2008年12月 アーカイブ

2008年12月21日

第11回目

12月21日OA分寺島実郎の世界

木村>寺島さん、今朝はお話を始めていただく前に、まずリスナーの方からのメールをご紹介したいと思います。ラジオネームがキンニクマンさんからです。「来年の日本の経済事情はどうなりそうですか?」。やはり、ここに皆さんの関心が集まりますね。「麻生さんは来年の通常国会に二次補正予算案を提出するそうですがまとまるのでしょうか? まとまったとして、景気は上向きになって行くのですか? 私たち庶民の暮らしは、いまよりも楽になるのですか? いかかでしょうか」。そして、もうひとかたはラジオネームがフルタタケシさんからです。「日本のガバナンスはどうなっているのでしょうか?」。これは寺島さんのお話を受けるかたちでこのようなメールが届いたようですね。「私たちは何に活路と言いますか、希望を持って生活していけばよいのでしょう。アメリカは先日の寺島さんのお話にあったように、オバマ大統領という一つの希望を持ちました。私たち日本人はこの先どんな希望を持って行くべきなのか伺いたいです」。このようなメールが届いています。つまり、今年は世界的な金融不安、或いは見る人によっては恐慌前夜という言葉も出てきますがここに不安を持っていて一体これからどうなって行くのだろうかという事が関心の的になっていますよね。

<マネーゲームの破綻と日本の実情>

寺島>はい。それは本当に仕方のない事で、皆さんはメールのように物凄く不安を感じながら生きているというのが一般的だと思います。そして、世界金融不安がどうなるのか、日本経済がそういう中でどのような方向に向かうのか? その際我々に問われるガバナンスと言いますか総合的な指導力、日本を束ねて行く力も含めて今日はもう一度よく考えながらお話をしたいと思っています。

木村>その「考えながら」なのですが、これまで寺島さんはこのテーマについて色々な角度から話して下さいました。そこで、感じるのは「一体何が問題なのか?」という事を的確に捉えることが出来ているのかどうかというところがまず、スタートだという気がします。

寺島>メールを頂いた問題の本質を考える時に、私は大変重要な数字を話のはじめに置いてみたいのです。それは何かと言うと、世界の株式市場の時価総額の数字についてです。要するに、東京株式市場とか大阪、上海、ニューヨーク、ロンドン等世界中の株式市場の時価総額は、去年の10月が実はピークだったのです。それから、なんと今年の10月末までの間に46.7%、約半分近くまで時価総額が落ちました。実額で言うと、29兆4千億ドル、つまり30兆ドルくらいの株価の時価総額がこの世から消えたという事になります。

木村>「兆ドル」ですか!

寺島>はい。木村さんが驚くように約30兆ドルの時価総額がバブルのように消えていっているという額は、ザックリ言って日本のGDPの6年分に相当します。つまり、6年分のGDPである時価総額がこの世から消えたのです。要するに、今世紀に入ってまさに過剰流動性と言われたマネーゲームがどんどん肥大化して行って、株式市場にお金が入って風船を膨らませるように膨らんで行き、33兆7千億ドルにまで増えていたものがドカーンと破裂して29兆4千億ドルになってしまったのです。つまり、30兆ドル膨らんでいた分がそっくり消えたと言ってもいいような状況に現在あるわけです。
過剰流動性が株価を押し上げていたのですが、今度は世界がどっと冷え込んで信用不安とか金融不安の名のもとに信用収縮を起こしてはいけないという事で、いま世界各国が協調して一生懸命になって金利を下げたり公的資金を投入したりして金融の超緩和政策をとっています。萎んでしまった風船をまた膨らまなければならないという事で金融市場にどんどん新しい流動性を投入して膨らませようとしているのです。

木村>要するにそこにジャブジャブお金を投入しているという事ですか?

