2008年09月 アーカイブ

2008年09月28日

第6回目

木村>寺島さん、前回の放送では「戦後63年目の夏」というテーマ設定で寺島さんが月刊「世界」に連載されている「問いかけとしての戦後日本」というものに触れながらお話を伺ったのですけれども今朝は「2008年夏 今、ドバイをどう認識するか」。ドバイというのはテレビの番組のタイトルではありませんけれども沸騰するような都市だと……。大変なエネルギーに満ちて今は世界で注目の都市だといわれていますね。

<ユニオン・ジャックの矢>

寺島>そうですね。8月末にドバイで「中東ドバイ会議」(註1)がありまして、これは日本の経産省がバックアップしている会議なのです。なんと日本から270人のビジネスマンが行って現地の人たちも合わせて大変熱気のある会議が行われました。私はそこで若干自分の報告もするという役割で行ってきました。
ドバイの光と影といいますか、やはりこれをどうみるのかというのがいまの世界を考える上で大変ヒントになる話題だと思いますので今朝はそれに触れていきたいと思います。
(註1、 『中東ドバイ会議』=『中東協力現地会議』、経済産業省の外郭団体である(財)中東協力センター主催。今回は第33回目の会議となる)

木村>光と影ですか。

寺島>はい。ドバイというとまず巨大開発というものがイメージとして浮かぶと思います。なにしろ世界一と名前のつくものが物凄い勢いでできています。例えば世界一の超高層ビルというのが話題になりました。800mのビルですね。いま約650mを超すところまで建ってきています。私はすぐそばまで行って見上げました。

木村>凄いですね。

寺島>それから世界一のショッピングモールがあります。TAXフリーで税金がかからないというモールで日本から訪れる人たちにとってショッピングゾーンとしての「ドバイ」ということが大変話題にもなっています。そういう種類の話題がどんどん集積しているのですが、この「ドバイ」というものをどう考えるのかということを今日はお話したいと思います。
まず一つはドバイはUAE=アラブ首長国連邦という7つの首長国の内の一つということでドバイが成り立っています。ドバイをみるときに大変重要なのは日本人のイメージの中にUAEは産油国だからオイルマネーで潤ってそれだけの活況を呈しているのだろうということがあります。しかし、実は現在ドバイには石油は出ないのです。つまり石油が出ないからこそドバイはドバイになったと言ったほうがいいと思います。というのは、いわゆる仲間内の他の首長国カタールなどからは石油が出て大変潤っているのを横目で見ながらシェイク・ラシードという建国の父と呼ばれている人はこの地域をどうしていこうかと考えた末に、一種の「フリーゾーン国家」といいますか、例えば港湾などを整備して中東の貿易基地としてのドバイを創り上げようとしてまずフリーゾーンというものを創り上げました。

木村>はい。

寺島>「ドバイは中東のシンガポールだ」という言い方があります。それはさしたる面積もなく工業生産力も無い国が豊かな国になるためには知恵を出さなければならなかったということです。例えば中東貿易の基点としてのフリーゾーンだとか、メディアシティや国際金融センターをつくったり、ヘルスケアセンターといっていわゆる病院、医療の施設をつくったりして人やモノの動きを惹きつけるような工夫をしたということです。つまり、ドバイに石油が出なかったことがそういう工夫をしなければ我々は生きていけないぞという緊張感にも繋がってドバイという国づくりが始まったというのが重要なポイントです。もう一つ重要なのがイギリスが残した「英連邦のネットワークの中のドバイ」ということを考えなければいけません。

