2008年07月 アーカイブ

2008年07月27日

2008年8月のスケジュール

■2008/08/03(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」

■2008/08/05(火)21:54~
テレビ朝日系列「報道ステーション」

■2008/08/08(金)06:40頃~
NHKラジオ第一「ラジオあさいちばん」
※うち『ビジネス展望』コーナー

■2008/08/09(土)08:00~
読売テレビ系列「ウェークアップ!ぷらす」

■2008/08/17(日)08:00~
TBS系列「サンデーモーニング」

■2008/08/22(金)21:54~
テレビ朝日系列「報道ステーション」

■2008/08/30(土)05:00~
FM「月刊寺島実郎の世界」

第4回目


木村> さて寺島さん、前回の放送では「環境とエネルギーを一体の問題として捉える必要がある」というお話、そして世界の経済の動き総てに至るまで関連して連動しているということがわかってきました。そのことに私たちが向き合うときに、寺島さんの言葉では「パラダイムシフト=考え方、政策の根本になっている枠組みを大きく転換しなければいけない」というお話がありました。そこで終わらずに、そうした世界に向き合っていくときに、「換える」という立場から今は「農業」というものが非常に重要な糸口になるというところまでお話を聞いて問題意識を深めてきた・・・・・・。そこで、今朝は、世界のパラダイムシフトに関わる「アメリカ」がテーマですね。

寺島> 私は6月末から7月の頭までアメリカの東海岸、ニューヨーク、ワシントンを主に動いてきました。その報告ということもあって、今日は、その話をしようと思っています。

木村> はい。

<疲弊するアメリカ>

寺島> 「アメリカがどうなっているのか?」ということは世界にとっても大変大きな意味があるわけですけれども、私は定点観測のようにアメリカを見ています。今回、特に印象付けられたのが「疲れ果てるアメリカ」というのが一段と深まっているなぁという事です。突き詰めて言うと、「イラクとサブプライムで疲れるアメリカ」ということになります。
 いくつかしっかりと確認したいことがあるんですけれど、まず一つ目は「ブッシュのアメリカ」が間も無く終わろうとしていますが、イラク戦争なるものに突っ込んでいってイラクとアフガニスタンで戦死したアメリカの若い兵士は7月7日現在の数字で4,645人になったのです。勿論、イラクの人も15万人くらいの人が死んだのではないかとも言われています。背筋が寒くなるような話ですね。

木村> ええ。

寺島> そういう途方もない悲劇がこの21世紀初頭の7年半の間に進行したということなんですね。そういう中で、つまりアメリカ自身が9・11に慄いて、対テロ戦争というフレーズを掲げてアフガンからイラクへ展開していったわけですが、そのことによってこれだけの消耗を強いられて、今アメリカではスティグリッツというノーベル賞を取った経済学者が書いた「3兆ドルの戦争」という本が非常に売れていますけれども・・・・・・。(註、『世界を不幸にするアメリカの戦争経済』―イラク戦争3兆ドルの衝撃― ジョセフ・E・スティグリッツ、リンダ・ヒルムズ共著)