寺島>言ってみれば、風船が大きくなり過ぎて破裂して、その破裂した割れ目のところに絆創膏を貼って、またもう一回風船に空気を吹き込んでいるようなものなのです。やがて、これは繰り返しになるであろう過剰流動性なるものをどう制御するのか、つまりマネーゲームをどう制御するのかが世界の経済の悩ましい課題であるという事を今回の出来事の教訓として我々は学んだと思います。
それは別の意味で言うと、実体のあるプロジェクトとか事業、技術の開発などにどうやってお金を回すのかという事をしっかり設計しないとお金がお金を呼ぶゲームの中にだけお金が流れ込んで行って、それが例えば、投機資金としてエネルギー価格を高騰させたりします。実際に、今年に入って147ドルにまで跳ね上がっていた原油の価格が逆に今は50ドル台になっています。いかに、マネーゲーム的な要素でエネルギー価格が乱高下したのかという事を如実に証明しているわけです。食糧価格も全く同じだったわけです。
したがって、我々が直面している金融不安に脅えて、とにかく信用共有すれば問題は解決するのではないかと思って一生懸命に風船を膨らませようとしているけれども、過剰流動性なるものを制御して行く・・・・・・。つまり別の言い方をすると「実体性」をいかに創造するかが重要課題なのです。経済の技術や産業にしっかり目を向け直して実体性というものがある経済構造をしっかり見つめなければならないという大変大きな教訓を受けているのだと言っていいと思います。しかも、「ガバナンス」という事を聴取者のかたが聞いて来ていますが、日本のおかれている状況をキチンと分析してみれば、ポテンシャルがあると言うか、現在の世界経済の状況は、日本にとって、「チャンスだ」という言葉を使ってもいいという事に気づきます。
 先月、私はソウルに行き、その事を強く感じました。ソウルでの国際シンポジウムに集まっていた一流のエコノミストと言われる人、例えばハーバード大学のマーティン・フェルドシュタイン教授(註.1)、そして、イ・ミョンパク大統領もそれに参加していました。私は議論していて、欧米から来ている人の日本に対する期待とか敬意が物凄く強いのだという事を本当に強く感じました。それは何故かと言うと、日本の持っている産業力、技術力は戦後日本が育てて来たブランドと呼ばれる企業、例えばエレクトロニクスから自動車産業に至るまで「ブランド=技術」ですから、その技術の蓄積を持つ日本の力に対する評価が非常に高いのだという事を知って日本人として逆に驚かされた気になりました。
いま、円が非常に強くなって来ている理由はお金の流れの問題もありますが、やはり日本の持っている基本的な技術基盤に対する評価とか期待感があるのだという部分を我々はよく理解しなければならないと思います。

木村>はい。ただ、寺島さんがおっしゃるように、少なくともこの10年くらいを見てみると、日本の風潮は具体的に何かものを作って、そしてその事によって適切な価値を得て行く、或いはそれによって儲けを得て行くというよりも、「金に金を生ませる」という事のほうがよっぽど大きな額を儲けられるし、そして、そのほうが経営者としても立派なものだとういうようにして進んできたところがありますよね。

寺島>このところが若い人たちの価値観にまで大きな影響を与えて、大学においても理系離れが起こっています。理系に行って技術者になっても仕方がないから、むしろ文系に行ってマネーゲームのようなところで大きく儲ける事が出来る仕事に就いたほうがよいという風潮なのです。
この間、私は東大の総長をされていた佐々木毅(註.2)さんと対談をしました。東大の法学部と言えば、ついこの間まで高級官僚の供給源のような大学であり学部だったのですが、そこの学生たちが今では官僚にさえならなくなりました。官僚になっても収入や人生の展望などを考えるとかなり限られているため、自分の能力を活かしてマネーゲームの場に参入して行ってMBA(註.3)だのなんだのというスキルを身につけて行けばそれだけ大きな収入を得られる仕事が目の前にあるという事で、そちらの方向へそちらの方向へと行ってしまった結果、理系離れが起こっているのです。要するに文系の中でもマネーゲーム志向が起こって若い人たちまでが、自分の人生を考える時に「実体性のある経済の分野」、つまり「産業とか技術の分野」=「もの作りの分野」よりも遥かにマネーゲームのところに惹かれて行ってしまうという状況を現実につくって来てしまったのだと言えます。
 しかし、やはり今我々が大きな教訓として学んでいる事は、先程私が言いたかった事ですが、日本の自画像をもう一回踏み固めてみたのならば、「自分の国を誇りに思う瞬間は何だ?」と言うところにたどり着きます。それは、やはり戦後の日本が生み出して来たカメラ、オートバイ、自動車、エレクトロニクスというところに日本人の「ものを作る」という事に対する異様な生真面目さがあって、その中からつくり上げて来た産業・技術というものが、日本に対して世界の人たちが物凄くポジティブなイメージを持つ所以なのです。突き詰めて言えば自分たちの足元なのだという事を思い知らされます。