木村>はい。

寺島>私が今回発見した中で驚いたことはドバイとインドの関係です。これは今日に始まった関係ではなくて、歴史的に大英連邦のインド支配に際して香料の貿易などの基点としてドバイが歴史的な役割を果たして来ているという事実があります。今でもドバイに住む160万人の外国人の内100万人がインド人です。その中には建設作業に従事しているインド人たちも勿論いますが、それだけはなくてバンガロール、つまりIT大国化して大金持ちになったインド人がドバイに別荘を持ったり活動の拠点を持ったりするということが大変多いということです(註 2)。つまりインドとドバイの連携が物凄くエネルギーを生み出しています。そこで、世界地図を頭に描いてもらって、イギリスのロンドン、中東のドバイ、インドのバンガロール、東南アジアのシンガポール、オーストラリアのシドニーを繋ぐラインを確認して下さい。このラインをいま世界では「ユニオン・ジャック・アロー」=「ユニオン・ジャックの矢」(註、3)と呼びます。この、矢のように連なっている地域の連携が実は世界経済を支える大きなファクターとなっています。つまり、イギリスのロンドンは世界の金融センターとしての機能を持ち、ドバイは湾岸のオイルマネーの国際金融センターであると同時に世界第7位の港湾にのし上がった物流拠点としての機能を持ち、インドのバンガロールはIT大国化するエネルギー源であり、シンガポールは目に見えない財で国家の付加価値を生み出すシステムとか技術、ソフトウエア、情報の拠点であって、オーストラリアは新たな資源大国という位置づけになります。それらが一つの矢の様に繋がっているわけです。こういうとかつての大英連邦というイメージを描きがちですが、この「ユニオン・ジャック・アロー」が機能するところには、イギリスが歴史的に残してきた文化、法制度、そして共通言語というものがあります。従って、いま世界の経済を支えている大きなエネルギーの中で大英連邦は「ユニオン・ジャックの矢」という形で新しい意義を持っているということになります。そして、ドバイがポーンと虚構の繁栄をしているということではなく、ネットワーク型連携の中で繁栄しているということを認識しておく必要があります。
(註2、バンガロールは『インドのシリコンバレー』とよばれているIT産業の拠点)(註 3、Union Jack=英国旗、英連合表象旗)
しかも、ドバイをドバイたらしめている大きなファクターのひとつがエミレーツという航空会社なのです。これは日本では関西国際空港や中部国際空港に入ってきています。これがドバイの広告塔であり、ドバイに人々を惹きつける装置でもあるのです。実際今回はエミレーツに乗ってみたのです。私が感じるのは最新鋭機を投入しているだけではなくて、大変魅力のあるソフトを付加している点です。というのは、500チャンネルの映画放送をエコノミークラスにもサービスしているのです。色々な言葉で観られるようになっていて、例えば日本人にとっては10本位最新の邦画が日本語で観られます。「椿三十郎」とか或いは「三丁目の夕日」の続編だとか……。しかも話にオチがあって、この技術を開発したのはパナソニックなのです。日本の航空会社にはのっていない最先端の500チャンネル映画放送の設備をのせて飛んでいます。
その上ドバイの空港自体にも付加価値があって24時間稼働しています。総てのショップが開いていてトランジッションでドバイを経由して行きたいという人を増やしているのです。実際にドバイに目的がある人は3割、あとはそこからアフリカとか欧州にトランジッションしていく人なのです。それが日本にとっていろんな意味があるんだなあと分かるのは、例えばびっくりすると思いますけれども関西国際空港と繋いでいるエミレーツが毎日毎日アフリカのケニアの薔薇とカーネーションを運んできているという事実です。世界のフラワーセンターの一番大きいところはオランダというイメージだったけれども今はドバイになってしまっています。

木村>花の市場ですか?

寺島>はい。それでケニアから積み込んだカーネーションとか薔薇をドバイでトランジッションしてエミレーツが日本に運んで来るというのが日常的になっています。この辺りが大変重要なのです。

<ドバイの光と影>

寺島>しかし、「ドバイって凄いんだよね」という光の部分だけ強調するとドバイというものを見誤る恐れもあります。というのは、ペルシャ湾をイメージしてみて下さい。ドバイというのはペルシャ湾の南側に在ります。そしてペルシャ湾を挟んだ北側には、依然イラク戦争の後遺症が色濃く残っているイラクと核問題で国際的に注目されているイランという国があります。つまりペルシャ湾の北側のある種の混乱に乗じて、ペルシャ湾の南側がエネルギー価格の高騰の恩恵を受けて繁栄しているというのが2008年の状況です。イスラム教シーア派のようなイスラム原理主義の動向いかんによっては、ドバイの輝きはいつ途絶えるかわからないというある種の恐怖心みたいなものがよく分かるのです。ひょっとしたらこの華やかさはあっという間に途絶えるかもしれないという緊張感がつくり出している輝きかもしれないとも思えます。
従って、ドバイがいま世界一の様々な巨大プロジェクトを進めているという、その光の部分にだけ目線を奪われているのではなく、この国が抱え込んでいるリスクというものにもしっかり目を向けていなくてはいけないのだなあというものが、私のドバイに対する印象でした。

木村>なるほど。人、モノ、金、情報というものを世界から吸い寄せるような物凄いエネルギーを持っているという事と、中東というなかで国際政治或いは力学の中で非常に緊張感というものもはらんでいるということが伝わってきます。