木村> 世界銀行の副総裁を務めた人ですね。

寺島> そうそう。この本の中で「3兆ドルのコストがこの戦争にはかかっている」ということを彼は分析し書いています。かつて、75年にサイゴン陥落でアメリカが「ベトナム・シンドローム」というものを引きずって苦しみ抜いていた時期があるんです。まさにあの時を思わせる様な「イラク・シンドローム」とも言うべき状況の中に今入っているということがまず一点目ですね。
 二点目はアメリカの通貨=ドルが今世紀に入って7年半が経過していますが、世紀初めのときに比べて実に7割、欧州の通貨=ユーロに対して下落しているわけです。つまり、価値を失っているという事実です。
 三点目は、アメリカのガソリン価格という問題です。エネルギー価格の高騰を背景としてアメリカのガソリン価格は、今世紀に入って4倍にもなっています。アメリカ人の深層心理というものを思い描いてもらいたのですが、「イラク戦争は石油のための戦争だ」という人がいます。さすがにそれは少し単純過ぎる見方だということを私は言ってきましたが、多くのアメリカ人の深層心理には、「サウジがダメならイラクがあるさ」というものもあったと言えます。つまりサウジアラビアが不安定な要素を抱えてきて、将来思うに任せぬ状況になってもイラクを石油の供給源としておさえておけばアメリカにとってプラスだろうという思惑があったのは間違いないと言えます。事実、「バクダッド陥落」の頃には「NATION BUILDING=国づくり」なんていう言葉が出て来て、あたかも、戦後の日本をマッカーサーをはじめとする司令部が再建したように、イラクの国づくりをして、アメリカのコントロールのきく国としておさえることは、アメリカのエネルギー戦略上プラスだという期待感があったことは間違いないところです。
 「狩猟民族的メンタリティー」という言い方をあえてしておきますが、狩猟民族というのは、狩猟に出かけて狩りで得た獲物の分け前を得るという考え方ですから、率直に言えば、石油の供給源をおさえたのだからアメリカにとってメリット=プラスがあるんじゃないかという期待感が深層心理の中にあったことも確かだと思います。
 しかし、気づいてみれば、自分の国の青年を4,600人も死なせてまでして得た権益なのに行き着いた結末がガソリン代が4倍になっているという有り様ですね。そのフラストレーションたるや大変なものだと推測します。しかもアメリカという国は車なしでは生きていけない国なんです。地方へ行けば大衆交通機関が発達しているわけではないから、どうしても自分で車を運転しなければならないのです。そういう国にとって、ガソリン価格が4倍になるなんていうことは、耐えがたい話なんです。しかも、この話というのは突き詰めて言えば、アメリカの世界に於ける「指導力の低下」「求心力の低下」という一言に集約されていきます。というのは、「ガソリン価格の高騰=エネルギー価格の高騰」と「ドルの下落」というものが見事に相関しているわけです。石油を売って得たドルの価値がどんどん目減りしていっている状態なんです。ならば、できるだけドルではなくユーロで受け取るようにしたいとか、外貨準備をドルで持たずにユーロで持つとか、「通貨バスケット」と言って、いろいろな通貨を混ぜこぜにしたような形で保有しておいた方がいいということで、どんどんドルの需要が落ちて行くことになります。ドルの需要が落ちればドルの下落に繋がるわけですね。
 原油価格が高騰し続ける中で、「産油国はもっと増産してくれ」という圧力があって、それに対してサウジアラビアが、「一日あたり20万バーレルくらい増産する」というポーズを見せていましたが、本音の部分では、増産してバルブを緩めれば価格が落ちて取り分が益々目減りしてしまうから石油価格を高めにもっていこうという発想が働いてしまうので、ドルの下落と石油価格の高騰はスパイラルに相関し合いながら進行しているというのが現状です。その背景には、先程も言ったように、アメリカという国の「指導力の低下」と「求心力の低下」という事実があります。冷戦が終結した当時、よく「ドルの一極支配」だとか「アメリカの一極支配の時代が来た」という言葉を国際政治学者の中には言っていた人が多いのですが、この7年半の21世紀の経過の中で我々が今目撃しているものは、世界が一極支配どころか多極化を通り過ぎて、「極」などなくなっている状況を呈しているということです。

木村> ええ。

<「パラダイム・シフトの転換」―「新興五カ国の台頭」>

寺島> アメリカで今売れてきている本の中に「ポスト・アメリカ」という表現があったりしますが、正に世界は、「アメリカなき世界」と言わなければならないほど「無極化=極がない状態」になっています。全員参加型秩序と言っていいと思います。つまり、それぞれの国が自己主張して何処かの国が一つに束ねているという状況ではない状況にどんどん近づいているというのが現状です。それを極めて明快な形で目撃できたのが、今月終わった「洞爺湖サミット」だと言えます。

木村> ほう・・・・・・どんな風な?

寺島> 「洞爺湖サミット」は、結論的に言うと、ブッシュ大統領への「フェアウェル・パーティ」というか、「さよなら」のサミットだったということです。欧州の指導者の目線から言えば「今更この人に何か言っても始まらない」というような諦めの気分があったと言えましょう。従って、「何も決まらないG8」なんて言っていましたけれど、言ってみれば、アメリカが中心になって世界に向かって、この状況を克服していく新しい仕組みとか制度というようなアイディアを提示する指導力もなくなっているということです。結局何事もなかったかのように終わりましたけれども、見方を変えれば、「G8では、世界の問題を解決出来ないのではないか?」ということだけを世界にきちっと示したとも言える位です。