(註1、米国を代表する経済学者の一人。ハーバード大学教授。全米経済研究所<NBER>議長等歴任)
(註2、日本の政治学者。学習院大学教授、前東京大学総長。専攻は政治学、西洋政治思想史。法学博士<東京大学、1973年>)
(註3、経営学修士。MBA<Master of Business Administration>)

<求められるガバナンス>

寺島>問題は「ガバナンス」なのですが、ポテンシャルとして技術の蓄積とか、それを支える生真面目で知的レベルの高い人材・・・・・・、例えば世界の感覚で言うと表現がなかなか難しいのですが、「読み・書き・そろばんの出来ない人などいない」というくらいの安定した知的レベルを持った人材をこれだけ蓄積している国は、世界を見まわしてもそうはないのだという事に気づきます。
そして、変な言い方になりますが、お金もあります。それはどういう意味かと言うと、日本は18年連続して「対外純資産」と言って、海外に持っている資産が世界一なのです。つまり、自分の国が戦後、額に汗して蓄積して来た「金融資産」=「お金」を自分の国の企業や技術に向けるよりも海外に持って行ったほうがよいという事で保有している資産です。そこには日本の低金利を嫌がってという理由もありますが、諸々の事情によって、海外へ海外へと吸い出されて行ったわけです。つまり、日本のお金は日本の技術や企業に向かわなかったのです。そればかりでなく、日本の株式市場・・・・・・、私は東京証券取引所のアドバイザーリーボードにも入っているのですが、東証での議論を聞いていると、ついに、東証での株取引の7割が外国人の取引になっている事が分かります。そして、東京証券取引所の上場企業の株式保有を見てみると外国人が持っているシェアが3割を越している事も分かります。要するに、外国人が日本の株を支えてくれていて、日本は海外へ海外へと自分のお金を持ち出すというなんとも奇妙なクロスになっているのです。
そして、そういう状況下で考えたのならば、「技術もあり人材もいる。お金も実は持っている」。しかし、実はうまく噛み合っていないのです。「ガバナンスとは何なのか?」と言うと、要するに「総合的に持っている要素を組み合わせて問題を解決して行ける力」なのです。世に言う、エンジニアリング力です。個別の要素を組み合わせて問題を解決して行くアプローチは最近のかっこいい言葉で言うと、「ソリューション・プロバイダー」=「解答を提供できる力」です。そして、それが人的指導力と組み合って、更に国家の指導力と組み合ってパシッと噛み合っている状況というものを「ガバナンスのある状態」と言うわけです。
しかし、残念ながら日本はガバナンスの部分が散らばっているという状況にあります。そこには、色々と理由があります。そして、声を聞かせてくれた視聴者のかたのポイントにもあるように、例えばアメリカというのは大統領制によってブッシュ政権が行き着くところまで行ってダメだなと思ったらパーンと方向性を変えて、全く世の中の空気を変えてみせるという方法論があります。つまり、大統領選挙を延々と予備選から入れたら2年近くも引っ張って来て、国民がそのプロセスに参加して次のリーダーを選び出して、そのリーダーの下にアメリカを結束させて行こうというモチベーションが物凄く高まって行くプロセスがあるという事です。来年の1月末にいよいよオバマ政権が登場して来たら「100日間で俺はこういう政策をやる」と力強くリーダーシップをアピールすると思います。そのように、アメリカは、リーダーが変わる事によってアメリカの空気を変えて行くでしょう。そういう方法論の象徴的な例が大統領制だと思います。