<リーマン・ブラザーズ破綻と日本経済について>

木村>そのお金、経済という世界で言いますと東京で聴いて下さっているラジオネームがナカムラトシアキさんという方からメールが届いております。「この15日リーマン・ブラザーズが破綻しました。これを受けて世界同時株安となる……」というメールなのですが、気になるのは「1930年代初頭に起こった世界恐慌を思い出させます」(註 4)ということなのですね。「いま様々な意味で世界の枠組み、構造が変わろうとしているわけですからどうしても嫌な予感がする。どうしてこういう予感がするんだろうか」という問いかけのメールです。様々な具体的な動きはちょっと置いて、一体背後に何が起きているのか? 何を我々は見るべきか? ということが重要だと思うのですが……。
(註4、1929年10月24日『ブラック・サーズデイ』にニューヨーク株式市場で株価が大暴落したことに端を発した世界規模の恐慌)

寺島>昨年の世界全体の金融資産は170兆ドルくらいになっていると言われていますが、今世紀に入ってのわずか7年間でこの世界の金融資産は80兆ドルも増えたと言われています。

木村>増えたのですか?

寺島>はい。要するに世に言う金融肥大型の資本主義というかマネーゲーム型の資本主義に傾斜している世界という姿が浮かんで来るわけです。しかもその先頭をきっていたのがアメリカ流の資本主義というものです。リーマン・ブラザーズの責任というのは大変重かったと思います。どういうことかと言うと、サブプライム・ローンなる仕組みを作り出して世界の金融不安の震源地になったところに立っていたのが、リーマンだったからです。
サブプライム・ローンという仕組み、もう一回振り返ってみると悪知恵の資本主義と言ってしまうとそれっきりなのですけれども、よくぞここまでひねりにひねった金融ビジネスというものを思いついたなあという話なのです。アメリカの低所得層に家を建てさせる。そのためのお金を貸す。普通の常識ではローンを返済できなくなってくるリスクが高い。しかし、アメリカの住宅市場がどんどん高騰して3年経ったら倍になるというくらいの勢いになっていたときに最初低金利でお金を貸し込んで3年経って金利をどーんと跳ね上げる。それと共に今度は高くなっている住宅を担保にして新たにお金を借り替えさせればいいという仕組みがサブプライム・ローンというものでした。
しかもリスクのある債権をリーマンの商品として証券化して、明らかにリスクのある債権を混ぜこぜにしてそれを見かけのいい皮で包んでハイリスク、ハイリターンの危険なものの債権も入っていますよとちゃんと注意書きに書いて売り出したわけです。そこに世界の過剰流動性といった、先ほど申し上げたような金余り現象のようなものが飛びついて買ったわけです。リスクを分散したつもりだったけれども結果としては拡散させてしまった……。要するに証券化したもの全体の信用がずどーんと落ちてしまって世界全体が凍り付いてサブプライム、サブプライムという形になってこの仕組みそのものを思いついたリーマンが崩れたということです。
アメリカの政府が他のベア・スタンズのときや、メリル・リンチのときには一定の面倒をみました。しかし、リーマンだけは突き放したという形になっています。それというのもやはりリーマンを救ってしまったら、国民の税金で、自分のリスクで世界を混乱させたものを救うということになってしまいますから……。ある種のぎりぎりの判断でけじめという意味でリーマンには退場してもらわなければ困るという判断があったのだろうということだけは言えると思います。

木村>それが、ポールソン財務長官が「これを救済したらモラル・ハザード(モラルの崩壊)が起きる」と最後まで言い張った。つまり、そういうことだった。

寺島>はい。まさにそういう文脈ですね。

<後半>

木村>寺島さん、お話では悪知恵資本主義というかなり強烈な言葉も出てまいりましたが、ある意味ではマネーゲーム資本主義で元々無理がある資本主義というものが今大きく反省を求められているのだというお話の受け止めなのですけれど、我々はこれから経済の世界のみならず、これによって一体何が起きて来るのか? どういうことを注目すべきなのでしょうか?