木村> 皮肉ですけれど・・・・・・。

寺島> 皮肉なんですけれどね。そういう意味でまさに全員参加型秩序に近づいていると言えます。例えば、新興五カ国の存在感というものがむしろ目立ったり、(註、中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカ)アフリカ諸国の発言力が高まって来ていることを我々自身も見せつけられて、次なる世界秩序の中でどういうルールを確立していけばいいのか、そういう時代に入ってきたんだなぁということを我々は、「洞爺湖サミット」で見たと思います。
 要するに世界はアメリカの一極支配というものが終わって、かつては「新しい帝国」という言葉を使う人さえいたのですが、そういう状況とは全く状況が変わって来ていて、私は、世界は全員参加型の秩序の新しいルールを求めて模索している最中なのだという認識が物凄く重要だと思いますね。

木村> 戦後という時代だけをとってみても、我々が経験する初めての未体験ゾーンということになりますね。

<ポスト・ブッシュ>

寺島> ここでもう一つ話題にしておきたいことがあります。それはアメリカの大統領選挙のことですが、今アメリカは大統領選の真っ只中に入っていて、民主党の大統領候補がオバマに決まったという局面にあります。大統領候補者指名選の間からオバマ現象みたいなことが起こって、彼の発信する「Change」というメッセージがアメリカ人の心にある一定のインパクトを与えているという状況があります。最終的に共和党のマケインとオバマが戦って結果がどうでるかわからないけれど、ヒラリーの方がマケインと戦った時に勝てる候補じゃないかという世論調査の結果も出ていましたが、オバマの方が10ポイント(註、7月16日現在、オバマは19ポイント以上リード。『ワシントン・ポスト』)くらいリードしているという状況が続いています。
 それに対する一つの見方として、こういう言い方をしておくのがいいと思います。「一体いま時代が呼んでいるのは誰だろうか?」という視点がアメリカ大統領選挙を見る時に重要な視点だということです。先ほど話題にした「ベトナム・シンドローム」でアメリカが苦しみ抜いていた時に、牧師にも近いような雰囲気を持つ「癒しのカーター」という候補が登場して大統領になりました。ベトナム戦争で傷ついたアメリカ人の心理を考えると「癒しのカーターが必要だった」という時期があったんです。その後、レーガンが出て来て「冷戦」を終結させ、新しい世代のリーダーという形でクリントンが出て来る。こうみて来ると「時代が誰を呼んでいるのか?」という経緯が過去にも繰り返されて来ているのです。
 「時代が誰を呼んでいるのか?」という視点に立つ時、私が大変重要だと考えていることがあります。それは、「アメリカ人の何%がパスポートを持っているのか?」ということです。話が見えなくなった気がするかもしれませんが、アメリカ人の15%しかパスポートを持っていないという事実は実は大変重要なことなのです。どういう意味かと申しますと、85%の人が一生のうち一度も海外へ出ることを想定していないということなんです。しかも、パスポートを持っている人が多いのは東や西の海岸線に住むアメリカ人で、世界に目を向けているアメリカ人と言えます。問題は内向きのアメリカを代表する内陸のアメリカがあるということです。海岸線のアメリカというのは、世界に目が開かれていて、世界からアメリカがどう見られているかという事を気にするくらいの感覚はあるんですが、そこはマネーゲームのアメリカと言いますか、虚構の経済で飯を食っている地域だとも言えるわけです。
 それに比べて内陸のアメリカは、閉ざされたアメリカであり、別の角度から見ると実は「健全なアメリカ」であるわけです。額に汗して農業につき日曜日には教会に行くという宗教心のあつい人たちが支えているアメリカとも言えるわけです。内陸のアメリカ人にとってみれば、「世界が自分たちに何を期待しているのか?」なんていう話は全く届かない話なんです。つまり、「アメリカ自身のロジックで世界は動かされなければならない」という空気に満ちているところですから・・・・・・。
その縞模様が大統領選挙に於いてどういう結果をもたらすのか? というのが大きな見どころとなるということです。オバマのような少数派の黒人でも大統領になるチャンスを与えられる国アメリカというものが、無極化している世界で次なるリーダーとして新しい秩序を引っ張っていくことができるのか? アメリカが今世界が求めていることにどう答えていくことができるのか? アメリカ自身が変わっていかなければならないということにどれだけ深い問題意識を持って選択して来るのか? そういうことが大きな見どころだと考えています。そんな事を考えつつアメリカ東海岸を動いて来たというのが今日の報告だということになります。