だからと言って日本が、簡単に大統領制に誘惑を感じるというのは危険な部分もあるのです。何故ならば、あまりにもポピユリズムに流れて、いわゆる人気投票的にリーダーが決められて行く危険性があるので、簡単に議会制民主主義を捨てて首相公選論とか日本も大統領選にしたほうがよいという議論は慎重にしなければいけない部分があります。しかし、それでも国民の誰もが麻生さんの名前を書いて「この人をトップにしたつもりはない」という仕組みの中でリーダーが決まって行くという弊害もあります。したがって、この種の議会制民主主義に基づいて議会がトップを決めるという仕組みをとっている国では、民の意識の変化をよく反映して、やはり「議会の選挙」=「総選挙」を適切なタイミングでやって、リーダーシップのありかたを絶えず考えて行かないと国民の意識とか期待と隔絶したところに国のリーダーシップが行ってしまう結果を招きます。国家としてのリーダーシップが混迷していたり、低迷していたりする状況になると苛立って他の国の事がやたら良く見えて来るという事も起こります。最近若い人たちと議論をしていると「アメリカが羨ましいなあ」と言う意見をよく聞きます。更には、例えば中国やロシアのように我々から見れば全体主義的な空気さえ漂っている統合のきいた国がうまくいっているように見えたりもします。
そこで、私は現在の状況では他の国が良く見えるという事よりも日本の仕組みの中でどうやってガバナンスを発揮していかなければならないのかという知恵が問われているという事に意識を向けるべきだと言っておきます。先程申し上げたように、日本は、潜在力が多いにある国なのです。その潜在力を組み合わせてどういう方向に持って行くのか? 私自身の立ち位置から言えば、私は政治セクターの中に足を踏み入れている人間ではないけれども、「産業」という現場で育てられて来て、シンクタンクのような日本全体を見回して政策科学を議論するような立場で発言をしたりしていますが、私の立場から見ても日本の産業人が自らをしっかり考え直して次の世代の日本にどういう経済基盤を残して、「一体、日本人は何で飯を食って行くのか?」という長期的な展望を考えなければならない事がよく見えます。
例えば、今日本の労働人口の三分の一以上が年収200万円以下で、その大部分が非正規雇用者という人たちが占めています。そういう状況下で「がんばりましょう」と言ってみても始まらないのです。ザックリ言えば年収500万くらいの収入を得る若い層が安定的に存在出来るような産業基盤、企業基盤をつくらないとならないわけで、年収200万円の人でははっきり言って国家は成り立ちません。結婚もできないでしょう。結婚も出来ないという事は少子高齢化社会が一段と深まり、要するに税金を負担する人も年金を負担する人もいなくなる国になるという事です。したがって、産業人がいま真剣に考えなければいけない事は、自分たちの後に来る人たちに一体どういう産業のプラットフォームをつくって行くのか、日本経済の抱えている弱点を補って、どうやって飯を食って行けるような仕事を創出するのかという事を真剣に構想、検討しなければならないという事です。我々の先輩たちは少なくとも自動車産業に象徴されるような飯が食って行けるプラットフォーム型の産業をつくったのです。その結果として、我々は世界の中でも豊かな国に暮らして行ける状況になっているわけです。そして、現在は、次にどのようなものをつくるのかという事について話を進めていかなければいけない状況だろうと思っています。
木村>だからこそ、いま、ある意味では何が問題なのかというところにどうしても戻らざるを得ない・・・・・・。つまり、このようにして寺島さんがおっしゃる「過剰流動性」=「金に金を生ませる」という事が最も手っ取り早いし「金に金を生ませていけば豊かになっていくのだ」という風に考えて来たこのやり方が間違っていたということ、ですから、的確な解答を得るためには、そういうものにきちんと決別をするという覚悟をしっかりしなければいけないのですね。