寺島>私は今から7、8年も前に「『正義の経済学』ふたたび」(2001年4月日本経済新聞社出版)という本を日経新聞から出しています。そこで、マネーゲームに傾斜するアメリカの危険性を指摘していたわけですが、結局正気に戻らないままに世界を混乱させるところに行ったな、という思いがします。ただ、アメリカというのは結構機動力があってある種の政治的な判断の元に、先ほどのリーマンに対する判断もそうですが、救うべき者は救う、めりはりをつけた金融政策をバシバシッと打ってくるわけです。

木村>厳しくやるところは厳しくやると。

寺島>はい。むしろ今この世界を見渡して心配しなければいけないのは、日本ではないのか、ということが私の本当の気持ちです。というのは、政治がガバナンスを失っているでしょう。政治空白をずっと数ヶ月続けるようなことになりかねないですよね。そういう状況下で一番悪いタイミングでリーマン・ショックみたいなものを受けたと。
それで一番大きいのは信用不安というものです。金融庁が厳しく銀行の経営に対して縛りをかけて、例えば業績の悪くなった企業に対して銀行は格付けというものをしっかりと整えて来たから格付けを下げざるを得ないと。下げたら下げたものに対して引当金というものを増やしていかなければならないということになります。要するに生きたお金が経済の活動の現場に回るのではなくて、死んだお金として引当金みたいな形でストックされているような状況になって、血流は末端の細胞に回らない状況に近いようなことが現実に日本でも起こってきているわけです。それが政治空白の中で果たしてどうなるのかという不安を与えていると思います。
従って受け身で世界の流れがそうなっているから仕方ないという感覚で、さて日本はどうやってそれを受け止めるのかではなくて、こういう状況下を力強く生き延びるのか? という事を考えなければいけないと思います。アメリカの見よう見まねのマネーゲームの様な世界に引きずり込まれているのではなくて、自分たちの経済の原点である技術力をもって世界に冠たる品質の高い商品、例えば車であったり家電機器に象徴されるものを生真面目につくっていくということに立ち返るべきです。発想を変えれば技術開発によって、20年後の日本を世界に冠たる資源大国にすることだって出来ると言われ始めています。それはなんだというと、日本の国土の面積は世界で61位だけれども、海は世界第6位の広さの経済水域を持っています。しかも今は海洋工学の技術開発のなかで海洋資源の探査などで最高の技術が高まってきているのです。エネルギーから希少金属まで日本のテリトリーの中から日本の技術を注入して生み出していくことが大いに可能で、そういう類のものに産業として力を入れ、それを利用して物づくりを更に発展させていく。つまり、金融の信用不安の中で右往左往するという話から視界を転じていかないとだめなのだろうなというのが私の言いたいことです。

木村>これは日本のお金の使い方、それから夢を持った生き方ができるかどうかということにも非常に深く関わってくる話ですよね。
 今朝のお話はドバイから始まりましたが、ラジオネームのナカムラトシアキさんのメールを活用させて頂いてというと失礼ですが、多分ナカムラさんだけではなくて放送を聴いている大勢の方が今もっている疑問であったり、そして今何を考えるべきかというところに触れるお話を寺島さんから伺いました。

木村>さて寺島さんエンディングになりました。世界が違って見えてくるというか、伝えられる動きだけに目を取られていてはちょっと見間違えるかな? 大事なところはもっと別のところにあると思いました。
寺島>今年の夏は北京オリンピックがあったり同時にロシアのグルジア侵攻という話もあったり色々激しく動いているのだけれど、いま改めて確認したことはロシアがあのような行動に出ると、欧州からの信用がロシアに向かわなくなってこの1ヶ月で約400億ドル近くの金がロシアから逃げたと言われています。それがルーブルの下落をもたらす。ということはやはり世界経済の中でロシアも中国も生かされているということを改めて再確認できたと思います。勿論日本もそうです。そういう大きな枠組みの中で我々は「ネットワークの世界」、その世界で生きていかなければいけないという柔らかい発想が必要でしょうね。

木村>寺島さんから「ユニオン・ジャック・アロー」。ドバイに立って世界を見ると世界はこう見えて来るという全く新しいものの見方をそこに触発されながら感じることが出来ました。そして世界の経済のショック、私たちは日本で何を考えるべきかとても考えさせられるお話になりました。

2008年10月のスケジュール

■2008/10/03(金)06:40頃~
NHKラジオ第一「ラジオあさいちばん」
※うち、『ビジネス展望』コーナー

■2008/10/03(金)21:54~
テレビ朝日系列「報道ステーション」

■2008/10/12(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」

■2008/10/15(水)21:00~
TBS系列新番組「水曜ノンフィクション」

■2008/10/19(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」

■2008/10/25(土)08:00~
読売テレビ系列「ウェークアップ!ぷらす」

■2008/10/26(日)06:00~
TBS系列「時事放談」
※地域によって放映時間変更の可能性有

■2008/10/31(金)06:40頃~
NHKラジオ第一「ラジオあさいちばん」
※うち、『ビジネス展望』コーナー