山村のこういう世界があるんだと、それで異質な世界に興味を持ち、そこから民間の信仰とか知識の研究を始めたんですね」

そんな小松先生の研究のキーワードの一つに〈境界〉という言葉がある。

「境界とは〈何かと何かの間〉という意味なんですが、生きている人間とそうでない(神・妖怪といった)世界、あの世とこの世、日常と非日常。例えば、村と村の境目にはお地蔵さんが立っていますよね。なんでお地蔵さんが? と思うんですが……。これは、向うは別の生活空間がある村なんだということと、もう一つは死んだ魂がこの境界を超えていく、つまりあの世とこの世の境目という意味(思い)も込められているんですよ。それから昔の人は〈雨だれ落ち〉と言って、雨が垂れて穴ができるとこのことを〈賽の河原〉と言ったんですよ。賽の河原は山の中だけでなく、家の内側と外側といった境界線にも存在するんですよ。また典型的なところ(境界)は橋ですね。今話題になっている陰陽師の安倍晴明も、戻り橋に差し掛かったら女の人が現れて、実はそれが鬼だったりと、境界とはそういう空間だったりするんですね」

こちらの世界とあちらの世界。あちらの世界に存在するもので、我々人間が想像し得たものといえば天狗、鬼、河童といった妖怪が有名であるが……。

「一番古いものとしては、鬼なんですが、日本書紀とか古事記にもでてきますね。何かよくわからない未知のものを名付けるのに、鬼を産みだしたんだと思うんですね。天狗は密教のお坊さんを妨げるもので、お坊さんの間から出てきたものです。それから河童は随分(時代的には)遅いんですよ。近世・戦国時代くらいの庶民から出てきた、民間のなかで語り伝えられて、好かれてきた妖怪だと思います」
寿司に”河童巻き“というものがあるが、これは実は河童の好物だそうだ。ちなみに先生の一番好きな妖怪はいうと……。
「僕は音の妖怪が好きなんですよ。例えば”小豆洗い“っていうのは音の妖怪なんですが。水木(しげる)さんが絵にしてしまったので、僕はちょっと怒っているんですが(苦笑)。山の中のどこか沢のほうから、小豆を洗っているような音がする。科学的に証明できることなんでしょうけれども、そういった想像力をかき立てる妖怪が好きですね」

宮崎駿作品『となりのトトロ』では、お稲荷さんの森にトトロをはじめとする精霊が存在し、また『千と千尋の神隠し』では、トンネルという境界を越えると、その向うにはこの世とは違った異界が拡がっている。

「宮崎さんの作品では、妖怪という言い方はしていませんね。神々とか自然の世界の精霊みたいな表現をしていますが。キャラクター化してしまったイメージが僕にはあるんですが、ただ異界観をわかりやすく表わした民俗学的な作品だと思いますね。”神隠し“という言葉も死語に近かったんですが、『千と千尋の神隠し』のおかげで脚光を浴び、僕の(『神隠しと日本人』という)本も、宮崎さんのおかげで随分売れました(笑)」

映画『千と千尋の神隠し』や『リング』といった作品が海外でももてはやされているが、果たしてこの日本の妖怪や異界という発想は世界共通なのだろうか。

「『千と千尋…』に出てくるものたちは、海外では化け物(=モンスター、デーモン)とかいわれてしまって、ちょっと違うんですよね。キリスト教圏と、我々が持つ神(精霊)と人間との世界の考え方、表現の仕方にきっと違いがあるんでしょうね」

異界の世界を、現代に照らし合わせてみることは実に有意義だという。

「日本文化の背景、奥行きや影となっている部分を解読していくことは、現代の文化をつくり、未来の文化に受け継いでいくための資源だと思うんですよ。私なんかは、妖怪も大切な資源だと思っているんですけれども。最終的には、妖怪をつくりだした人間研究ということになると思うんですけれども、妖怪研究はまさに人間を知るための境界ですね(笑)」

今年は日本文化を教えるために、三ケ月間インドのほうへ行くそうだ。研究の対象は日本の民間信仰と日本人の一年・一生の行事について。宮崎アニメーションのおかげで、学問的にも日本文化をもっと知りたいという人が海外でも増えているという。
音の妖怪・想像力をかき立てる妖怪が好きだという小松先生。人間のつくりだし得る想像の世界には、まだまだ可能性が秘められているのではないだろうか?
しかしながら視覚情報に過度に頼りすぎている現代社会では、我々は見えないものに対しての畏敬の念を失い、想像力は失速している。TOP

<プロフィール>
小松和彦。1947年、東京都生まれ。
東京都立大学大学院社会人類学博士課程修了。信州大学助教授、大阪大学教授を経て、現在は国際日本文化研究センター教授。鬼、妖怪、異人などを入口に、日本文化の深奥に迫る文化人類学、民俗学の第一人者。著書として『鬼がつくった国・日本』『神隠しと日本人』『異界と日本人―絵物語の想像力』など多数。妖怪の事を知りたい人は国際日本文化研究センターのHP、「怪異・妖怪伝承データベース」を参照。HP:http://www.nichibun.ac.jp/
 
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