寺島>アメリカの政治のレベルの人たちが議論している「経済の活性化」に関する議論には必ずつきまとって来る「ジョッブ(JOB)」という言葉があります。つまり、オバマ大統領が掲げている経済政策の中でじわりと言い始めている「グリーン・ニューディール」(註.4)という表現のもとに、エネルギーと環境という産業の中で250万人くらいの「ジョッブ」=「仕事」をつくるという言葉が絶えず出て来きます。つまり、自分がやろうとしている政策を実現したならば、アメリカ人が250万なら250万、100万なら100万の「ジョッブ」をつくり出す事が出来て、その中で国民は飯が食えるという事です。景気浮揚のためにお金を配るという話ではなく、「ジョッブ」をどうつくるのかという事を全く言わないのが、日本の経済政策の悲観的特色なのです。したがって、私は「ジョッブ」の話をしなければいけないと思います。

木村>はい。では、どうすればよいか、何に我々が目を向けるべきか、来週お話を伺うことにします。

(註4、世界大恐慌後1933年にフランクリン・ルーズベルト大統領が実施した景気対策、ニューディール政策になぞらえ、クリーンエネルギーを中心として世界経済を再建しようとする試み)

2008年12月28日

2009年1月のスケジュール

■2009/01/04(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」

■2009/01/07(火)22:15~
NHK BS1「今日の世界」
 
■2009/01/09(金)21:54~
テレビ朝日系列「報道ステーション」
 
■2009/01/11(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」

■2009/01/17(土)08:00~
読売テレビ系列「ウェークアップ!ぷらす」

■2009/01/17(土)05:00~
(首都圏以外)FM「月刊寺島実郎の世界」

■2009/01/18(日)07:30~
(首都圏のみ))FM「月刊寺島実郎の世界」
 
■2009/01/21(水)21:54~
テレビ朝日系列「報道ステーション」
 
■2009/01/23(金)06:40頃~
NHKラジオ第一「ラジオあさいちばん」
※うち、『ビジネス展望』コーナー

■2009/01/24(土)05:00~
(首都圏以外)FM「月刊寺島実郎の世界」

■2009/01/25(日)07:30~
(首都圏のみ))FM「月刊寺島実郎の世界」

■2009/01/25(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」

第12回目

木村>先週のお話を少し復習してみたいと思います。寺島さんは先週、「ジョッブ(JOB)」、「産業」という言葉をお使いになりました。つまり、「一体何が日本の力か?」という事を世界的には非常に大きな可能性を認められているのに、我々がマネーゲームのところに目を向けている間に忘れていて、足元をもう一度見つめてみる必要があるという問題提起がありました。寺島さんはこれまでにも、もうすでに何年間も「金融ではなく産業を語れ」という事をおっしゃってきました。さて、そこで、「ジョッブ」或いは「産業」、「何に目を向けて、何をして行くのか?」これについてが、一番重要なところなのですね。

<資源小国から資源大国への構想>

寺島>私は、「マネーゲームの話は止めて、実際の産業、つまり、実体性のある産業とか技術の話をしよう」という事を言い続けて来ました。この番組でもすでにその話に踏み込んだ事もありました。それは何かと言うと、日本経済が抱えている弱点を直視して見るという事です。何がこの国で一番弱い点かと言うと、食糧とエネルギー等の資源を海外に大きく依存しているというところが日本経済に常につきまとっている不安の源なのです。
我々はよくアメリカのことを「マネーゲームの国だ」という風に言いますが、それでもアメリカという国を分析して見えて来るのは、例えば食べ物について言えば世界一の食糧輸出国でもあるのです。自給率100%を大きく越しています。それを象徴しているのが、ワシントンで一番大きな官庁の建物は農務省だという事です。それくらいアメリカは農業国家です。エネルギーについても中東に対するアメリカの石油依存は20%以下です。つまり、アメリカ自国で40%。海外依存している内の80%は北中南米から持って来ています。したがって、「ホルムズ海峡からの石油は一滴もアメリカに行っていない」という言い方がありますが、要するに「アメリカは中東に権益を持っているけれども、一滴も中東から物理的に石油が来なくなっても大丈夫だ」という状態になっているのがアメリカなのです。日本はよく言われるように、石油の中東依存率は90%です。常にこの構造によって不安に駆り立てられるという事になるわけです。食糧とエネルギーと資源を常に海外に依存していて、日本は、それを効率的に輸入して、加工して付加価値をつけて製品にして売って外貨を稼いで、その外貨でエネルギーと食糧と資源を買うというサイクルの中で成り立っている国だという事は、高校生でさえすり込まれています。日本というのはそういう国なのだというイメージなのです
この間(6月放送)この番組でも言いましたが、食糧の自給率の向上という意味は、40%というカロリーベースの自給率をせめて、50%を越して、やがてはイギリス並みの70%くらいまで持って来ないとまずいのではないかと話題にした事がありました。具体的には、農業生産法人を育てて、戦後に蓄積して来た産業技術を注入して新しく食を甦らせる・・・・・・。つまり、産業化のために食を安楽死させてしまった日本に、今度は産業化で蓄積した技術を「食」という分野に注入して食を甦らせるのだという話を私はして来ました。
木村>はい。それと共に、いま、休耕田として荒れているところに酪農等の飼料=餌を作れば自給率が一挙に上がるというお話がありましたね。