木村> 寺島さんのアメリカ最新報告。世界が無極化していく。そういう時代であり世界が大きく変わって行きつつあるという話には相当考えさせられる部分があります。我々は、日本は一体これからの時代をどう生きるのかという命題を突きつけられた気持ちになります。

木村> さて寺島さん、ここでメールが随分届いています。
 これは、前回の寺島さんのお話に関わるのですが、ラジオネーム、カルメンさん。30代の女性の方からです。「日本では既に株式会社としての農業もあるということでしたが、実際のところうまく運営されているのでしょうか? オフィスワーク部分の労働力は確保できるとしてもやはり問題は農業の主となる肉体的な労働力だと思います。農業者には経営者としてと労働者としての両方を求められるのではないでしょうか。労働者として考えた場合、過酷な労働に対してどれだけの報酬が得られるのか、休日は? 社会保障は? などと考えた場合、やはり一般企業に就職したほうが条件が良いと考えるのは一般的でしょう。また、企業として考えた場合にも出来具合いが天候に大きく左右されるため、利益も保証がないですよね。人の命の根源となっている食糧を作る人々はもっと国が支えなければいけないのだと思います。例えば、農業者に国家公務員制度を当てはめるなどすれば、若い農業者を確保できるのでは? と思うのですが・・・・・・」というメールがきています。随分深い問題提起をされていますよね。

寺島> そうですね。なかなかいい事を言われています。日本の食糧自給率は現在39%と言われていますが、それを先進国の中で日本以外では最低の食糧自給率であるイギリスなみの7割くらいまでもっていかなければならないという事です。それにはいくつかの理由があるという事をお話ししましたが、海外から食べ物を買って来るときの輸送に伴うエネルギーの消費、CO2の排出を削減しなければならないという命題があります。また、東京都の1.8倍にあたる37万ヘクタールある耕作放棄地に対しては、株式会社農業のような「生産法人」の仕組みで立ち向かわなければならないという事も話しました。もう既に去年の段階で9,400を越す「農業生産法人」が活動している時代が来ているのです。
そういう話を前提にして、この質問のように「そうはおっしゃるけれど・・・・・・」という問題意識が出てくるのは当然だと思います。現実に第一次産業の就業人口は、つまり農業や漁業で飯を食っている人の比率はわずか4%でしかありません。かつて日本人の大部分が農業とか水産業で飯を食っていた時代とは大違いです。そういう実情で農業自給率を高めるとか食糧自給率を高めると言っても絵空事じゃないのかという議論も当然出て来るわけですね。この間私は、「農業生産法人」という一括りの言い方で話しましたが、「農業生産法人」という仕組みを「生産」と「販売」という視点で分けて見ることが必要だと思います。生産と販売というような仕組みを作らないと、農業という分野で情熱を燃やす人はなかなか出てこないだろうと思います。つまり生産者にメリットが還って豊かな農業というものが目の前に見えてこないと頑張ろうという人も出てこないという議論も正しいわけです。そこで「生産」だけを株式会社化したりシステム化したりするのではなく、生産物を販売する機能=「販売法人」を持つということが重要になります。(註、現実に台湾、タイ、そしてドバイ等海外への輸出を自力で開拓して利益を出している『農業生産法人』が存在します。その際『農協』に加入しません)。そういう意味で今話している「農業生産法人」の今後のあり方を議論すると、「JA=農協の役割は一体なんなのか?」とか「日本の農業に関する法律はどのような形に変えて行くべきなのか?」というレベルの議論が非常に重要になって来ます。いずれにしても今ようやく食糧自給率という問題意識が高まって来て、国も地方もそういう方向に向けて、一体どの制度をどのように変えていかなければばらないのかという事が具体的になりはじめたというのが現在の局面だと私は見ているんです。従って、この種の問題提起、納得のいくような制度をどのように作っていくのかということが国にも求められているというのは正しいと言えます。そして、その方向に我々自身の議論も政策論も引っ張っていかなければいけないと改めて思います。

木村> そういう意味では、また時間を設けて「農業」の命題を是非やりましょう。