寺島>そういう食の分野の話をしたという事を踏まえて、もう一歩踏み込んで、「日本は国土の狭い資源小国だ」と言う固定観念から脱皮して日本を変えて行くという話を申し上げたいのです。それは何かと言うと、海洋資源開発です。どういう事かと言うと、日本は国土の面積の狭い資源小国だと言いますが、確かに国土の面積では世界第61位で38万平方キロメートルです。しかし、領海と排他的経済水域では世界第6位の面積を誇る447万平方キロメートルと言う世界に冠たる海洋国家なのです。そして、その広い海の中に眠っている資源という事について今日は触れてみたいと思います。

<海洋資源開発>

寺島>「海底熱水鉱床」と言う言葉があります。これはどういう意味かというと、海底火山口の噴火口のようなものがあって、そこに希少金属やエネルギー資源が埋蔵されている鉱脈があるという事です。日本の領海の中に、およそ11箇所「海底熱水鉱床」があると言われています。これは無責任な話ではなくて、海洋工学の先生たちが蓄積している資料とか、色々な研究のタスクフォース(註.1)が組まれているのですが、実は昨年の4月に日本は海洋基本法(註.2)というものを超党派の議員によって、いわゆる議員立法で法律を成立させました。宇宙開発の基本法と海洋開発の基本法を超党派で決めた事に意味があります。というのは、今後政局が動いて、どういうところが政権を形成しようが「日本としてその方向は大切だ」という流れが出来て、内閣府に、例えば「総合海洋政策本部」のようなものが出来たり、「宇宙開発戦略本部」などが出来たりするようになるでしょう。私自身もこの話はまた別途しますが、宇宙開発戦略本部の委員会の座長をやっています。したがって、その関連でこの事に関する専門的な知識や先生たちのレポートを集積しているところに立っています。そこで、海底資源の探査技術、採鉱、採掘して来る技術を高度化すれば、日本の周りに眠っている潜在資源は大変なもので、大げさな話だと思うかもしれませんが、20年後の日本を世界に冠たる資源大国にしようという目標を掲げて歩み出したらこの話は絵空事ではないという事に気がつかなければいけないのです。

木村>その眠っている希少金属にはどんなものがありそうですか?

寺島>これは、例えばコバルトとかマンガンです。これらはIT、エレクトロニクス等に使用する重要な希少金属です。それ以外にも亜鉛、鉛、金、銀、銅等の大変な埋蔵量を持っているという事だけは間違いありません。今後の問題は、コストをできるだけかけずにどうやって採掘できるのか? とか、どのように正確に探査の技術を高度化するのか? という事が重要になって来るわけです。つまり、北海原油の開発に成功したイギリスのような立場に日本が立つ可能性が大いにあるという事です。戦前、日本の領土で樺太と呼ばれたいまのサハリンにあれだけのエネルギー資源が眠っているという事を、もし、日本があの戦争をする前の段階で気がついていたならば、戦争というシナリオだって変わっていただろうという事も言えるわけです。
他の例を挙げれば、ブラジルは凄くて海底の油田開発が、ほぼ商業化できるところまで持って来ました。これは驚くことなのですが、なんと海底5千メートルよりも深いところから掘って来ているのです。したがって、日本の太平洋側のことを考えたならば、日本の持っている技術の潜在力を活かすために、採鉱とか探査技術を高度化させて行けば日本を世界に冠たる資源大国に出来るという感触がじわりじわりと高まって来ている状況なのです。

<海洋資源開発と宇宙開発>

宇宙開発と海洋開発は物凄くリンクをしています。どういう意味かと言うと、「探査技術を高度化する」という言葉を使っていますが、位置測定の技術が凄く重要になって来ています。いま我々がカー・ナビゲーション等で使っている、自分は何処にいるのか位置を測定する技術にGPS(Global Positioning System)があります。GPSの技術はアメリカの軍事衛星が24個、地球の周りを回っていて、それに繋げて自分はいまここを動いていると測定させてもらっているのです。現在は、衛星が斜めの角度から位置を測っているために必ずしも正確ではありません。そして、いま日本が「準天頂衛星システム」(註.3)と言って、日立などが開発している技術なのですが、真上に衛星を3基くらい上げて、位置測定を正確にしようという技術の開発が進んでいます。したがって、宇宙開発の技術と海洋開発の技術とがうまくドッキングして行けば、日本の持っているポテンシャルを活かして資源大国化して行こうというシナリオは絵空事ではないとだんだん分かって頂けると思います。
 そして、そういう方向に日本を向かわせて行くという由来、動機というものは、常に海外に資源エネルギーを依存していなければいけないという日本の弱点にあります。しかもこれからの世界を考えたのならば、いま67億と言われている世界人口が2050年には92億になると国連が予測しています。世界の人口が物凄く増えて、更に、いまは瞬間的に資源の価格がマネーゲームの乱高下によって下がっている局面にありますが、やがて人口が増えていわゆる「BRICs」(註.4)のような新しい新興国が産業力を高めて来るならば、「資源を奪い合う世界」というものが見えて来ます。更には、「資源ナショナリズム」、資源を守ろうとするナショナリズムが高まって来るという流れの中で日本はどうするのだ? という事をよく考えなければなりません。
「自律性」という言葉を私はよく使いますが、「自らを律する」=自分の運命は自分で切り開いて行く・・・・・・。他人に依存してもがき苦しむのではなくて、自分の運命は自分で切り開いて行く必要があるという事です。要するに、何が言いたいのかと言うと、世界的な金融不安が起こってマネーゲーム的な世界から実態のあるものに目線をやらなければいけないというポイントと共に、足元を見つめてこの国の基盤を強いものにしていかなければならない状況に現在の日本は置かれているという事です。そこを考えた時に、我々はエネルギーとか食糧とか資源を海外に依存している国なのだと受身で言っている場合ではなくて、全力をあげてそれに立ち向かって行くという志がなければならないという事です。その方向を目指して行くにふさわしい技術基盤はあるのだから、ポテンシャルとして持っている様々な要素を組み合わせて問題を解決して行く心構えが必要なのです。
そこで、「いや、そんな事が現実に可能なのですか?」と言う人がいるかもしれません。例えば「2兆円のお金を皆さんにお配りしましょう」と言う考え方が正しいのか、2兆円という金を政府は出すけれども、それに民間企業のお金をマッチングファンドのように付けて、その倍の4兆円にしてその4兆円のお金を持って、「20年後の日本をエネルギーと食糧と資源について世界に冠たる安定基盤をつくるという事のために使いたい、そのために皆がついて来てくれるのか?」という事を国民に語りかけたならば、日本人はそれほど愚かではないから、「自分たちの子供たちが暮らして行く日本」というものをイメージして、それは大事だという判断を下すと私は思います。それが、「ガバナンス」なのです。そういう国民に向けて語りかける力のあるリーダーシップがこれから問われて来るのだという事を私としては申し上げておかなければいけないのです。

木村>いま、よく言われる、「ニュー・ニューディール」。ニューディールにもう一つ新しい、いまの時代にふさわしいプランニングが必要だと言われて来ていますが、まさにそこにこういうものを位置づけて考えて行こうというのですね。

寺島>はい。そして、来年、オバマ政権が動き始めて来たらオバマは、いま私が言っているような大仕掛けな話を見せて来ます。そして、その時日本はどうするのだ? という話に必ずなります。ここのポイントをよく頭に入れておくべきだと思います。

木村>そして、このようにして「ガバナンス」・・・・・・、寺島さんがおっしゃるその力を発揮して行く事によって、勿論、気持ちや社会も落ち着いて行くだろうし、それと共に具体的な「ジョッブ」=「仕事」もキチンと新たに生み出して行ける・・・・・・。

寺島>この裾野にどれだけの人が、それにチャレンジする機会を得るかです。しかも、若者に必要なのは、「自分が世の中のために戦っている」というメッセージを送る事であり、そういう使命感を持ちたいという事なのです。君たちの情熱を繋ぐプロジェクトを自分たちは、或いは日本はつくって行くのだという展望が物凄く重要なのであって、お金さえ得て生活がなんとか出来ればいいでしょうというレベルの話ではないのです。今日、私が話した事は「意味がある仕事をつくる」という文脈です。

木村>私たちが本当に問われる新しい年を迎えるにあたって、寺島さんのお話を反芻しながら、やはり日本で我々が何に立ち向かうべきかというところでこの事を深めると共に具体的にそこに踏み出す新しい年にしたいと思います。

<日仏交流150周年>

木村>続いては、「寺島実郎が語る歴史観」です。このコーナーでは寺島さんの考える、或いは世界を見る基礎となっている歴史意識というものについてお話を頂いて、私たちもそこから色々と触発されながら、どう歴史に向き合えばよいのかという事を深めて行こうしています。
 前回は、「ペリー来航の背景」でした。1853年にペリーが浦賀にやって来た背景にはなかなか興味深い事実がありました。実は、大統領の国書と呼ばれる親書が届いた時には、もうその大統領はアメリカでは替わっていたとか、実に驚くようなお話もありました。そして、今朝のテーマは「日仏交流150周年」です。

寺島>そうなのです。2008年は1858年に日本とフランスの間の修好通商条約が結ばれて150年周年だという事で、私はその事もあって年内にまたパリに行って、ちょっとした機会で喋る事になっています。戦後、日本、また日本人は、アメリカとの関係だけで生きて来たために、日本近代史の原点のところで欧州との関係が重く存在していたという部分に気がついていないところがあるので、今日はその中でフランスに対する考え方を話題にしておきたいと思います。
 フランスという国が、どのように日本の近代化の流れをつくる上で貢献したか言うと、1858年に修好通商条約が結ばれ、その7年後の1865年に日仏間、つまり徳川幕府とフランス政府の間の約定書に則り、ツーロンにある造船所と同じようなものを日本につくろうという事で、日本最初の造船所を横須賀につくるという協定を結びました。これが、後の「横須賀工廠」というものです。皮肉にもその時にフランスが持ち込んでくれた機械の一部が横須賀の米軍基地の中にいまでも残っていて、ついこの間まで動いていたという話もあります。フランスの力で日本最初の造船所が出来たわけです。実は、江戸城無血開城の裏話として横須賀の造船所を無傷で渡すという条件があったと言います。これは、西郷隆盛と勝海舟との交渉です。あの時に幕府側が持っていた大変大きなカードが、日本につくっている造船所でした。それを打ち壊したりしないで、そっくり新政府に渡すという事が江戸城を無血開城する時の大変大きな交渉材料になった事実もあるくらいです。

木村>そうすると、維新政府の産業の基盤ですね。

寺島>はい。そうなのです。しかも、これはどんな教科書にも登場して来ますが、富岡製糸工場があります。

木村>国営の製糸工場ですね。

寺島>この工場を操業する際に、フランスの女性が4人、製糸技術を教えるための教官として日本にやって来たのです。群馬県の富岡です。したがって、いかに日本近代史の原点のところでフランスが製糸業、造船業等の産業開発に貢献してくれたかという事がだんだん見えて来るのです。
そして、フランス人の性癖や文化の中に、悪く言うとへそ曲がりで、皆が右と言えば左だと言う傾向があって、これがまたフランス好きの人にとってはこたえられない魅力であり、フランス嫌いの人にとってはなんともつかない笑い話にも近い話です。例えば、「いま世界の中でフランスという国がこの世に存在しなければ世界は面白くないだろう」という表現があります。つまり、フランスの文化の面白さは皆が右だと言っていても、「いや、そうでもないのではないか」と言いながら何かを守り抜こうとする「こだわり型の文化」というものがあります。そういう視点で、日仏修好150周年を考えて見ると、戦後の日本は、骨の髄までアメリカ化されていて、アメリカの文化なるものに埋没しながら生きて来たわけですから、そういう日本人からすると、忘却の彼方に行きつつあるけれどもフランスが、日本に於いて果たした役割は近代史を調べれば調べるほど凄く大きいものだと分かります。その事実を知るという事も大事だし、日仏修好150周年という歴史をよく噛み締めなければいけないのだと思います。

木村>寺島さんのお話を伺っていると、近代という歴史を見つめる時に、フランスという国が果たした役割をキチンと知ると共に、我々がそこに一体何が大事なのか? という事を見る機会にもなるのですね。

(註1、Task Force=『特別作業チーム』。本来は、軍事用語で『機動部隊』の意)
(註2、国連海洋法条約に基づく海洋権益に関する基本法。海洋政策を一元的に進めることやそのための財政上の措置を定める)
(註3、QZSS=Quasi-Zenith Satellite System。21世紀の社会インフラと言われている衛星位置測定システム)
(註4、経済発展が著しいブラジル <Brazil>、ロシア<Russia>、インド <India>、中国 <China> の頭文字を合わせた4ヶ国の総称)